2026/01/24

POST#1739 孤独な年寄りが猫を飼うのは考え物だ

孤独な老人の生活の痕跡はクロスのシミくらいだ。

俺は一番下の弟と一緒に閉店間際のホームセンターで猫用のケージを買ってから、親父のアパートに乗り込みんだ。そうして、案の定ビビりまくって押し入れの中に隠れている猫を、ひょいと手を伸ばして捕まえ、すぐにケージの中に突っ込んだ。

猫は、ちゃんとケージに入れておかないとパニックになってどこかに逃げてしまう。基本的に警戒心が強く、臆病な奴らだ。人に懐かずに家に懐くといわれるくらいだ。

もう25年くらい前、うちのカミさんの父親が亡くなる直前に、やはり一人暮らしの父親のアパートから大きなトラ猫を引き取ってきたのだけれど、慣れない環境に置かれたとたん、すきをついて逃げ出してしまって、もう二度と捕まえることができなかった苦い経験があったからな。同じ過ちは二度は繰り返しちゃいけない。まぁ、命取りになるような失敗は一度やったらおしまいだけれど。

往々にして孤独な年寄りは、動物を飼って孤独な心を満たそうとする。けれど、自分が面倒を見れなくなったとき、その動物がどんな運命をたどることになるのか、よく考えてほしいもんだ。

しかし本当に助かった。俺だって、猫を縊り殺して、大家の家の軒先にぶら下げたりしたくはない。弟はそのまま一泊して日曜の朝、猫を連れて埼玉に帰っていった。

さて、そこからが体力勝負だ。肉体労働だ。頼りになるのは自分の手足だけだ。

俺は、一人で親父のアパートに乗り込んで、必要なものは段ボール箱に突っ込み、不要なものは可燃ごみや不燃ごみの袋にガンガン放り込んでいった。

父の近所に住む年老いた友人たちも、様子を見に来てくれる。すぐ下の弟も、時折様子を見に来てくれた。翌日の打ち合わせもあったしな。あらかたのものがゴミ袋に収まるころには、外は真っ暗だ。

そんな合間を縫って、俺は次から次に袋に詰めたごみをゴミ捨て場に運んだ。なんせ月曜の朝は可燃ごみ収集の日なんだ。日曜の晩から出すのはちとフライングだが、仕方ない。あっという間にゴミ置き場には黄色いごみ袋の山が出来上がった。必要そうなものを詰め込んだ段ボールは、俺が仕事のために借りている倉庫に何度もピストンして運び込む。こんな時、仕事に使ってる愛車のプロボックスは最高に頼りになる。

親父が金もないのに買い集めていた九谷焼の茶碗や、はるか昔まだ俺の生家があったころ床の間にかけられていた掛け軸だの、ブラスバンド部に在籍していた弟が使っていたトランペットだの、すこしでも換金できそうなものは、ひとまとめにしておいた。少しでも換金して足しにしないと。そんな中に父の友人が、これは欲しいというものがあれば、快く差し上げた。もう半分死んだようなもんだから、形見分けだ。大忙しだ。

すべて終わった時には、もう日付も変わるころだった。煙草をやめてなかったら、一服つけてしみじみと自分を労わってやりたかったぜ。

そして月曜の朝、すぐ下の弟が手配してくれた便利屋さんがやってきて、手際よくトラックに食器棚やら仏壇やら、もう使うこともない布団やらを積み込んでくれた。ガタガタな洗濯機、俺が運転免許を返納させたときに買ってやった自転車、油まみれのガスコンロや電子レンジ、この際どいつもこいつもゴミ野郎だ。処分費〆て金壱拾萬円也。俺は準備していた金を即金でお支払いさせていただいた。あぁ、俺が稼いだ金が、こうして消えていく。いや、社会に循環してゆく。もう少し、俺のところにとどまってくれればよいのに。

九谷焼の茶碗だの掛け軸だの北海道土産のクマの彫り物なんかは、〆て一万五千円くらいにしかならなかった。大枚はたいて買い集めただろうに、そんなもんだ。

そしてあっという間に、部屋は空っぽになった。

俺は例の資産家の大家に、すべての家財を処分し、鍵を返しに行った。

親父のアパートから歩いてすぐの田舎の豪邸だ。静まり返っている。呼び鈴を押しても応答もない。大音声でごめんください!と声を張り上げても、寂として声無しだ。誰もいない。

仕方ない。俺はなぜか知っていた大家のLINEに、お宅の郵便受けに部屋の鍵を入れておくと写真付きで送ってみた。すると、水道代がまだ払われていないとかいう返事が返ってきた。面倒だ。俺はさっきの九谷焼とかを換金した金から一万円抜き取り、鍵と一緒にビニール袋に入れてポストに放り込んだ。もう、金輪際かかわることはないさ。あばよ

万物は流転し、九谷焼は水道代に代わる。釣りはいらねえよ!


