2011/05/29

Post #198 In A Cross Fire Hurricane

なんてついてないんだ。
台風がやってきているというのに、俺はこれから仕事で関西方面に出張だ。2泊3日、むしろ2泊3夜勤だ。浮かれている暇はないんだ。切迫してるぜ。何しろ季節外れの台風が来ているからな。梅雨に入ったばかりだというのに、いったいぜんたいどうなってやがるんだ。
俺は、こんな叩き付けるような雨の中、高速をすっ飛ばして出かけなきゃならないんだ。ついてないぜ、まったく。俺の連れ合いは心配している。そりゃそうだ。俺だって心配だ。なにもないのなら、窓の外の嵐をのんびり見物し、読書でもできたものを…。たまらないぜ。
読者諸君も、俺の無事を祈っていてくれたまえ。あ、あと商売繁盛もね。
Barcelona
窓の外では、雨に浮かれた蛙たちが、俺の部屋から流れ出すロックンロールのリズムに合わせて、ゲッゲッ、ゲッゲッと鳴いているのさ。
全然関係ない話だけれど、君たちは来世は信じるかい。俺は自分の来世はきっとカニ蒲鉾だと思っているのさ。しかも、酢醤油とかついているよーな少し高級な奴だ。あれは旨いからね。
で、俺は死んだあと、カニ蒲鉾に生まれ変わって、君たちにおいしいおいしいって食べてもらいたいなとか想像して、一人でくすくす笑ったりしてるんだ。まぁ、俺はそんなくだらないことをいつも喋って、連れ合いや家族にはうんざりされているんだ。困ったもんだぜ。
Amsterdam
さて、読者諸君。くだらないおしゃべりは今日は早々に切り上げさせてもらおうか?何しろ俺は今からこの十字砲火のような激しい雨の中、車を飛ばして俺のフィールドに向かわなければならないんだ。なに、心配はいらないぜ。俺は運転が巧いのさ。
では、失礼する。危険だから台風の中、あまりで歩いたりしない方がイイだろう。せっかくの日曜日が台無しさ。

2011/05/28

Post #197 Photographica #8

読者諸君、おはよう。
俺は昨日は、山のなかのホテルで行われた仕事関係の親睦会で、ゆったりさせて貰ったぜ。なんてったって、展望大浴場独りぼっちで一時間半だ。
風呂の好きな俺にはたまらないぜ。ただし、展望のほうは真夜中の山に川だから、まるっきり見えなかったけどね。
こんな忙しい毎日だが、この親睦会に出掛ける前に、別のお客さんの事務所に顔を出したついでに、ちょいと本屋に行って写真集を買ってきてしまったぜ。
しかも2冊。
ヤバい、また本が増えてしまった。最近は本が増えすぎて、けっこうな収納力を持つ本棚が3本、ぎっしりみっしりと本でいっぱいだ。本を新たに購入するたびに、つれあいからは、これじゃいつか床が抜けるとか、そんな金があるんなら、貸してある金を返せとか、嫌みを言われたり、叱られたりするのだ。道楽者も楽じゃないぜ。
Amsterdam
さて、閑話休題。
今回お買い上げは、藤原新也『アメリカンルーレット』とピーター・リンドバークの『ON STREET』の2冊だ。
藤原新也のほうに関しては、1990年初版なんで、まぁ買ったというご報告だけで済ましておこうかな。とはいえ、俺はこの写真集、ずっと欲しかったんだよ。というのは、新潮社文庫から出ているチャールズ・ブコウスキーの短編集『町でいちばんの美女』と『ありきたりな狂気の物語』の装丁に、藤原新也のアメリカンルーレットの写真が使われているんだ。
酒と女出身を持ち崩したろくでなしばかりが出てくる無頼反骨の呑んだくれ作家ブコウスキーの小説も好きなんだが、そもそも藤原新也の写真が使われていなかったら、ブコウスキーを手に取って見ることもなかっただろう。
とまぁ、そんな思い入れもあって今回お買い上げに至った訳だ。
さほどイイ紙質ではないが、そこにアメリカ大陸を横断して撮影したさまざまなイメージが、モノクロで、カラーで展開している。荒野、夜の都市、フロリダ、ディズニーランド、旅のまにまにすれ違う人々。これはイイんだ。

