2012/06/30

Post #580 今夜は眠いので

今夜は眠くて仕方がない。朝5時起きだったんだ。仕方ない。俺は機械の星のマシンじゃないし、覚醒剤もやってない。時には疲れて眠りたくなるのも当然さ。
だから、もう寝かせてもらおうか。どうせ起きていても、寝言のようなことをダラダラと書き散らしているだけなんだもの。毎日あれじゃ読む方だっていい加減疲れてくるんじゃないのか?俺は疲れてるぜ。
Kyoto
そんな訳で、失礼する。諸君、よい週末を過ごしたまえ。俺はもちろん、お仕事さ。クソッ!隣の部屋からスゲーイビキが聞こえてくるぜ。気になって眠れやしないぜ!
これが人生さ、ロックンロールさ。

2012/06/29

Post #579 Just A Woman

俺がリスペクトしてやまない偉大なる写真家、天才アラーキーこと荒木経惟は、常々、『あたしにいわせりゃ、女を撮らない写真家は一流にはなれないね』とおっしゃっている。確かに、うんざりするほどあるアラーキーの写真集には、女性を扱ったものがこれまたうんざりするほどある。21世紀の世之助だ。そう、好色一代男ね。
しかし、単なるポルノグラフィではない。それは世にあまたあるその手の雑誌や、一般的に美しいモデルをことさらに官能的に撮影した写真集とは違って、女性の本質的なところに突き刺さっている。
例をあげればきりもないが、決して美しいとは言い難い体の線の崩れた人妻を、ライフワークのように撮り続ける『人妻エロス』や、乳がんで乳房を切除した歌人の宮田みどりのヌードを撮った(彼女はその後、癌を再発させ死んでしまった)『乳房、花なり』。ストリッパーの女性の日常風景を写した『東京旅日記』、腐るほどある。
そして何より妻陽子との結婚と死別を正面から撮りきった『センチメンタルな旅・冬の旅』。これらを見ているだけで、女性の本質とは何か、考え込んでしまう。

見えるものを撮るものが写真だが、見えるものを通じて、見えないものに思いを馳せることができるのも、これまた写真なのだ。

大事なことなので、大きく書いといた。
それにあやかろうって訳ではないが、俺は女を撮るのが好きだ。

むしろ、街を行き交う女性以上に撮るべきものなんかないような気すらする。

蛇足ながら、ここ最近、出張に出てから、このブログにアップされるのは、女性の写真ばかりだと、賢明な諸君は気が付いているだろうか?別に、人恋しかったりするわけでもないが、まぁ、そんな気分って訳だ。
おっと、ホモの人は気を悪くしないでくれよな。
何故って、人間に興味があるのだが、人間には大きく分けて二通りある。一つのグループは男で、もう一つのグループは女だ。そして、神様が念入りに形作ったのは、間違いなく女だ。俺は神様のゲージュツ的な営みを素直に賛美したい。もちろん、中には里芋の煮っ転がしのような手合いもいるのは確かだが・・・。
あの美しい曲線的なフォルム。実に魅力的だ。まるで人生を駆け抜けるエアロフォルムのスポーツカーのようだ。思わず乗り回したくなってくる。
残りのもう一つのグループの皆さんは、残念ながら、余り美しくない。ごつごつしていてたり、骨ばっていたりして、どうにもいただけない。昔のボルボや冴えない営業車や実用一点張りのトラックみたいだ。あまり乗りたいとは思えないぜ。きっとサスもシートも堅くって、乗り心地もイマイチだろうよ。神様は、女を造形するのに疲れて、テキトーに捏ね上げたんじゃないかって思えてくるぜ。
あぁ、こんな事を書くと、また一部のホモの人が食って掛かってくるんだろうか。
仕方ない。
俺はホントーにそう思っているんだから。外野が何を言おうが、カンケーないぜ。
Osaka
俺はホテル帰って、シャワーを浴び、給油同然の食事をしに夜の町に出る。
外では、二人のキャバ嬢が、時代遅れの安っぽいドレスにカーディガンを羽織って、酔っ払ったようにふらふら歩いている。そして、ふざけあってお互いのミュールを、相手に蹴り飛ばしてぶつけている。呼び込みの強面のおっさんたちがそれを見てへらへら笑っている。
そして、俺はその間を悠然と歩く。
しまった。カメラをベルトに通したケースに入れておかずに、手に持っているべきだったと内心悔しがりながら、そんな嬌声などまるで聞こえていないような超然とした顔で大股に歩く。
ふと、そのうちの一人と目が合う。彼女の表情には、思わぬところを見ず知らずの男に見られたという驚きの色が浮かぶ。俺は、安っぽいネオンに照らされた女の、まだあどけなさが残る顔を、一瞬で脳裏に刻みこむ。
そんな時、俺はいつも思うんだ。

