2011/05/20

Post #189 しょんぼりすんなよ、元気を出せよ!

昨日の仕事はしくじったぜ。
俺の手落ちじゃないんだが、確認しなかった俺の手落ちだ。
俺はそれについてはこれ以上ぐたぐた言いたくないぜ。せっかくの人生が無駄になる。
ガックリしょんぼりしていても仕方ない。予約してあった医者まで、イカした音楽を聴きながら歩いていくのさ。俺の歩みはいつしかステップになり、心の奥底から渦巻きながら吹きあげる、滑らかなグルーヴは俺の腰を、肩を、腕を踊らせる。そう、マンガのキャラのようにあり得ないカンジで歩いていくのさ。
道行く人は、誰も彼も俺をイカれた奴だと思うだろをうが、俺は健康さ。すこぶるケンコーなのさ。心の中にロックンロールが溢れているのさ。熱いビートが津波のように押し寄せるのさ。
俺は疲れているんだろうが、いたって元気なんだ。この元気を、君たちに分けてやりたいぜ。
銭金と違って、こいつはどれだけ分けても減るもんじゃないんだ。むしろ、増えていくのさ。
この元気はどこからやってくるのか?

そんなこと、言えるわけないだろう。俺が頭のイカれたシャブ中かおかしなカルト野郎だと誤解されそうだからな。
そう、まだ君たちに言うのは早い。早すぎる。
Amsterdam
俺には108の秘密があるが、まだまだ君たちに打ち明けていない秘密が多すぎる。
ダメダメダメダメ。何事も順番だ。日本人は順番を守る礼儀正しい民族だろう?
いずれにせよ、頭の固い、会社の中だけが自分の全世界だと感じてる世間の皆様に、そう思われるのは屁でもねぇけど、親愛なる読者の皆さんにそんな誤解をされるのは、少し寂しくもあり、悲しくもあるからな。
それにまた、いつものよーに調子に乗って、読者の皆様の理解をぶっちぎるような、訳の解らない事を書き散らして、つまらんとか言われちゃたまんないぜ、ダッハッハッ!

どこかで、誰かが俺の駄文を読んで、共感したり、反発したりしてくれているんだ。不様な生き方は出来ないぜ。いや、無様でもイイか、マディーウォーターを飲んでも、這いずってでも行くぜ。俺は自分の人生の軌跡で、虚空に絵を書くように生きていたいのさ、すぐに消えてしまう飛行機雲のようにね。
この糞溜めみたいな社会で、苦しんでいる人もいるだろう。
自分自身の人生を送れていないと悩んでる奴もいるだろう。
過去にこだわって、前に進めなくなった人もいるだろう。
OK、俺の中に渦巻いている、このエネルギーを、分けてあげたいぜ。
君が元気になったなら、俺はきっと、もっと元気になるのさ。これは資本主義じゃ説明できないぜ。
もちろん、元気になったからって、問題が解決する訳じゃない。高価な壺やパワーストーンで幸福になれる訳ないのと同じ事さ。
Barcelona
しかし、俺が崇拝しているロックンロール・グル、ピート・タウンゼントは言っているぜ、『ロックンロールは悩みを解決したりはしない。悩んだまま、踊らせるのだ』と。
そう、元気さえあれば、この糞ったれな現実に立ち向かう事はできると思うぜ、元気を出せよ!しょんぼりすんなよってカンジだ。
下らない社会だと、絶望する前に、面白い人間になるのはどーだい?あくまで自己責任だけとね。所詮、社会なんて、ちっぽけな人間の寄り合い所帯さ。一人ひとりが面白い人間になれば、この息苦しい社会も、いつかきっと変わるさ。
俺は信じてるのさ。明日の君が、今日よりも面白い人間だって事を。
そうさ、悩んだまま、踊ればええのさ。
『グルーヴがあれば、水の中に入っても濡れることもない』と、Pファンク軍団の総帥、ジョージ・クリントンも歌っているぜ。つまり、グルーヴを、元気を持っていれば、くそくだらない社会の中でも、簡単に押しつぶされたりはしないってことだ。実に、含蓄があるぜ。
もし一度でも、俺のところに来てくれたなら、俺はいつでもここにいながらに、君のそばにいるだろう。
読者諸君。失礼する。今日も仕事がてんこ盛りなのさ。
仕事のボーディングタイムが近づいているんだ。また、明日会おう。いつでも君たちのすぐそばに俺はいるのさ。

