666回だ。俺はふとダミアンを思い出した。オーメンだ。けっして一人では見ないでくださいだ。懐かしいぜ。黙示録に出てくるアンチキリストを象徴する数字だ。といっても、若い人には何のことかさっぱりわからないだろう。そういうホラー映画が大昔にあったってことさ。遠い昔、今から300年くらいは昔だろうか・・・。どうだっていいやね。
今日、仕事関係でお世話になってる人の親族の方のお通夜に行ってきたんだが、ふと神妙な顔をしながら思ったことがある。くだらないことだ。君たちにわざわざ話すようなことでもないが、所詮は人生とは大いなる暇潰しだ、話しておこうかな。
それは、俺の死んだ時には、気の利いたナレーションをしてほしいものだということだ。あんまりいい事ばかり葬儀屋の司会者に語られちゃ、くすぐったくって、思わず棺桶から飛び起きちまうかもしれないだろう。だからもっと、ブラックユーモアがあるっていうか、あまり例の無いようなのをかまして欲しいもんだねということさ。そう、例えばこんな調子さ。
『お調子者で、それでいてくだらない屁理屈をこねては周囲を困らせてきたあなたのことを、私たちは反面教師として忘れることはないでしょう。生前、散々好き放題やっては周囲を困らせ続けてきたあなたは、今は地獄の針の山を登り、血の池を浮き沈みしていることでしょう。しかし、その声は私たちに届くことはありません。さんざん調子のよいことばかり垂れ流していたあなたは、今頃とっくに舌を抜かれていることでしょうから。スパークスさん、あなたのことはしばらくは忘れられないでしょう。足を踏まれた人は、足を踏んだ人が忘れても覚えているものですから。これからも末永く、地獄の苦しみの中から、羨ましげに私たちのことを見守って下さい・・・。』なんて具合にね。
或いはまた、『地獄行き間違いなかったスパークスさんは、皆さまの念仏により、阿弥陀如来のご来迎を得て、辛くも極楽往生かないました。皆様の心からのご供養、故人も感謝感激していることでしょう・・・。極楽浄土の下足番にでもなって、皆さまがおいでになる日を一日千秋の思いで待ちわびていることでしょう。』とかね。
どうだい、なんだかドラマチックでいいだろう?
まぁ、そんな調子で思わず参列した皆さんが苦笑いするようなナレーションをぶちかまして欲しいものだなと、つくづく思ったわけだよ。イタチの最後っ屁って奴だ。
けど、けっしてふざけているわけじゃないんだぜ。
なんせ、俺みたいな非善非悪の男が、死んだからといって素直に極楽往生するとも思えないんでね。意外とみんな納得して、腑に落ちたような顔をしてくれるんじゃないだろうかね?どうだろう?
まぁ、そもそも俺が死んだって、そんなに人が集まってくれるとも思えないがね。
所詮、俺がもし死んだって、痴漢が一人、この世から減っただけのことさ。どうってことない。世界は相も変わらず続いていくのさ。
おっと、こんなことを書いてると、また不謹慎だとか言われてしまいかねん。今日はこれぐらいにしておこう。せめて、生前の写真をほんわかムードのスライドショーにして流すよりも、俺の撮った写真を、次から次に流して欲しいものだ。何故って、それこそが俺がかつて、そこに確かに存在していた、証しなんだからな。その時、この写真は見飽きたよとか、言わないでくれよ。
読者諸君、失礼する。今日もこうして生きているのは、おもえば不思議なことであるものよなぁ。命とは実存ではなくて、単なる現象に過ぎないようにも思えてくるぜ。
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それは、俺の死んだ時には、気の利いたナレーションをしてほしいものだということだ。あんまりいい事ばかり葬儀屋の司会者に語られちゃ、くすぐったくって、思わず棺桶から飛び起きちまうかもしれないだろう。だからもっと、ブラックユーモアがあるっていうか、あまり例の無いようなのをかまして欲しいもんだねということさ。そう、例えばこんな調子さ。
『お調子者で、それでいてくだらない屁理屈をこねては周囲を困らせてきたあなたのことを、私たちは反面教師として忘れることはないでしょう。生前、散々好き放題やっては周囲を困らせ続けてきたあなたは、今は地獄の針の山を登り、血の池を浮き沈みしていることでしょう。しかし、その声は私たちに届くことはありません。さんざん調子のよいことばかり垂れ流していたあなたは、今頃とっくに舌を抜かれていることでしょうから。スパークスさん、あなたのことはしばらくは忘れられないでしょう。足を踏まれた人は、足を踏んだ人が忘れても覚えているものですから。これからも末永く、地獄の苦しみの中から、羨ましげに私たちのことを見守って下さい・・・。』なんて具合にね。
或いはまた、『地獄行き間違いなかったスパークスさんは、皆さまの念仏により、阿弥陀如来のご来迎を得て、辛くも極楽往生かないました。皆様の心からのご供養、故人も感謝感激していることでしょう・・・。極楽浄土の下足番にでもなって、皆さまがおいでになる日を一日千秋の思いで待ちわびていることでしょう。』とかね。
どうだい、なんだかドラマチックでいいだろう?
まぁ、そんな調子で思わず参列した皆さんが苦笑いするようなナレーションをぶちかまして欲しいものだなと、つくづく思ったわけだよ。イタチの最後っ屁って奴だ。
けど、けっしてふざけているわけじゃないんだぜ。
なんせ、俺みたいな非善非悪の男が、死んだからといって素直に極楽往生するとも思えないんでね。意外とみんな納得して、腑に落ちたような顔をしてくれるんじゃないだろうかね?どうだろう?
まぁ、そもそも俺が死んだって、そんなに人が集まってくれるとも思えないがね。
所詮、俺がもし死んだって、痴漢が一人、この世から減っただけのことさ。どうってことない。世界は相も変わらず続いていくのさ。
おっと、こんなことを書いてると、また不謹慎だとか言われてしまいかねん。今日はこれぐらいにしておこう。せめて、生前の写真をほんわかムードのスライドショーにして流すよりも、俺の撮った写真を、次から次に流して欲しいものだ。何故って、それこそが俺がかつて、そこに確かに存在していた、証しなんだからな。その時、この写真は見飽きたよとか、言わないでくれよ。
読者諸君、失礼する。今日もこうして生きているのは、おもえば不思議なことであるものよなぁ。命とは実存ではなくて、単なる現象に過ぎないようにも思えてくるぜ。

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