そう、彼女がどんな人生を歩み、これからどう年を重ねていくのか?どんなささやかな喜びとちっぽけな悲しみを抱えているのか?

その一瞬で、イエス様のように読み取れたならいいのにと思う。

それが出来ないから、写真を撮りたくなる。

写真は、目に見えるものを写すモノだけれど、それを通じて、写真には写らないモノに思いを馳せたい。俺はそう思う。
そういえば、大昔、俺がまだモヒカン生徒会副会長だったころ、ブルーハーツのヒロトはこう歌っていたっけな。

♫ドブネズミ みたいに 美しくなりたい
写真には 写らない 美しさが ある
だったっけ?
写真には写らない、その美しさを撮ることが出来たなら。その方法さえあれば・・・。

読者諸君、失礼する。明日も朝早い。いつもながら、こんなことをしてる場合じゃないんだ。俺は疲れ切ってるのさ。

2012/06/28

Post #578 おかしなコインランドリー

俺の泊まっているビジネスホテルには、何故かコインランドリーがない。不便なことだ。このホテルときたら、とても2010年代とは思えない。ネットもADSLで遅いしな。いや、言っちゃ悪いがこの小田原という町も、どこか昭和なカンジが濃厚に残っている。タイムスリップしてしまったかのようだ。ホテルの周囲には、夜になれば場末感むんむんのキャバレーの呼び込みのおっさんが、あちこちにつっ立ていいる。それも、今時のホストのような小僧じゃなく、目つきの鋭いおっさんたちだ。
俺は労働の臭いの染みついた洗濯物を袋に詰め込み、そんなおっさんたちを振り切るようにして、裏通りのコインランドリーに行ってみた。
洗濯機は3台しかない。俺は止まっている洗濯機からいかにも労働者ってカンジのつなぎを取り出し、自分の洗濯物を洗った。しかも、洗剤は無い。困っていると、もう一人のお客さんが分けてくれた。ありがとう。
洗濯している間に、飯でも食いに行ってくるつもりだったが、洗剤をわけてくれた俺と同年代の男性と世間話をして過ごすことにした。そんな夜も悪くない。少なくとも、場末のキャバレーに行って1時間5,000円払って、おつむのたりない女と糞下らねぇお喋りをするよりもずっと素晴らしい。
Osaka
そのコインランドリーには、洗濯機は3台しかなく、一台は壊れていたのだが、何故かマンガや小説は腐るほどあった。枕草子やボーヴォワールなんかもあったくらいだ。とりわけ、店主が力を入れていると思しきは、よくコンビニで売っている『ねこぱんち』だ。これが何十冊とある。きっと店主のお気に入りなんだろう。店主はきっと猫の好きなおばさんに違いない。しかし、お互いの仕事のことなんかを当たり障りなく話し合う俺達には、とりあえずは不要だ。
そこには何故か連絡ノートのようなものがあって、ヒマに任せた人びとが、感謝の言葉を書き込んでいたり、末永く経営してほしいと希望を述べてみたりしていた。無人駅や、昔のラブホテルなんかにあるようなノートだ。
会社の寮の後輩が転勤するので、後輩とここに来るのはこれが最後ですなんて書き込みもある。まるで、ブログを見ているようだ。なかには、1ページにわたって近況を書き込んでいる人もいれば、ホームレス生活25年という仙人のような人の書き込みもあった。驚きだ。しかし、俺の驚きはそれだけにとどまらない。ノンストップ状態だ。
