2011/03/15

Post #121 Photographica #5

実は昨日は、プリントをしていたんだ。去年出張で2週間ほど滞在していた大阪の写真だ。うんざりするほどある中から、フィルム1本、20枚プリントしたんだ。
プリントしていると、お客から電話があった。今日予定されていた打ち合わせが、東京の元請からの書類が届かないために16日に延期してほしいという内容だった。
うむ、こんなところまで影響は及んでいる。呑気な話に聞こえるが、某配送会社の集荷のおじさんに訊いてみたところ、東京までは荷物は多少の遅れで届くが、千葉も含めて東京以東は受け取りを断っているそうだ。物流が完全に止まっている。
そこで、今日は印画紙を買いに出かけたんだ。
大学生たちが、街角で声を張り上げて募金を募っていた。しかし、そのすぐ脇で昼キャバのおねーさんとも呼べないような小娘が、割引券を配っていた。普段でも、昼間っから酒飲んで女の子と戯れるほど人間として堕落しちゃいないぜと思っているが、さすがにこの時期にこれはないんじゃないか?いや、そんな風に感じてしまうのは、大政翼賛会というか社会の同調圧力に屈してしまっている証左なのではないか?悩ましいところだ。やけになって、昼間っから酒でも飲まなけりゃやってられねぇって人もいるだろう。
俺は、いつものジュンク堂に行き、つい写真集を買ってしまった。廃墟写真をおおく手掛ける中筋純の『廃墟 チェルノブイリ』だ。
TVでは、原子力の専門家が入れ替わり立ち代わり登場し、今回の原発事故はチェルノブイリのようにはならないと繰り返し言っている。また、各地で検出された放射線量が胸部レントゲン一回分にも及ばないと解説されている。あくまで今のところはね。
で、3年ほど前に刊行された『廃墟 チェルノブイリ』を開いてみよう。
中筋純『廃墟 チェルノブイリ』 二見書房刊
そこには、昨日も紹介した『石棺』が不気味にそびえている。
整然と並んだアパートは、廃墟と化している。その部屋の中には非難した子供がおいて行ったのだろう、人形が落ちているが、その人形は高濃度の放射能を含んでいるため、手に取ることすらできない。剪定されることのないポプラの木は、5階建てのアパートを越えるほどの高さに育ちまくっている。
実りの季節を迎えた林檎の木には、たわわに黄金色のリンゴが実っているが、それは放射能という猛毒を蓄積した毒リンゴだ。
建設されたまま一度も稼働することなく打ち捨てられた観覧車は、錆に覆われている。
レーニンの肖像は未だに共産主義の未来を謳歌している。
そして、人間が消えた土地には、さまざまな野生動物が戻ってきている。
これが明日の関東平野の姿じゃないとは言い切れないぜ。

あ~、高校生の頃は、ウクライナやベラルーシ(当時はもちろんUSSRソビエト連邦だ)は遠いところだった。だから呑気に、剥げてる先生の事を『おいチェル!』なんて馬鹿にして笑っていたのに。まさかこんな日が来るなんて、悲しくなってくるぜ。

けれど、今日俺が、まんざら捨てたもんじゃないな日本もって思ったのは、昼キャバで働いていたっておかしくないようなお嬢たちが、同じくらいの年ごろの大学生の募金に迷わず募金していた姿を見たことだ。なんか心が温かくなったぜ。日頃、人間見かけで判断しちゃダメだなと思っていたのに、知らず知らずに判断していた自分を恥ずかしく思ったもんさ。まだまだ、日本は捨てたもんじゃないぜ。中には天罰とか言っている馬鹿な老人もいるけれどね。そんな奴は放っておこうぜ。

そうこう言ってる間にも地震だ。震度3か。まいったなぁ〜。今日はこれくらいで。
君たちも自分の身を守ってくれ、サバイバルしてくれ。
生きてるウチが花だぜ。

2011/03/14

Post #120 Melt Down

こんな戦時中みたいな恐ろしい状況のなか、私事で、キョーショクなんだが、昨日の夜、俺は脇腹に激烈な痛みを感じて、救急車で病院に搬送されてしまった。痛くて苦しんでいるのに、看護師の青年は俺の格好を見て、お仕事は何をなさっているんですかとしつこく聞いてきやがった。仕方ない。頭は例によってもじゃもじゃで、パイソン柄の派手なスキニーを穿いていたから、興味津々なのはわかるが、俺は痛くてストレッチャーの上で七転八倒なんだけどな。好奇心は結構だが、TPOッちゅうもんがあるだろう!確かに、俺もストレッチャーでERに運び込まれたときに、看護婦さんを見て、「わぁ〜、綺麗なおねいさんがいっぱいだぁ〜」なんて軽口を叩いてみたが、それはあくまで男の矜持だ。耐えられないくらい痛くなかったら救急車なんてよばねぇよ。
Fukuoka 例によって本文とは全くカンケー無し
生まれて初めて、CTスキャンされ、下された診断は結石だった。しかも一つじゃない。左右の腎臓に複数個ずつ、医師の表現によれば、ゴロゴロある。膀胱にもある。堪らないぜ。痛風といい、結石といい、俺は贅沢病だ。こんなにガリポッチなのにな。やはり男の仕事師だから毎日ガツガツ肉を喰っているのが良くないのか…。仕方ない、これも人生だ。ロックンロールだ。

