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| 沖縄、竹富島 |
2026/02/04
POST#1450 なんだかんだ言って、この世は金さ
2026/02/03
POST#1749 年をとって住むところがないのは深刻な話だ
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| 奈良、十津川村にて 俺の人生いつだってこんな感じさ |
| 新しいオヤジの部屋 |
2026/01/30
POST#1745 首切り池の怪
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| かつて 名古屋市の街角で こういう雰囲気のある女性を見なくなって久しい |
桶狭間の古戦場は東海道国道一号線の近くだ。名古屋の南西に当たる。上洛を目指した駿河・遠江を領する大大名の今川義元率いる大軍を、桶狭間という谷間を進む街道で圧倒的に少数劣勢な若き織田信長が情報戦を制し電光石火の奇襲で打ち破ったという戦国史に残る戦闘だ。
カミさんが住んでいたのは、かつて首切り池といわれていた沼を埋めたという土地だと聞いた。桶狭間の合戦で打ち取られた今川方の兵の首が、その池のほとりで切り落とされたとか、首を落とした血塗られた刀を洗ったとかそんな言い伝えのある池だったそうだ。
それを埋めた立てた罰当たり者がどこのどいつか知らない。ひょっとしたら、山師的な商才で得体のしれない儲け話をいくつも手繰り寄せ、一代で財を成して、すってんてんになって死んだカミさんの父親かもしれない。まぁ、結構な豪邸だったそうだ。結構なことだ。
ひょっとしたら、そんな話ははなっからでっち上げで、その豪邸をやっかんだ人たちが流した作り話かもしれない。それが真実かどうかとはかかわりなく、人々がその話をなんとなくちゅうことがあったげなと認識しているということが大事なんだ。
カミさんには20歳ほど年の離れた兄がいた。俺も何度かあったことがあるが、今はどうしているだろうか。そこからわかるように、うちのカミさんの母親は年の離れた後妻さんだった。羽振りがいいとそういうことも起こる。俺のように羽振りが良くないと、品行方正でいられる。たまには羽目を外そうと思っても、先立つものがないと品行方正でいられるんだ。
で、うちのカミさんといっても、まだその頃は小学生だ。カミさんが首切り池の跡地の豪邸、面倒なので以下、首切り御殿でいく。首切り御殿で一人でふろに入っていたある日、ふろ場の壁から首のない落ち武者のようないでたちの死霊が、ぬっと飛び出してきたそうだ。
湯船に入っていたカミさんは、あまりのことに窒息しかけたんじゃないかな。
首切り御殿に現れたその落ち武者は、首のない頭を左右に振っては何かを物色するような素振りを見せると、一瞬のうちに反対側の壁に吸い込まれるように消えていったのだという。大方、切り落とされた自分の首を探し回っていたんだろう。400年以上も!
まぁ、郷土の英雄・織田信長がらみの話ではあるが、首切り池の怪とか大上段に振りかぶった割には、まぁそれだけのことだ。
彼女もまた、そんなのが見えちゃう厄介な体質のかただったようだが、俺と暮らすようになってから、そういったものを見ることはなくなったという。
とはいえ、昔はなんか聞きなれない物音がするとラップ現象じゃないかって怖がっていたんだが、俺がいるときにそんなの聞いたことがないんだよな。要は基本的に臆病なんだ。先日の公園の池の水で遊んだ息子が、人食いバクテリアに感染したら大変だと大騒ぎしてたからな。まぁいいや、そんなわけでここでも俺は、そういう方々と波長が合わないんだろうなって話だ。
今夜も仕事なんで、あっさり流してしまうぜ。
2026/01/24
POST#1739 孤独な年寄りが猫を飼うのは考え物だ
| 孤独な老人の生活の痕跡はクロスのシミくらいだ。 |
俺は一番下の弟と一緒に閉店間際のホームセンターで猫用のケージを買ってから、親父のアパートに乗り込みんだ。そうして、案の定ビビりまくって押し入れの中に隠れている猫を、ひょいと手を伸ばして捕まえ、すぐにケージの中に突っ込んだ。