それ以上に驚くべきことに、その書き込みの一つ一つに対して、店主は赤のボールペンで、コメントというか返事を書き込んでいたりするのだ。この乾ききったネット全盛の時代に、これは神秘的なまでの驚きだ。このコインランドリーを軸に、小さなコミュニティーが形成されている。どうよ、この町、昭和の香りがするでしょう?
しかし、そんなのはまだ序の口だった。
俺が一番驚き、疑問に思ったのは、マンガが並んでいる3段ボックスの一番下に、何故か妙に場違いな、黒い装丁の大判の本を見つけたことだ。
それは一冊の洋書だった。
ドイツの名門写真集出版社、STEIDL刊 泣く子も黙るシャネルのデザイナー・カール・ラガーフェルド御大が、自ら撮り下ろしたポートレート写真集 『The Little Black Jacket』がそこに、ほこりをかぶって転がっていたんだ。
だって、あのSTEIDLだぜ?!
オリジナリティーがあり、完成度の高い写真家の作品しか、STEIDLは出版しようとはしない。STEIDLの社長のもとには、毎週何十人もの写真家が作品を持ち込んでくる。しかし、社長が気に入って出版するのは、ほんの一握りだ。その辺に転がっているようなありきたりの写真家では、門前払いだ。
STEIDLは、このコスト最重視のご時世にあって、装丁、紙質、印刷、その全てにコストを惜しまず最高のものを作ることを社是としている。まるで大昔のカメラのように、最高の素材を使い、最高の技術で、コストを顧みることなく完成度の高い商品を作れば、宣伝なんかしなくても、消費者は金を惜しまず買ってくれると確信しているかのようだ。
もしも俺が職業写真家なら、STEIDLから写真集が出版されるというのは、ちょっと堪えられないような名誉なことだと思うぜ。俺はSTEIDLの写真集ってのは、どれも素晴らしい出来だと思ってるんだ。ちなみに、調べてみたところ、この写真集、気になるお値段50ユーロ。ただし、メーカー在庫はなさそうだ。ということは、50ユーロでは手に入らないものだということだ。もっとも、この手の洋書が日本に入ってくると、何故かその値段は一挙に跳ね上がる。ノミのジャンプのようだ。俺の見立てでは、1万5000円くらいはふんだくられることだろう。
俺の頭には、サングラスをかけ、トレードマークの扇子で口元を隠しているカール・ラガーフェルドの姿がはっきりと浮かんでいるぜ。
俺は連絡ノートに書き込んだよ。
『どうしてこんな素晴らしい写真集が、こんなところんにひっそりと、しかもホコリを被って置いてあるのですか?これは重度の写真好きの本棚か、マニアックなカール・ラガーフェルドのファン(それは間違っても、シャネルのロゴが付いているというだけで、シャネルのバックを欲しがるようなバカ女ではないだろう)の本棚に、大切に収められているような本です。少なくとも、ねこぱんちやヤンキーが主人公のマンガのなぜか8巻だけと、コインランドリーで同居しているような本ではないと思います。』
さてさて、店主のおばさん(だと思う)がどんな書き込みをするのかが、がぜん楽しみになってきた。ついでに、『洗濯機5号は故障しているようです。脱水がされません。この洗濯機を使っていたお客さんは、したたか酔っ払っていたので、気にせず笑って帰って行きましたが、修理をなさるか、使用停止するのが妥当だと思います。』とも書いておいた。
で、カールの写真はどうだったかって?まぁ、そこそこだったねぇ。言うなればファッション写真だな。
少なくとも、俺の好みではないよな。

読者諸君、失礼する。犬も歩けば棒にあたる。人生、どこでどんなことが起こるのか、分からないもんだぜ。