人間も製造後40年以上になると、いろいろとガタがくるもんだぜ。ましてや、人間が作り出した機械も、40年も使われているものとなると、さまざまな問題が噴出してくるだろう。何事もなければ、問題は発覚せずに済むが、何か予想を超える事態が起こった時、それは俺たちの予想をも超えた惨事となって現れる。そう、原発だ。原子力発電所だ。
俺が10歳の頃、アメリカでスリーマイル島の原発事故があった。この時の事を、漠然と覚えている。地球の反対側のこととはいえ、世界中がおののいていた。幸いなことに途轍もない事故には至らなかったが、チャイナシンドロームという言葉を俺は覚えている。そう、原子炉の炉心が熔解し、その熱で大地を溶かしてゆき、アメリカから見た地球の反対側、中国にまで達してしまうという、気味の悪いジョークのような内容だ。
そして、俺が高校生の頃、今度はソビエトでチェルノブイリの原発事故があったんだ。この時には、人類は未曽有の体験をしたんだ。原子炉が暴走して、止まらなくなったんだ。俺の記憶では、この時ソビエト軍はヘリコプターで気の遠くなるような量のセメントを原子炉にかけて、原子炉を封印したはずだ。それは石棺と呼ばれていたぜ。その時、現地で作業にあたった兵士たちは、放射能はマスクで防ぐことができるなんて、少し考えたらわかりそうな駄法螺を吹き込まれて、勇敢に作業に取り組み、被爆したんだ。非公式の話しでは3000人が死んだとも言われているんだ。広島に落とされた原爆の500倍の放射性物質がまき散らされ、北半球全体に広がった。発電所から30キロ圏内は今もなお、立ち入り禁止区域で、13万人以上の人々が強制的に移住させられた。未だに、ウクライナやベラルーシの広大な土地には放射能が残り、多くの人々が癌や白血病に苦しんでいる。
メルト・ダウンだ。
そう、このころ、世界中で反原発の機運が盛り上がった。しかし、日本の電力会社も政府も、日本の原発はチェルノブイリで事故を起こしたソビエト型ではなく、アメリカ型なので、安全ですといいつづけたんだ。
RCサクセションが『サマータイム・ブルース』の替え歌を発表しようとして、発売中止になったのはそのあとだ。
若い奴らは知らないだろう。エディ・コクランの名曲。ザ・フーのLIVEでの定番。それをカバーした歌詞は、こんなんだった。

暑い夏がそこまで来てる
みんなが海にくり出していく
人気のないところで泳いだら
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねぇ 何のため?
狭い日本のサマータイムブルース

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねぇ 何のため?
狭い日本のサマータイムブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い
それでもTVは言っている
『日本の原発は安全です』
さっぱろわかんねぇ 根拠がねぇ
これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金とられ
たまのバカンス田舎に行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねえうちに 漏れていた
あきれたもんだなサマータイム・ブルース

RCサクセション 『サマータイム・ブルース』日本語作詞 忌野清志郎

こんな歌、原発関連企業東芝の子会社、東芝EMIから出せる訳ねぇよな。
キヨシローはのちに、『メルト・ダウン』って曲も作っていたな。ちっとも話題にならなかったけど…。こんな事態になって初めてキヨシローの心配していたことが身に染みてわかるなんて、情けないぜ。
何故って、俺達は忘れっぽいからな。
TVが政治家が『原子力発電所は安全です。原子力はクリーンなエネルギーです』と言い続けた結果、原子力発電所はすっかりおなじみになっっちまった。
違和感が無くなったんだ。俺達はすっかり洗脳されちまったんだ。自分で考えることをしなくなっていたんだ。
ソビエト崩壊で、核戦争の危機が遠のいたこととが、放射能の恐怖を和らげたんだ。
地球温暖化を食い止めようという大合唱がCO2の排出が少ない原子力を後押ししたんだ。
電力需要は年々上昇していった。今じゃ俺たちは電気がなけりゃクソもできねぇ有様だ。挙句の果てには環境に優しいEV=電気自動車だって。その電気を発電するのに、エネルギーはどこから来るのでしょうか。火力発電所か?だったらガソリンエンジンと大差ないだろ。答えは原子力発電所さ。
Kumano これまた本文とは全くもってカンケー無し
でも、本当に安全だっていうんなら、東京や大阪の真ん中にどうして作らないのか不思議だったぜ。どこでも原子力発電所ができるのは、海沿いの辺鄙なところばかりだからな。ホントはちっとも安全じゃないって、作った本人たちが一番知っていたんじゃないのか?
その原子力発電所が、地震に見舞われ、次々トラぶってる。1号炉と3号炉は建屋が吹っ飛んだ。挙句の果てには2号炉はメルトダウンした可能性があるだと。福島県がウクライナみたいなNo Man's Landになっちまうかもしれねぇってのに、官房長官や原子力保安院、東京電力の記者会見は歯切れが悪い。中の圧力抜くために、弁を開放して、放射性物質たっぷりの蒸気を大気中に放出することが、大したことないような印象に変わってきている。そりゃメルトダウンに比べれば、大したことないだろうけれど。それでもそいつはえらいことだぜ。

