2015/06/30

Post #1546

Copenhagen,Denmark
糞くだらない政治がらみの話が続いたんで、自分でもいささか食傷しているんだ。
俺のせいじゃないんだぜ。下らない政治が続いているからさ。俺はそんな政治の話なんかよりも、素敵な女性のことを思い出したり、夢見たりしているほうが、圧倒的に好きだ。そんな下らない政治の話を聞いてると、耳がけがれちまうぜ。
素敵な女性のことを夢見て愉しく暮らすには、少々のお金と不滅の体力と、世の中が明るくて平和なことが絶対に必要だと、俺は思うぜ。

さて、今日で6月も終わる。
俺にとって、女性のことを考えるとき、もうすべてなにもかもを、金子光晴がその詩のなかで言い尽くしている気がする。もしくは忌野清志郎?
久しぶりに、俺の座右の書『愛情69』から、お気に入りの詩をいくつか引用してみよう。

『愛情3

 むかし、炎帝の娘たちには
まだ、ながい尻尾があつた。

 好きになつたしるしには
しつぽとしつぽを巻きつけた。

 しつぽにしつぽを巻きつければ
ふたりはなにもかもわかりあへた。

 しつぽが、だんだん短くなり
男と女とはわかりあへなくなつた。

 千萬愛してゐるといつてみても
ことばは、風にふきとんでしまふ。

 千日、からだで契りあつても
肉体の記憶はその場ぎりだ。

               
 しつぽとしつぽを繩に綯つて
繩が朽ちるまではなれまい。

 しつぽのある女をおれがさがしてゐる
そのことわけはざつと、こんなところ。』
(金子光晴 講談社文芸文庫「女たちへのエレジー」P125より)

どんなに素敵な女性でも、俺のことをわかって受け入れてくれないんなら、俺はなんの興味もありゃしないさ。もちろん、俺は相手の女性のことを、できるだけ受け入れて、できる限り理解したい。いつも、そう思う。けれど、言葉も肉体の交わりも、すべてを受け入れ理解するには、ほど遠いって思うよ。この詩を初めて読んだ時には、すとんと腑に落ちるものを感じたね。

『愛情32

 いくたび首をひねつてみても、
男と、女がゐるだけだ。

 その女と、男の思案が
ながい歴史をつくつてきた。

 男の箸と
女の箸とで
世の仕合せを
はさむといふ。

 ふたりの愛が 
泥のだんごを
米のだんごに
かへるといふ。

 男と女の一対は、
まがりなりにもたのもしい。
女のゐないしあはせや
女ひとりのしあはせは、

 誠実と涙の露のふりかかる
胸いつぱいの花束が、折角の
おくるあひてがないのとおなじ。』
(金子光晴 前掲書P177)

単身世帯が増えている。
それはそれ、個々のお考えだから他人の俺がとやかく言う筋でもない。けれど、こんな素敵な女性がどうして?とか、こんな気立てのよい好男子がなぜ?と思うことはしばしばだ。
なんとなく、残念だ。
もちろん、単身で暮らしているのは構わないが、やっぱりどこかに心の通じ合う異性がいないのは、最後のセンテンスのように、ものさびしいものだと思う。独りで生きていけるなんて思えるのは、若いうちだけかもしれないぜ。ニンゲンは、そんなに強いものじゃないと思う。
歴史に残る名アルバムを、若いリスナーに紹介するDJのように、もう一発行ってみよう!