2026/01/23

POST#1738 ノブちゃんの13回忌

世界の街角から 今日はヴェトナム、ホイアンの街角から
さて、話の続きだ。
回復著しいからとっとと退院してほしいという病院側を、包括ケアという名目で、住処を見つけるまで何とかもう少し置いてほしいという、両者のつばぜり合いをしていたら、ありがたいことに親父が菌血症になってくれたおかげで、住処を探す時間ができた。二月の半ばごろまで入院することになるということだ。
あの病気は面倒なんだ。症状が治まったと思って退院しても、横着するとすぐ発熱する。つまり、血液の中で菌が増殖してぶり返してしまうのさ。
この時点で去年2025年の1月20日。
俺としては、猫を保健所送りにするか、誰かに押し付けるかして、今の資産家の未亡人の部屋をとっとと引き払いたいんだ。一月中に。
これが他人事だとみんな思っているだろう。
だけど、人間は誰だって老い、衰えて、死ぬ。
そうすると膨大な量のガラクタが生じる。生きてる頃は生活必需品だったり、衣服だったりしたものがガラクタになるんだ。俺たちの人生は、直言すれば苦労して働いて、ガラクタをため込んでるようなもんだ。
こいつを片付けるってのは、残されたものの務めになってしまう。
他人事ではないんだ。
美しい人も、勇ましい人も、抜け目ない人も、いつかは老いくたばる。世の中死と税金からは逃れられんのよ。
俺は自分の会社の名義でレオパレスでも近所に借りてそこに放り込むことも考えた。しかし、それは単なる問題の先送りに他ならない。
弟は、損害保険の仕事のつてで、家財などの処理業者に渡りをつけてくれた。月予備の朝、来てくれることになった。よし、絶対に一月中、いやこの週末にけりをつけてやる。
あとは猫だ。
その問題が解決しないまま、1月25日の土曜日にノブちゃんの13回忌があったんだ。

信行寺という馬次郎さんのころからのお寺で法事は行われた。なんせ、仏壇はゴミ屋敷のなかだ。しかも、創価学会の仏壇があり、俺は母親の淑子さんが死ぬ前に創価学会にすがっていたので、創価学会が嫌いだった。当時は折伏とか言って彼らは熱心に布教していたし、母親を亡くしたばかりの中学生の俺に、母親の遺志を継いで学会員になるように家に押しかけえ来たりもされた。

俺は親父の家から救い出しておいた繰出し位牌と写真を持っていくことにした。あと、京都で買った牛骨を髑髏に彫って連ねた数珠とね。こいつは傾いてる。イカすぜ。

今回は俺を長男とした4人の兄弟のうち、3人がそろう。この三人が中心になって今回の一連の父の問題に取り組んできた。
俺の親父は法事が大好きだった。法事を行うといえば、親族が集まる。その中心で気分よく振舞うことができる。で、そのたびに料理屋で一席設け、皆にふるまう。ご機嫌だ。孤独な老人の楽しみだ。
俺は、そんな大盤振る舞いする余裕なんかないことを知っていたから、もう死んで何十年もたつような人の法要を行うのはやめようと父に言い続けてきた。
で、十年ほど前に一度、これからは法事はお前に任せるといって、俺が取り仕切ったことがあったのだが、この時には裏があった。
お寺から檀家に、本堂修復のために一口10万円也の寄付を求められていたのだ。たしかノブちゃんの三回忌だったんじゃないかな。
仕方ない。俺は金を工面して金封に包み、おっさま(俺の住んでいるあたりじゃ、浄土真宗のお坊様をおっさまと呼ぶんだ)に渡した。
そして父には、以後、法事はすべてお前に取り仕切ってもらうということを約束したんだ。
そう、何十年もたった人の法事はしない。法事の後に会食はしない。そもそも今時、車で来る人ばかりだから酒も飲めないし、親戚同士とはいっても、いろいろな確執もあって、責を共にしたくない人もいる。質素倹約、死者を想い出して悼む心をもちよれば十分だ。
しかし、そののち親父は、俺に黙って俺の母の淑子さんの三十三回忌をやりやがった。
すぐ下の弟にだけ告げて、お寺で俺の母親の法要をやりやがったんだ。
以来、親父とは断絶していたんだが・・・。
しかし今回は、親父は入院中でいない。あらためておっさまにあいさつし、今後とも良しなにおつきあいくださるようにお願いしてきたわけだ。