猫は、ちゃんとケージに入れておかないとパニックになってどこかに逃げてしまう。基本的に警戒心が強く、臆病な奴らだ。人に懐かずに家に懐くといわれるくらいだ。
もう25年くらい前、うちのカミさんの父親が亡くなる直前に、やはり一人暮らしの父親のアパートから大きなトラ猫を引き取ってきたのだけれど、慣れない環境に置かれたとたん、すきをついて逃げ出してしまって、もう二度と捕まえることができなかった苦い経験があったからな。同じ過ちは二度は繰り返しちゃいけない。まぁ、命取りになるような失敗は一度やったらおしまいだけれど。
往々にして孤独な年寄りは、動物を飼って孤独な心を満たそうとする。けれど、自分が面倒を見れなくなったとき、その動物がどんな運命をたどることになるのか、よく考えてほしいもんだ。
しかし本当に助かった。俺だって、猫を縊り殺して、大家の家の軒先にぶら下げたりしたくはない。弟はそのまま一泊して日曜の朝、猫を連れて埼玉に帰っていった。
さて、そこからが体力勝負だ。肉体労働だ。頼りになるのは自分の手足だけだ。
俺は、一人で親父のアパートに乗り込んで、必要なものは段ボール箱に突っ込み、不要なものは可燃ごみや不燃ごみの袋にガンガン放り込んでいった。
父の近所に住む年老いた友人たちも、様子を見に来てくれる。すぐ下の弟も、時折様子を見に来てくれた。翌日の打ち合わせもあったしな。あらかたのものがゴミ袋に収まるころには、外は真っ暗だ。
そんな合間を縫って、俺は次から次に袋に詰めたごみをゴミ捨て場に運んだ。なんせ月曜の朝は可燃ごみ収集の日なんだ。日曜の晩から出すのはちとフライングだが、仕方ない。あっという間にゴミ置き場には黄色いごみ袋の山が出来上がった。必要そうなものを詰め込んだ段ボールは、俺が仕事のために借りている倉庫に何度もピストンして運び込む。こんな時、仕事に使ってる愛車のプロボックスは最高に頼りになる。
親父が金もないのに買い集めていた九谷焼の茶碗や、はるか昔まだ俺の生家があったころ床の間にかけられていた掛け軸だの、ブラスバンド部に在籍していた弟が使っていたトランペットだの、すこしでも換金できそうなものは、ひとまとめにしておいた。少しでも換金して足しにしないと。そんな中に父の友人が、これは欲しいというものがあれば、快く差し上げた。もう半分死んだようなもんだから、形見分けだ。大忙しだ。
すべて終わった時には、もう日付も変わるころだった。煙草をやめてなかったら、一服つけてしみじみと自分を労わってやりたかったぜ。
そして月曜の朝、すぐ下の弟が手配してくれた便利屋さんがやってきて、手際よくトラックに食器棚やら仏壇やら、もう使うこともない布団やらを積み込んでくれた。ガタガタな洗濯機、俺が運転免許を返納させたときに買ってやった自転車、油まみれのガスコンロや電子レンジ、この際どいつもこいつもゴミ野郎だ。処分費〆て金壱拾萬円也。俺は準備していた金を即金でお支払いさせていただいた。あぁ、俺が稼いだ金が、こうして消えていく。いや、社会に循環してゆく。もう少し、俺のところにとどまってくれればよいのに。
九谷焼の茶碗だの掛け軸だの北海道土産のクマの彫り物なんかは、〆て一万五千円くらいにしかならなかった。大枚はたいて買い集めただろうに、そんなもんだ。
そしてあっという間に、部屋は空っぽになった。
俺は例の資産家の大家に、すべての家財を処分し、鍵を返しに行った。
親父のアパートから歩いてすぐの田舎の豪邸だ。静まり返っている。呼び鈴を押しても応答もない。大音声でごめんください!と声を張り上げても、寂として声無しだ。誰もいない。
仕方ない。俺はなぜか知っていた大家のLINEに、お宅の郵便受けに部屋の鍵を入れておくと写真付きで送ってみた。すると、水道代がまだ払われていないとかいう返事が返ってきた。面倒だ。俺はさっきの九谷焼とかを換金した金から一万円抜き取り、鍵と一緒にビニール袋に入れてポストに放り込んだ。もう、金輪際かかわることはないさ。あばよ
| 万物は流転し、九谷焼は水道代に代わる。釣りはいらねえよ! |
2026/01/23
POST#1738 ノブちゃんの13回忌
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| 世界の街角から 今日はヴェトナム、ホイアンの街角から |