『愛情53

 女をひとりあつかふのは、
水のうへの丸太乗りよりむづかしく

 生涯かけても、足のさばきが
のみこめぬ不器用ものが多い。

        よう
 むかしは、媵といふ制度があつて
ひとりの娘御を嫁にむかへると、

 姉妹たちもそろつてついてきた。
さあ、それはよいやら、悪いやら。

 束にして女どもをかはいがるのはいいが、
食はせて、着せるだけでも大仕事だ。

 かと言つて、ひとりの女をまもる
しみつたれた習慣はいつ頃からか。

 どうやら今日の『文明の貧困』は、
女さばきのまづさに原因がありさうな。』
(金子光晴 前掲書 P219)

俺は、現代的な、父系の一夫一妻制ってのが、唯一の性の形とは思えないんだ。母系社会のように、女のもとに男が通ってくる形でも全然いいと思えるし、むしろ古事記のオオクニヌシの説話や、伊勢物語や古今和歌集に見える平安時代の男女関係からすると、そっちのほうが自然なんじゃないかって思えるよ。そもそも、子供ってのは、俺の感覚じゃ母親のものだしな。

読者諸君、失礼する。明日から東京銀座で大仕事だ。この機会に、首都圏の知人友人に会いたいもんだが、そんな余裕が果たしてあるかな?もちろん、逢ったことのない君にも、あう機会があれば、そりゃ嬉しいものさ。

2015/06/29

Post #1545

Copenhagen,Denmark
ハウスハズバンドのように暮らしている。
カミさんの体調がすぐれないので、食事を作ったり、洗濯したり、風呂掃除したりして暮らしている。
押し入れから扇風機を出したり、カミさんを車に乗せてタオルケットを新調しにつれて行ったりしてるのさ。買い物に行けば、荷物を持つのは俺の役目だ。夕方の風が冷たければ、自分の上着を脱いで着せてやるのさ。
意外だって?
俺はこう見えて、女性には優しいのさ。
なにしろ、7月から2か月以上出張で家を空けるからな。
せめて、今できることはやっておいてやらないとな。
とはいえ、それはあと数日しかできないんだが。

その仕事のことを考えると、いろいろと不安になる。
果たして俺にできるかどうか?
工期内に問題なく、事故なく、何事もなく終わらせることが出来るかどうか?
クライアントが満足するだけの働きができるかどうか?
初めて一緒に仕事をする職人さんたちと、うまく意思疎通できるだろうか?
名古屋弁はきっと通じないだろうしな。不安がつのるぜ。

そのために図面と工程をできる限り頭に入れようとはしているけれど、実際に打ち合わせていないとわからなことが山ほどある。
何時だって、新しい現場に乗り込む前は、不安でいっぱいだ。
どれだけ経験を積んでも、現場では予想もつかないことがおこるからだ。
予想もつかないことがおこったとき、どれだけ素早く状況を把握して、最善の対処法を考えることができるかが、俺の手腕の見せ所だ。
そのためには、今のうちにイメージトレーイングして、不安要因をできるだけ洗い出しておかないとな。
俺は悲観的な楽観主義者なのさ。悪い事態を想定しておけば、うまくいったら御の字って思えるだろう。

もちろん、カミさんの体調のことも心配だ。
俺が家を空けている2か月間、無事にひとりで生活できるだろうか?
この2か月の間は、非常に重要な時期なんだ。出来ることなら、ついていてやりたい。
なにしろ、俺にもカミさんにも、万が一の時に頼りになる親類なんていないからな。すぐ近所に住んでいる俺の親父は、まったくもって、こういうことには役に立たないし、恩着せがましい男だから、あまり頼りにはしたくないんだ。

そして、先日やらかしちまった事故の件も、なかなか進展せずにもどかしい。
車の修理費の見積もりなんて、なんと驚愕の60万円だ。いくら保険に入っているって言っても、腰が抜けちまうぜ。
責任割合の件でも、どうやら保険屋同士でもめているようだしな。

正直に言っちまえば、とてもこんな状況で長期出張なんてやってられないんだが、俺もいつまでものんびり遊んで暮らしているわけにはいかないんだ。稼いで飯を食っていかないといけないんだ。遊ぶ金だって、そこそこ必要だ。

いろいろと考えると、いてもたってもいられない。
そんな時こそ、一人静かに暗室にこもってプリントでもしてみたいが、カミさんの調子が悪いのに、のんびり趣味に没頭するってのは、なかなかに難しいもんだぜ。
そうこうしているうちに、出発の日は、刻一刻と迫ってる。新しい修羅場が俺を呼んでるんだ。
そう、なんだかんだいっても、結局は立ち向かうしかないんだ。

