2014/06/09

Post #1161

根尾村水鳥
葬列という言葉があるけれど、実際に葬列に出くわすことってのは、あまりないんじゃないかな。
だって、今じゃみんななんとか会館のホールで葬式で、火葬場までは霊柩車だろう?
棺桶を担いでみんなが列をなして歩くっていうのは、21世紀の日本じゃなかなかお目にかかれないよね。
しかし、俺はここでそれを目の当たりにした。

棺桶は、2本の角材の上に載せられ、男たちが担ってゆく。

このあたりの部落には、かならず火葬場がある。
火葬場まで、300メートルくらいだろう。細い路地のような道を、ゆっくりと歩み、棺桶を運ぶ。
ここでは、もう何百年も、こんな営みが続けられてきたことだろう。

けれど、その伝統も、もうすぐ消えてしまうに違いない。
伝統的な生活は手間暇かかるし煩わしい。それに、その営みを支える信仰心が失われてしまったら、何の意味もないのさ。

根尾村水鳥
読者諸君、失礼する。今日はこう見えて忙しいんだ。まぁ、くだらない用事だけれどね。

2014/06/08

Post #1160

根尾村水鳥、ご出棺です

根尾村水鳥、霊柩車は使わない。若い男は棺桶運びだ。
本日、日曜日 なので写真のみ。
読者諸君、失礼させてもらうぜ。

2014/06/07

Post #1159

根尾村水鳥
田舎の葬式は、なんとか会館じゃなくて自宅で行われるんで、参列者は田んぼの横の道に並んでいる。

根尾村水鳥
参列の皆さんは、部落の序列や死者との縁の深さによって定められた、さまざまな供物をもって、もうすぐ始まる野辺送りを待っている。うちのカミサンは、そうめん持ちだった。
俺はもちろん、カメラ持ちさ。

根尾村水鳥
もうすぐ、出棺だ。この細い道を、焼き場まで歩いてゆくのさ。

俺たちは、誰もみな、生まれながらに不完全な死体だ。徐々に時間をかけて、毎日少しづつ死んでいっているのさ。

読者諸君、失礼する。死を自分の人生から切り離して考えるのではなくて、自分の人生に繰り込んで生きる事。それによって、生きる意味が初めて浮き彫りになる。闇がなければ、星は輝けないんだぜ。