2026/01/21
POST#1736 不死身の男
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| 世界の街角から 今日はカトマンズ |
HCUに入っていて、半死半生の親父にできることは何もないので、俺は仕事に戻ることにした。去年は今年と違って大忙しだった。本当なら今年も今頃大忙しの予定だったが、人生はどこで何が起こるかわからない。
2026/01/19
POST#1734 まるで水木しげるの漫画のような世界がかつてはあったのだ
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| 世界の街角から うーん、どこだっけスウェーデンのヘルシンボリだったかな |
毎日暇そうだなって思われているだろうな。
暇だよ。いろいろあって仕事の契約を切られてしまったからな。それは仕方ない。身から出た錆だ。誰を責めるわけにもいかない。潮時だったんだ。で、方々に声をかけて仕事くださいって言ったところで、早々急に仕事が降ってくるもんじゃない。やることなんて掃除洗濯料理、そして読書くらいしかないんだ。無芸大食だ。まるで老後の暮らしだ。こんなのが死ぬまで続くのかと思うとぞっとする。仕方ないからひまつぶしに毎日書いているってわけだ。
さて、昨日の続きだ。
祖父の庄六は、そのうちに徐々に持ち直し、ノブちゃんの弟のたちと商売をするようになったようだ。町で雑貨店を営んでいたと聞いたことがある。ノブちゃんの行商が発展したものだ。その頃には俺の親父の豊明も小学生になっていたことだろう。
のんびりした時代で、掛け売りした商品の集金に自転車で回ることも度々だったという。しかし、庄六さんは根っからの善人で商売に向いていなかった。エリート商社マンだったはずなんだが、もしかしたら戦争で根本的に価値観が変わってしまったのかもしれない。
集金に行き、貧しい相手に今日食べるものを買うお金もないと泣きつかれると、仕方なく集金を次回に繰り延ばし、それどころかよそで集金してきた金も与えてしまうような人だったという。
その点、当時まだ小学生だった俺の父・豊明のほうが、情け容赦なく売掛金を回収してきては商売人らしさを発揮していた。
そんな寛大な庄六さんは周囲の人々からは好かれていたが、家族の生活は苦しかっただろう。にもかかわらず夫婦仲はよく、先妻の豊子さんの子である俺の父の豊明、ノブちゃんの子のあさチャンの後に娘が三人、男子が一人と次々生まれた。そりゃ、ノブちゃんも行商どころの騒ぎではない。貧乏の子だくさんだ。
このお人よしな性格のせいで、後に入来町の店も人手に渡り、ノブちゃんの弟たちも含めた一家は新天地を求め、岐阜へと移住することとなる。それはまたのちの話。
そんな庄六さんが集金に行った帰り、峠道を自転車で走っていたときのことだ。
庄六さんはその時、相手先で一盃ごちそうになり、上機嫌で暗い峠道を走っていた。すると急に強い風が木々を揺らし、ゴーっ!と列車が通るような音が上から聞こえてきたかと思うと、峠道の上を大きな火の玉が飛んで行ったという。
普通、火の玉が頭上を飛んでいくと自分の魂も持っていかれて、頓死してしまうと信じられていたようだが、幸い庄六さんは酔っぱらって上機嫌、心ここにあらずという有様だったので、腰を抜かしてひっくり返っただけで済んだのだという。(とはいえ、のちに火のついた練炭を取り落とし、入院していた病院で死ぬという運命が待ち受けていたわけなんだが。)
まるで水木しげるの世界だ。眼鏡をかけて出っ歯の主人公が、ハフッ!とか言って目を回して卒倒する一コマが目に浮かんでくる。
祖母からは、峠道などで急に体がだるくなり動けなることがある。そんな時は、昔そのあたりで行倒れて死んだ者の魂が憑りつき、その死者の味わった餓えや疲労が自分の身に生じるのだと聞かされた。そんな時は手に米という字を指でなぞり、その手のひらを舐めるとよいとも聞いた。
この話から察するに、その人魂はその峠道で力尽き、命を落とした人のものかもしれない。