さて、自分が自分がという親父がいないと、あっさり終わる。
あっさり会食もする気もなかったので、遠方の叔父さんには、自分がしっかり務めるからお任せくださいと言って、来なくても大丈夫なように計らっておいた。年金暮らしなのに、新幹線に乗ってきて、わざわざ寒い思いをしてお経を聴き、お布施も出しておきながら、会食も無しなんて申し訳なさすぎる。
叔母たちの中には、物足りなさそうにしている者もいたけれど、久々に盛り上がりたい人たちはめいめいでやってくれたらいいんだ。
こっちは、親父の病院代がいくらかかるかわからないし(高額医療費請求があるからそこまでひどくはならないだろうけどね)、どこか住むところも探さないといけない。家財道具を処分するのもそこそこ金がかかる。どんどんノブちゃんに似てくる叔母たちに大盤振る舞いすることはできないんだ。
終わった後は、埼玉の奥地からやってきた弟もつれて、兄弟で親父のアパートに行った。
この時だ、弟が猫を埼玉の自分の家に引き取ってもいいと言ってくれたんだ。
素晴らしい!君こそMVPだ。
それともノブちゃんの13回忌をやったことで、あの世からノブちゃんが計らってくれたのか?
俺はさっそく、弟と近所のホームセンターに向かい、肩から下げられる移動用のケージをカードで買い、二人で猫を捕まえに行ったんだ。

2026/01/22

POST#1737 読みかけの本を閉じるように

紀州熊野

俺の親父の生への執着には、恐れ入る。
俺は、別にいつ死んでも構わない。
この先なにかやるべきたいそうなことや、やり残したようなこともない。
幼い息子は息子で、自分の人生を歩むだろう。
たんと苦労するがいい。
彼はうまくいけば22世紀までたどり着けるだろう。

読みかけの漫画を、ふと嫌になって読むのをやめるように、その時が来たらあっさりと死んでいくつもりだ。死んでからのことを心配しても仕方ない。
できることなら、中世イランの科学者で詩人であったオマル・ハイヤームのように死んで行きたい。
手元にある平凡社ライブラリー『ルバイヤート』はオマル・ハイヤームの詩集であるが、訳者の岡田恵美子先生によって記されたあとがき(177ページ)によれば、伝えられている彼の死の様子は以下のようだ。

「彼はつねづね金の爪楊枝を用いていた。ペルシアの哲学者アヴィセンナの『治癒の書』を読んでいたが、「一と多」の章まできたところでその爪楊枝を頁の間において本を閉じると、遺言のための公正な証人を呼ぶように命じた。それから遺言を済ませ席を立って祈り、その後すべての飲食を断った。その日の夜、最後の祈禱を済ますと彼は跪拝したまま「おお神よ、私が力の限りあなたを識ろうと務めてきたことを、あなたはご存じです。私の罪をお赦しください。あなたを識ることは、あなたに近づく私の手段だったのです」―そういって、彼は息絶えた」

われらが消えても、永遠に世はつづき、
われらの生の痕跡も、名ものこりはしまい。
わららが生まれるまえ、この世に欠けたものはなにもなく、
われらの死後、何の変化もあるまい。

       オマル・ハイヤーム (平凡社ライブラリー版ルバイヤート78頁より)


蛇足

先日、友人とはなしをしていてふと思いついたんだが、リストカットとかしてしまう人がいる。しかし、かみそりで切った痕は手首に残っていても、思い切って電動丸鋸とかで手首を切り落とす人はいない。みんな、あれは本気ではないんだなって。
本人たちは切実でも、本当は生きて誰かに存在を無条件に受け入れてもらいたいんだな。

そういうことか。