2011/05/12

Post #181 On the Wall

今年は岡本太郎生誕百年ということで、世間では岡本太郎ブームのようだ。
新宿駅の通路に移転されている『明日の神話』に福島原発の事故を描いた落書き、というよりベニヤ板が付け足されていたってのも、記憶に新しいぜ。
Amsterdam
俺自身、岡本太郎は結構好きで、ご多聞に漏れず、あの有名な『芸術は爆発だ!』ってのにガキの時分にやられちまった口だ。しかし、岡本太郎が極めて知性派の芸術家だったことは、みんな知ってるかな?
岡本太郎は戦前(アフガン戦争じゃないぜ、第二次世界大戦だよ)にパリに渡り、ソルボンヌ大学で民族学をマルセル・モースから学び、哲学者のジョルジュ・バタイユと親友になり、彼の作った秘密結社の重要なメンバーの一人になったりしていたんだ。文化人だな、まったく。
パリでの岡本太郎は、そこそこに評判になっていたようだ。知ってるかい?ロバート・キャパの最初の彼女で、世界初の女性戦場カメラマンだったゲルダ・タローのタローというのは、岡本太郎からとられているんだぜ。
戦前のコスモポリス、文字通り世界の文化の最先端だったパリで岡本太郎の基礎は作られ、世界中から集まった若き芸術家と交流を持っていた。それは、絵画芸術だけじゃなくて、写真家の友人も多かったようだ。
ハンガリー生まれのユダヤ人の写真家ブラッサイも岡本太郎の友人の一人だ。

岡本太郎は、ブラッサイから写真の手ほどきを受けてたんだ。で、カメラマンってのも悪くないと思っていたようだぜ。事実、後に岡本太郎がニコンFを携えて日本中を巡り、撮影した写真は、とても画家の余芸とは思えないダイナミズムがある。太郎が日本に帰るとき、ブラッサイは太郎に愛用の引伸機を贈ってくれたそうだ。それは空襲によって燃え尽きてしまったそうだがね。

手元にあるブラッサイの写真集を見てみよう。霧に包まれたパリの夜景が、ホモセクシャルや娼館の娼婦たちなどの戦前の退廃的な風俗が、パリ市民の穏やかな日常と街並みとが、当時の芸術家や作家の肖像が、モノクロで捉えられている。どれもカッコいい写真だ。影響を受けずにはいられないほどだ。
Amsterdam
そんななかでも、ブラッサイは壁の落書きに執着していた。当時はスプレーなんかないから、釘か何かで石の壁を削った線刻の落書きだ。そんな落書きを、ブラッサイはこまめに撮影していたようだ。
別にブラッサイを気取るわけではないけれど、壁の落書きは、いつも見かけると撮ってしまう。日本の落書きは、ヒップホップ調のものがほとんどだけど、ヨーロッパに行くとさまざまなスタイルの落書きを見ることができるんだ。面白いもんだぜ。
もちろんヒップホップ調のものも多い。パリのメトロのトンネルの中は、いったいぜんたい、いつどうやって書いたのか分からないけれど、そんな落書きだらけだ。轢かれちまうぜ、まったく。
壁の落書きとか、べたべたと貼られたポスターを見ると、街が生きているのが感じられるんだ。だからいつも、見かけるたびについ撮ってしまうんだ。
落書きや何度もなんども貼ったり剥がされたりして、まるで地層のように成り果てたポスターは、俺にとってはサイコーのご馳走だ。
そう、あまり小奇麗な町では息がつまって仕方ないぜ。人の気配が感じられないのさ。神は細部に宿るっていうだろう。そんなディテールが人の住む町には必要なんだ。ガラス張りのビルとゴミひとつない街路じゃ、写真をとってもなんだか味気ないものさ。とはいえ、自分の家の壁に落書きされるのはゴメン蒙るがね。