俺は面白がってるんじゃないんだぜ!ホントに泣き出したいくらいなんだ。
頼むから、本当のことを言ってほしいもんだ。健康に被害はない程度の放射線(放射能って正直に言えないのかねぇ)だなんて、誰も信じてないんじゃないのか。少なくとも俺は信じてないぜ。いつだって、権力のある奴らは臭いものには蓋をしたがるからな。
みんなを不安に陥れようって気でこんな事を書いてるんじゃないんだ。俺は本当のことが知りたいんだ。放射性物質は洗い流すことはできても、身体を透過した放射線の影響は洗い流すことなんてできないんじゃないのかい?
俺達は電気がなけりゃ生活できねぇ。当たり前だ。今更石器時代みたいな暮らしには戻れないからな。電気が来なけりゃ、俺だって、プリントでき無くなっちまうぜ。しかし、もっとそれがどうやって作られるのかを真剣に考えなけりゃならないだろうよ。しかし、それは今からの課題だ。
今、俺たちのケツには火がついてる。しかも放射能入りの火だ。東京電力さんよ、頼む、何とかしてくれよ。俺達は地震と津波で充分に痛めつけられてるんだ。その上、放射能かよ!堪らないぜ!

あと、介護ロボットとか、受付嬢ロボットとか、挙句の果てには演劇ロボットとか、人間の雇用を奪うようなクソくだらないロボットを作るくらいなら、放射能ガンガンの原発の中でも、へーきの平左で仕事のできるロボットを開発してくれないか?どーだろう?今回もやたら、確認できないので、推測ですがって言葉を聴いたように感じるし、実施に作業員が爆発に吹っ飛ばされたり、被爆したりしているんだぜ。毒にも薬にもならんようなロボットを作ってイイ気になってちゃいけないぜ!

いいかい?そもそも人間を幸せにしない科学は、ダメなんだぜ。手塚治虫先生のマンガでも、そのことは何度も描かれていたぜ。俺達はそろそろ、なにを考えるにも人間を、そして生命を中心に考え直さなけりゃならないぜ。
今日は、こんなところで。また明日か明後日、君たちと話し合おう。
その時、スパークス、大騒ぎしすぎだったんじゃないって笑われるようであって欲しいもんだぜ。

2011/03/13

Post #119 神も仏も無いものか…

大変なことになってしまった。
さすがの俺も、これには呆然とするしかない。しかし、地震が発生してからこっち、俺はほとんど働きづめだった。現代史上稀にみる大災害が、この日本の国に起こっているというのに、俺の住む地域はまるで他人事のように物事は淡々と進んでいる。斯く言う俺も仕事中毒のように昼夜なく働いていたんだ。それが後ろめたく、人としてどーなのか悲しい気持ちになる。
俺の知る人は、幸か不幸か東日本には殆どいない。にもかかわらず、大きな喪失感が胸にとぐろを巻いている。
俺は今こうして、のうのうと生きているのだが、これは単なる偶然でしかないのだ。ひょとして、東北で起こらず、東海地方で起きていたのなら、がれきに埋もれ、津波にさらわれ、炎にまかれて死んでいたのは俺だったかもしれないんだ。その意味で、俺たちが今生きているのは、偶然の結果にすぎないんだ。
死んでいった人々に対して、生き残った俺たちが出来るのは、極論すれば、死んでいった人々を忘れないことだけと思うが、見も知らぬ人々を忘れないことは、実に難しい。
しかし、刻々と増加してゆく死者や行方不明者の数の一つ一つに、人の人生が、人の喜怒哀楽が、その人にまつわる多くの人々が、夢が、希望が、未来が確かにあったのだということだけは、想像しなければいけない。同じ人生など、一つとしてないのだし、無かったのだし、同じ人間など一人としていないのだし、いなかったのだから。
神も仏もないものだろうか?
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それとも、神仏の御業は俺たち人間の思慮の射程などはるかに超えて遠大なため、人の営みや、個々の人間の吉凶禍福など思いやる余力はないのだろうか。
そんな神や仏ならば、俺達は信じても仕方ないのだろうか。
生き残った俺たちは、被災した人も、大切な人を失った人も、何の被害も受けなかった人も、俺たちはみな、自分自身だけを信じて生きてゆくしかないのか?
せめて、俺たちはお互いを思いやっていこう。隣人の悲しみや苦しみから目を背けるのではなく、押し付けがましく振る舞うことなく、静かに寄り添っていこう。
フツーの暮らしをしてゆく中でも、その人たちの事を心の片隅にでも、留めて、忘れないようにしよう。
今の俺には、そんなことしか思い浮かばない。
また会おう。