読者諸君、今日はこれで失礼する。暇なのは暇だけど、本屋に注文したトマ・ピケティの新刊を受け取りに行ってこようと思ってるんだ。
2026/01/18
POST#1733 まるで遠野物語のような…
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| 世界の車窓から 今日はスウェーデン南部からお送りしましょう |
2026/01/16
POST#1731 悪党的思考
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| 三重県尾鷲 |
承前
親父は病院のHCUで半死半生、棺桶に足を突っ込んでる。
病状を説明してくれた医師によれば、筋肉や脳の組織からアミノ酸が分解されて流れ出し、通常190くらいのクレアチンの値が20000超えているんだとさ。人工透析必須で、この溶け出した筋肉とかの成分が赤黒い肉汁のような尿の正体だ。
今回は死ぬかもな、助かってもどのみち今のアパートに独りで住み続けることはできないだろう。病院のケースワーカーさんに相談しなくちゃな。市役所の老人福祉課にもいかなきゃいけないだろう。いや、もしかしたら月末に予定しているおばあさんの13回忌と親父の葬式が一緒にできるかもしれないな。こいつは手間が省けていいこった。
それよりも猫だ。猫は生き物なので、餌をやらないと死んじまう。まぁ、死んでくれたほうが親父もあっさり転居できるってもんだ。この年取った猫の存在が、親父の転居のハードルを上げていたんだ。ちなみに俺は猫上皮、ダニのアレルギーがあるので、親父の家に入るだけで目がかゆくなる。しかし、どうにかしないといけないな。
俺は親父のアパートに向かった。
カギは空いていた。俺はあまりの散らかりようにうんざりし、土足のまま上がり込んだ。
埃と油、猫の毛なんかが複合した汚れが、あらゆるものにこびりついていた。
臆病で人になれない猫は、押し入れの中に逃げ込み、気配を断っている。猫のトイレの便臭が鼻を衝く。
台所のシンクには、洗っていない食器が山のように積まれ、何もかものが油っぽくべたべたしている。男所帯に蛆がわくというのは本当なんだなとおもったよ。
猫の餌と水を新しいものに取り換え、様々ながらくたでいっぱいで歩く場所もないようなリビングを見渡しため息をつく。
母が死んだときに何百万もかけて買い替えた浄土真宗特有の金箔ギラギラの仏壇の扉は閉ざされたままだ。親父は一人暮らしの寂しさに耐えかね、いつのまにか創価学会に入信していたから、仏壇は締め切られたままなんだ。死んだ祖母や母の遺影は、顔向けできないのか仏壇の横の狭い隙間に押し込められている。
みすぼらしく擦り切れた下着。
長年着古してよれよれになった時代遅れの服。
かかとがすり減りつま先の皮がはげちょろになった革靴。
熟女ヌードのカレンダー。
壁のあちこちに張られた新聞の切り抜きやメモ、名刺、写真。
今年届いた年賀状は机の上にトランプのカードのように散らかっている。
食べきれないほどの食料品や甘いお菓子。
そして、このとっ散らかった部屋の中に、いったいいくらあるのかわからない借金の手がかりや、一体いくらもらえてるのかわからない年金の振り込まれている通帳があるはずだ。
とりあえず俺は、心配して様子を見に来た近所のかたに猫の餌を定期的にあげてもらえるようにお願いし、仏壇の横に突っ込まれた母や祖母の写真(あぁ、この人たちについても語るべきことはたくさんある。しかし、俺はもう母のことはほとんど覚えていない。というか、詳しく知らなかったんだ。ひでぇもんだ)と仏壇のなかの繰出位牌、阿弥陀様のご本尊と親鸞聖人、蓮如上人の掛け軸を家に持ち帰ることにした。
そこに、例の大家のおばはんが現れたんだ。
彼女は、父の容態を一応心配するようなことを言いつつも、こうなった以上は早く出て行ってほしいという雰囲気を全身から放射しまくっていた。
「服部さん、昨年中に出て行行くって約束だったので、もう私は三か月もお家賃いただいてませんの」
「知りませんよ、僕は別人格なんだから」
「今日も息子さんとアパートの契約に行くって言ってましたけど、どうなったのかご存じ」
「そんな話、今初めて聞きましたよ」