OK、読者諸君。今日はこのくらいにしておこう。今夜は久々にお仕事なんでね。いつまでも遊んでばかりはいられないのさ。

2011/05/11

Post #180 雨の日の来訪者

今日も一日、激しい雨が降っているぜ。何といっても台風一号らしいからな。今年はおかしな天候が続くぜ。幸か不幸かこの雨の中、仕事の気配もない。電話もならなけりゃ、Eメールも来ない。仕方ないな、今日もプリント三昧だ。家から出ずに引きこもってやるさ。こんな雨の中、俺を訪ねてくるのは、カエルくらいだ。
では親愛なる読者諸君、お贈りしよう!彼が僕の友人、トノサマガエルだ。どうぞよろしく!
My Friend, My House
そんなこんなで、今日も今日とて、相も変わらずアムステルダム。
フィルム1本半、27カット出来上がり。
アムステルダムシリーズ、一体いつまで続くのか?先は長い。この後、ブリュッセルも、パリもある。ヘルシンキだってある。去年のトルコだって、まだ残ってる。どれも力作ぞろいだ、ネガを見る限り。俺はいつも未だ見ぬ自分の写真を夢想する。道は遠い。母を訪ねて三千里か、はたまた目指すはガンダーラか?それぐらい遠い。一日も早く仕上げて、一枚でも多く、君たちにお見せしたい。見せびらかしたい。面白がってもらったり、下手ッぴだなと呆れられたり、時には感心してもらったりしたいんだ!
そう、なんてったって写真は一人で見ていてもつまらないもんだからね。君の声をききたいもんだぜ。(あ~M社さんは、ほどほどにしてもらって構わないから)
だから、もっとプリントしたかったけれど、印画紙が無くなった。現像液は疲労しきった。もう限界だ、もうギリギリだ。連れ合いも帰ってきた。早く片付けないと叱られちまうぜ!仕方ない、今日はこれくらいで勘弁しておこう。人生は長いんだ、楽しみはとっておくのも悪い事じゃないんだろう。

てなわけで、昨日のプリントから行ってみようか?

Amsterdam
まぁ、写真のセックス・ピストルズたる偏奇郎のこの俺も、たまにはこういうフツーな写真も撮るんだぜ。というか、船は結構好きなモチーフで、昔からつい撮ってしまうんだが…。あぁそうそう、ご存じない方のために言っておこう、アムステルダム旧市街は運河の街なんだ。縦横無尽に運河が張り巡らされている。だから、そこいらじゅうに船を見かけるんだ。船に住んでいるような奴だっている。この街には、蜘蛛の巣みたいな感じで運河が設けられているんだ。つまり、車にはあまり向いていない街なんだ。まぁ、道幅も狭いしね。人々はたいてい自転車で移動しているみたいだぜ。

OK、調子に乗ってもう一発行ってみよう!
Amsterdam
実は俺は、こんなグルーミーなカンジの空が好きなんだ。なんだか、写真に物語性が付与されるよーな気がするのさ。なんだか怪しい鳥とか飛んできそうな気配がしてくるだろう。

OK、今日はあっさりとこんなところさ。一日家から一歩も出ずに無心にプリントしていると、あまりなにも考えないからな。これといって言うべきこともないってカンジだ。ホントはいろいろイロイロあるんだけれど、ふふふ…、かまやしねぇぜ、何が起こってもカエルの面に小便ってカンジさ。

読者諸君、失礼させてもらうぜ。明日は雑事がてんこ盛りなんだ。とっとと風呂に入って寝なけりゃ、明日の男の雑事に差し支えるぜ。こんな激しい雨の日には、家の中に引きこもって、心静かに読書をしたり、カエルの声でも聴いていたいもんなんだがな。