2011/05/19

Post #188 Fragment Of Amsterdam #5

俺はいつも、くだらない文章を書き散らしているんだ。
今日は何を書こうかななんて、別に考えていない。キーボードを打ち始めると、勝手に言葉が湧いてくる。そのうちに自分でも面白くなっていったり、わけの分からない愚痴のような文章になってしまうんだ。
Amsterdam
おもしれー!というチェックボックスに数字が入っていると、ふふふ…、この面白さを解ってくれる人が世の中にもいるもんだと思うし、つまらん!ってなかに数字が入っていると、う~む、なかなかこのビミョーなカンジは分かってもらえないのかなぁと思ったり、ちょっと俺も独りよがりなタコツボ状態で書いてたなぁと反省したりするんだ。
俺はだれからも金をもらって書いている訳じゃないんで、書きたいこと好きに書いてもいいはずなんだが、さすがに2つも3つもつまらん!という評価が続くと、さすがの唯我独尊、お山の大将の俺も、いささか検討すべきかとは思うね。
俺自身はいつだって面白がって書いてはいるんだが…。
まぁ、仕方ない。感じ方は人それぞれなんだ。面白いときもあれば、つまらないときもある。これも打率3割か。自分で言っていてなんだが、もう少し打率をUPさせたいもんだな。こんなんじゃ、読者諸君に愛想を尽かされてしまう日も近いだろう。いつも俺は言われるのさ、自分の思ったことの1割ぐらいを発言するようにしておいた方がいいってね。欲求不満になりそうさ。
しかし、何もリアクションがないよりも、つまらないならつまらん!ってチェックしてもらった方がイイのかもしれないな。手応えってのがあるぜ。誰だってスルーされるのは、なんだか物悲しいものさ。
まぁ、今日は少し反省して、あっさりだ。飽きもせず、アムステルダムだ。
Amsterdam

アムステルダムには『赤窓』地帯があるというのは、先日書いた通りだが、かなり開放的というか退廃的というか、明るくオープンに退廃しているという感じがするんだ。あけっぴろげ。じめじめしていないカンジなんだ。嫌いじゃないぜ、俺は。同じエロネタを披露しても、ジメッとして笑えない奴より、カラット笑い飛ばせるノリのほうがイイからな。
だから、おしゃれな服や小物を売っている店が並んでいるような通りの真ん中に、これまたおしゃれなカンジで、大人のおもちゃが真昼間から売られていたりする。日本の感覚からすると、おかしな気分だ。眉をひそめる向きもあるかもしれないぜ。けど、若いキレーなおねいさんがフツーに入って行ったりするんだから、あちらではフツーなんだろう。
俺が思うに、旅の醍醐味ってのは、あなた、新たな現実が目の前に立ち現われてくるのを、自分自身の中に受け入れ、自分の世界観を解体し、再構築して行くことにあるんだから、理解しがたいものは、楽しんでしげしげ見てみないとな。俺はいつもそんな風に思ってるのさ。
Amsterdam
とまぁ、今日はこんなところで。
夜の仕事に出撃する前に、ゆったり寛いで、爽やかな春の風を感じたり、小鳥のさえずりをきいたりしていたいのさ。でないと、頭の中が混線状態なんだ。脳みそのデフラグが必要不可欠なのさ。あっ、しまった。こんなこと書くと、またつまらん!とか言われそうだな。
それでは読者諸君、失礼する。また明日会おう。俺は今夜も車を飛ばして東奔西走、商売繁盛だ。