大家は思った通りという表情をして、「私もビジネスとしてこのアパートを持っているんですから、私がまだ元気なうちにこの部屋をリフォームして資産価値を維持したいと考えておりますの」
そりゃそうだろう。脱衣所の引き戸の扉枠は腐ってるし、洗濯機の前の床は根太が腐っているのかトランポリンみたいだ。親父に大家として金をとって貸しているってんなら、大家としてすぐに直すべきだと俺は思うぜ。ダンスは二人じゃないと踊れないように、ビジネスも相手がいないと成立しないんだからな。自分の都合だけで物を言ってもらっても困るぜ。
「まぁ、おっしゃることもごもっともの状況ですが、なにぶん急にこんなことになってしまったので、一月末までご容赦いただきたい。」
「…わかりました。」
「つきましては、お宅様から頂いた猫ですがお引き取り願えませんか」俺はダメもとで聞いてみた。
そうすると途端に上品ぶった慇懃無礼な態度が豹変した。
実はその猫は彼女の大きな田舎の資産家風な家の納屋で野良猫が産み落としたものだったんだが、彼女はそんなことは棚に上げて、その猫は決してじぶんが親父に押し付けたわけではなく、親父が寂しさを紛らわすために自発的にもらっていったものだとか、自分の家にも90歳の母親が一緒に住むことになって、そのわがままな婆さんの世話も大変なので、とてもじゃないが無理だとまくし立てた。
いるんだよ、人に無理難題を押し付けて身動きできないようにしてタコ殴りにして愉しむような人間性の歪んだ奴が。ビンゴ!ここにもいたぜ。
その話を聞きながら俺は、はるかむかし御幼少のみぎりに、ネズミ捕りにかかったネズミがキーキー鳴くのもお構いなしに、家の前の側溝の淀んだ水の中に、籠ごとネズミを沈めて殺していた、まだ若かった母の無表情で端正な顔を思い出していた。そうだよね、母さん。
「じゃぁ仕方ない。保健所で殺処分ですな。何なら僕がこの手で殺してもいい。猫の一匹くらい、ひねり殺してあなたの家に放り込んでおくくらい、僕には造作もないことですから」
大家は呆気に取られ多様な顔をして、早々に帰っていった。
俺は時折、狂ったようなことを言う。マッドマンセオリーなのか、本当に狂っているのか。それとも単に性根が悪党なのか。この年で誰かに好かれたいわけじゃない。悪党で十分さ。
2026/01/14
POST #1730 我が心の善くて悪を犯さぬにはあらぬなり
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| ずっと昔の名古屋駅西 あかひげ薬局 こんなセンスは今やアウトだな…嫌いじゃないぜ |
2026/01/12
Post#1729 去年は正月早々ついてなかったんだ
| 2024年1月 飛騨古川から飛騨高山へ至る高山線の車窓から |
今朝、起きたら雪が積もっていた。
雪を見るといろんなことを思い出す。生まれた日に静かに降っていた雪や、雪という名のあの忘れられない女性・・・(あー、宇宙戦艦ヤマトの森雪だと勝手に思っていてください。いろいろ詮索すると厄介なのでね。)
そして、一年前の正月に一人、雪に白く染まった飛騨古川の町を、寒さに凍えながら歩いたあの日を思い出す。
去年の一月、正月休みに飛騨高山まで家族で一泊旅行した時だ。
飛騨高山、風情のある小さな町だ。電車好きな息子がJR東海のハイブリッド特急HC85に乗りたいってんで、高山に行ったんだ。
高山は小さな町だ。子供と一緒に街をぶらついても知れている。それに思ったほど雪も積もっていなかったしな。で、バスに乗って隣町の飛騨古川まで行ったんだ。
女房子供は少し人気のない街を歩いただけで、寒さに音を上げて帰ってしまった。
仕方ない。俺は一人で白い息を吐きながら雪を踏みしめながら、写真を撮って歩き続けた。
デジタルだ。ボタン一つでせっかく撮った写真が消えてしまうデジタルは使わないと豪語していたセバスチャン・サルガドだって、晩年の大作Amazoniaはちゃっかりデジタルだった。
下々の俺がSONYのコンデジで写真を撮ってても、おかしくないだろう。フィルムが高くて子供の教育費やらローンやらで汲々としている俺には、フィルムはCoCo壱番屋なんだ。
| 飛騨古川 2025 01 |
| 飛騨高山 |
| 飛騨高山 宮川 |