2011/05/10

Post #179 降り止まない雨の中、俺はブルースを抱えているのさ

思いっきり暇でござる。
5月に入ってから、仕事はぴたりと止んだぜ。すっきりするほど思いっきり暇だ。しかも、激しい雨が降ってるぜ。こっちはやむ気配なしだ。家の近所じゃカエルがケロケロ鳴いているぜ。まぁ、こんな日に仕事がなくて、ほっとしたといえばほっとするな。
あんまり暇で、時間を持て余すくらいだ。仕方ないな、今日は心置きなくプリントするか。
例によってアムステルダム、フィルム一本半、21カット。出来はまぁこんなもんかな。
今日お見せしようかとも思ったが、水洗した後、まだ乾かないんだ。だから、今日はお預けさせてもらうぜ。悪しからずだ。仕方ないさ、洗濯ものだって乾いてないんだから。
Shinjuku,Tokyo
ホントのところは、いろいろとあるんだけれど、ここで言っても仕方ない事ばかりだ。しかし、つい指が動いてしまうぜ。困ったなぁ…。俺の取引先の人間が、たまたま見ちまったら、ヤバイな…。
しかし、しかしだ、このリスキーなカンジがロックンロールな香りがしないかね。ふふふ…、仕方ないな。このまま行っとくか。
世間はデフレだ。すっと続いてる。インフレも大変だが、デフレも大変だ。おかげさんで、いろいろと驚くことばかりだ。しかし、安けりゃいいのか?いや、俺たちはいつの間にか、安かろう悪かろうじゃなくて、安くて高品質を求めるようになってしまったんだ。値段が上がっていくのは、ガソリンと税金くらいだぜ。
俺はどっかで、世界最高の品質、世界最強の価格競争力って話を聞いて、椅子からずっこけるほどびっくりしたぜ!なんてたって、世界最高のものを世界最低価格で買おうってんだからな、虫がイイにも程があるとは思わないかい?こんな事を抜けしゃぁしゃぁと放言する奴らが、この世間をまかり通っているんだ。そいつは結構なことだ。モノの値段も下がっていくことだろうよ、もう一回言わせてもらおう、結構なこった。それでみんなが丸く収まるのなら、こんな結構なことはないぜ、笑いが止まらないぜ。
しかし、どこかで誰かにそのシワ寄せが行ってることだろう。間違いないぜ。下請けの、あ~、最近は協力会社って持って回った言い方をしてるな、そうその値下げ協力会社の皆さんのキューリョーが削られているに違いない。ひょっとしたら、中国からやってきた研修生と呼ばれる人々が、とんでもない安値で働かされているかもしれない。それどころか、俺たちが手にするものは、ラベルだけがご立派な粗悪品かもしれないぜ。仕方ないだろう、安いんだからな。
OK、こうして安い金で働かされた俺達は、これまた安いものを買いたがるのさ。一円でも安くね。その挙句、世間はくるくる持ち回りで、またまた俺達の実入りは減っていくんだ。
仕方ねーだろう、それが世の中の仕組みだ。つまりはデフレスパイラルだ。

呆れるぜ。呆れてものも言えねーのさ。

俺自身は、モノの値段には正当な対価が支払われるべきだと思ってるんだ。つまりは等価交換だ。ふふふ…、鋼の錬金術師か、はたまたパチンコか。しかし、この社会は鵜の目鷹の目だ。少しでも安い金で自分の欲しいものを手に入れようとする。それは悪い事とは言い切れないけれど、ほどほどってもんがあるだろう。
安い金で、いいものを手に入れることなんか、本当は出来っこないのさ。安い安いと浮かれていると、腹をくだして血を流し続けて、死んじまうような目に合うに違いないぜ。
Shibuya,Tokyo
昔のカメラなんかも、家が一軒買えるほど高価だったそうだぜ。その頃のカメラは半世紀以上たっても、モノとしての存在感がビンビン放射されているのがわかるぜ。クロームメッキの厚さが半端じゃない。そんなのを見ると、つい欲しくなったりするぜ。たまらん物神性だ。まぁ、小遣いが無いから、そもそも買う気遣いもないけれどな。

ああ、そうだ。今いい言葉を思い出したぜ。『安物買いの銭失い』って奴だ。

読者諸君、失礼する。ココでは言えないモヤモヤ、つまりはブルースを抱えながら、明日もプリントするぜ、雨の音を聴きながらね。