2011/05/18

Post #187 On The Road #3

今日一日で450キロ車を飛ばして、俺は帰ってきた。
南へと戦線拡大したかと思えば、一旦撤収だ。せわしない事だ。
Turk
独りで車をすっ飛ばしていると、実にいろんなことを考える。
考えすぎて頭がパンクしそうだ。
そりゃマズい。高速道路でのタイヤのパンクもヤバイが、運転中に頭がパンクするのもいただけないぜ。
抽象的な概念が、哲学的ともシャブ中の幻覚とも取れるようなイメージが、次々と浮かんでくる。
俺達が生きてる意味についてとか、『2001年宇宙の旅』のデビット・ボーマン船長のように、肉体を離れた形而上の存在になって、この宇宙の果てまで、時間の果てまでも見届けてみたいとかね。
そういえば、すでに今年は2011年。夢の21世紀もすっかりいろいろあって、まったく色褪せた気がするぜ。かつて、俺がこの地球にやってきた頃に、人々が思い描いていた未来は、いったいどうなったんだろう。中学生の時に初めて見たあの『2001年宇宙の旅』を、久しぶりに見てみたいぜ。
他にも突如として俺を裏切った奴の事を思い出し、はらわたが煮えくり返り、アクセルに思わず力が入ることもある。心の奥にしまい込んだ悲しみのスイッチが突然何の前触れもなくONになり、心臓を鷲掴みされるような感覚にくらくらしたりする。時に涙がこぼれるのは、悲しいからじゃないぜ。運転に集中しすぎて、瞬きするのを忘れているからだ。
Turk
よくない兆候だ。運転に集中したほうがイイ。でないと危険だ。追突したりしてしまうだろう。いつも高速道路を走っていると、こんなカンジなんだ。危なっかしいったらありゃしないぜ。
けれどもし、君が隣に乗ってくれていたなら、そんなこと考えたりしないさ。
もちろん、感情や思考のうねりとともに、加速したりもしないだろう。
もっとゆったりと、この長い道のりを楽しむことができただろう。そんな事を想像するだけで、心がほんわかと温まるのを感じるぜ。楽しみだ。そんな日が来ることを祈ってる。
けれど、隣で眠るのは無しだぜ。運転している時、助手席の人間が眠ってしまうと、不思議と眠たくなってしまう俺なのさ。

人間は、自分の思い描いた事しか実現できない生き物だという。
そうだろう。どんなことも、偶然だけで出来てしまうほどちょろいはずはない。しかし、俺の実感では人間は、思い描いたことの3割も実現できれば、御の字な存在だ。誰もがみな、理想は現実によって裏切られると言うけれど、持って生まれた資質や、時代の流れや社会の状況は、俺達弱い人間がどれだけ努力しても挽回できないこともままあるだろう。しかし、夢や理想がなければ、どこにだって行けやしないぜ。単に現状維持しか出来ないことだろう。これはなかなかに難しい舵取りだ。
その中で、夢や理想の3割を達成できたなら、それはなかなかなもんだと思うぜ。なんせ、打率3割なら、かなりの強打者と評価されるんだからね。大したもんだ。
つまり、人生はナビの通りにはいかないってこった。途中でパンクする事もあるだろう。道に迷うこともあるだろう。脱輪するときだったある。俺は毎日、人生ってのは真っ暗な道を、どこに向かっているかも分からず走るようなもんさって感じているぜ。ときには何故走るのかも分からなくなるくらいだ。
けど、本当に俺達は、どこに向かって毎日走り続けているんだろう?
どこかにたどり着くことは出来るんだろうか?

とまぁ、そんなことばかり考えているうちに、何とか無事に家に帰ってきたのさ。

読者諸君、失礼する。どうだい、こんな俺だけど、助手席に乗ってみないかい?君を怖がらせるような危ない運転は控えるようにするさ。何といっても、明日も夜には車を転がして遠征しなけりゃならないんだからな。念の為に言っとくけど、俺はトラックの運転手とかじゃないからね。