そんな鬱屈した思いを抱え込みながら、せめて今だけはハウスハズバンドのように暮らしているんだ。かつてのジョン・レノンのようにね。

読者諸君、失礼する。俺だって、たまには弱気になるもんさ。けど、走り出したらそんなこと言っちゃいられないだろうよ。

2015/06/28

Post #1544

Hamburg,Germany
さて、今日は地元選出の自民党国会議員の事務所に行ってみようかとも思ったんだが、カミさんの体調もすぐれないので、メールを送ってみることにした。実際に乗り込んで一席ぶってやるよりも、インパクトとしては劣るけれど、言葉を選んで話すこともできるしな。それに俺の風体じゃ、不審者がやってきたって門前払いを喰らっちまうことになるに決まってるだろう?
今日は、俺がその国会議員さんのHPの連絡フォームから送ったメールの全文を掲載してみようかな。

『江崎鉄磨様

私は、一宮に住む一市民です。
昨今の安全保障法制をめぐる自民党の姿勢には、日本国憲法のもとで日本国民として生活している一市民として、三権分立と立憲主義の軽視が甚だしいと感じております。
私自身は、自民党の政策に日頃から違和感を持つものですが、古くからこの地で繊維業に携わる私の親族には、先代の真澄氏以来のあなたの支持者が何人もおります。このものたちですら、昨今の自民党の姿勢には、疑問と不快感を感じております。
とりわけ、先日の若手議員を中心とした懇話会での、報道言論の自由を軽視し、沖縄の人々を貶めるような発言には、憂慮とともに不快感を禁じ得ません。
ご自分たちは自由闊達な発言を行い、在野のマスコミが自分達の意図に反するような報道を自由闊達に展開すれば、弾圧も辞さないというような狭量なお考えの方々に、国の行く末を託すならば、我が国は再び道を誤り、本当のことを言えず、真実を知ることすら出来ない暗い時代へと逆行し、多くの国民が苦しむことになることでしょう。
内閣の見解で憲法の解釈が如何様にでも変更可能と自民党の皆さんがお考えならば、次の国政選挙では、私も私の親族も、自民党、そしてあなたに投票して、国政を委ねることは絶対にしたくはありません。
国民の範たるべき政治家が、国法の礎たるべき憲法を、自らの思惑で恣意的に解釈するならば、その政治家諸氏が議論して定めた法を遵守尊重する国民は、この日本からいなくなってしまうことでしょう。
今こそ、貴方の一政治家としての見識と器量が問われているのです。
そして、その結果如何によっては、私たちも貴方に対する立場を明らかにして、行動して行かねばなりません。
つまり、たとえ現在の自民党を中心とした安倍内閣によって、国民をアメリカの世界戦略の捨て石にするような安全保障法案が可決されたとしても、次の選挙では、もっと現行憲法の意義と精神を遵守し、憲法に反するような法を廃止してくれる政党、候補者に私たちの参政権を委ねるつもりです。
昨今の政党政治では、党議拘束が一般的であり、個々の政治家が自らの良心と見識、そして政事信条に基づいて行動することは、殆ど見受けられません。
しかし、今私たちは貴方も含めて、一人一人の政治家の振舞いを、今だかつてないほどの関心を以て注視しています。

とるに足らない一市民の声かも知れませんが、よくよくご勘案くださいますよう、お願いいたします。』

この後に、自分の名前と連絡先を記入してお送りさせていただいた。
どんな返事が返ってくるのか、楽しみだ。
まぁ、スルーってことも大いにあるだろうけどな。そん時は、覚えとけよ!

読者諸君、失礼する。俺は権力のある奴におもねったり、自分のゴールデン・ソウルが認めないことをするのは御免なんだ。君たちが誇れる無謀な野郎でいたいのさ。