昨日購入の二冊。
藤原新也『アメリカンルーレット』1990 情報センター出版局刊
Peter Lindbergh 『ON STREET』2010 SChirmer Mosel Verlag Gmbh刊
もう一冊のPeter Lindburghの『ON STREET』は、C/O BERLINというベルリンにある写真の美術館で行われた彼のエキシビションをもとに構成された写真集のようだ。ようだというのは、これはもちろん洋書で、ドイツ語、英語、フランス語のトリリンガルで解説されているんですが、ドイツ語は当然わかんねーし、フランス語は、トイレどこ?くらいしかイケないし、英語だったらまぁそこそこわかるんですが、何分ほら、昨日は懇親会でしこたまコンパニオンのおねーさんにビール飲まされて、酔い覚ましに長風呂、しかも酔っ払ったおっさんたちが戦死したように転がってる大部屋での宿泊だったんで、ゆっくり見てみようと思って持っていったんだけれど、そこまで突っ込んでないんだよね。
しかし、写真そのものは、文章と違って即時了解可能なメディアなんで、心配ない。いい写真は、一目見ればいいものだとわかる。
パリを拠点に活動しているドイツ人写真家、ピーター・リンドバーグは、ファッションモデルをあえてモノクロ写真で捉え続けている写真家なんだが、正直言ってファッション写真は俺の守備範囲じゃないから、普段あまり積極的に購入するようなものではないんだよね。ヘルムート・ニュートンとかも素敵だとは思っているんですが、どちらかといえばやはりスナップシューティングのほうに、触手は伸びてしまうわけです。
しかし、この『ON STREET』は、いいぜ。俺好みだ。というか、こういう写真を撮ってみたいなと願っていたようなのを、まざまざと見せつけられたようで、矢も盾もたまらず、お買い上げだ。くそ!
その中身は、LOOKING AT、ON STREET、BERLIN、A SELECTIONに章立てされている。BERLIN(これも俺、スゴク行ってみたい街の一つ。)はベルリンでの様々なシーケンスのスナップやモデル撮影。A SELECTIONはKlaus Honnefによる傑作選ってところか。
俺が注目、瞠目、括目したのは、LOOKING ATとON STREETの2つのセクションだ。
LOOKING ATは1999年に、ON STREETは1996年にいずれもニューヨークで撮影されたもののようなんですが、モデル女性が、ファッションショーのようにエレガントな服を着て、ポーズを決めたりしながら信号待ちをしてたり、雑踏の中をケータイで電話しながら歩いていたり、長いコートの裾を翻して歩み去って行ったりするんだ。
まるで、たまたまスナップをしていたら、GAPなんかを着た野暮ったいヤンキー(これはもちろんアメリカ人の事。コンビニの前や田舎の駅前でたむろしているあれではない)やよれたスーツ姿のビジネスマンの間に、抜群のプロポーションの極上の女性が、しかも素敵に洗練された服装で佇んでいたり、歩いていたりするのを見つけて、気付かれないようにそーっとシャッターをきったかのようなライブ感がある。カッコいい~!
そのモノクロの写真の中には、周囲の生活感むんむんの環境の中に、モデルの女性たちが強烈なしかし静謐なオーラを放っている様が写し取られている。
それは時に、モデルそのものは、後姿だったり、画面の中心を外れたところに配置されていたり、全身が写っていなかったりするんだが、それがかえって写真のリアリティーを増長させている。
くぅ~、やられた。
俺は、いつもこんなネーチャン・フォトを撮りたいと思っているんだ。
もし、素敵な女性が俺に写真を撮らせてくれるのなら、こんなカンジにとりたいといつも考えていたんだ。羨ましさと悔しさが入り混じるぜ。思わずため息が漏れてくる。

読者諸君。これは素敵な写真集だ。アマゾンで買うのが安価でいいだろう。俺はもうしばらくしたら、また今日の仕事に出撃しなくちゃならないんだ。まだ見ぬ俺の写真を遠く思いながら、そしてそれを目にした時の君たちの驚嘆の声を幻聴のように耳の奥に想いながら、車を転がしていくのさ。
各位、よい週末を過ごしてくれ。こんな事をやってるうちに、毎日は光の速さで過ぎ去ってしまうんだ。時間を無駄にしている場合じゃないぜ。台風が上陸する前に、本屋に行って気に入った写真集でも買ってきて、ゆったりと写真でも見て暮らすのも、ありだろう。
失礼するぜ!

2011/05/27

Post #196 現場処理の男

原子力発電の行く末に暗雲が垂れ込めている。結構なことだ。
各国の首脳たちが集まっては、この話で頭を悩ませている。真剣に悩んでほしいものだ。俺達のこの世界の未来が、行く末がかかっている。目先の利益や体面なんかじゃなくて、イロクォイ・インディアンの長老たちのように7代先の子孫たちの事を考慮しながら、結論を出してもらいたいものだ。
その一方で、未だ避難生活を送っている人々のご苦労ご心痛を想うと、やりきれない気持ちになる。一体誰がこの人々の生活を支えてくれるというのか?事故からすでに2か月以上の歳月が流れたが、事態は一向に収束には向かっていない。それどころか、ますます深刻な様相を呈しているといっても過言ではないようだ。
だが、俺達はすっかりこの状況に慣れ切ってしまい、メルトダウンなんて実はたいしたことじゃなくて、フツーにあることのように錯覚し始めている。TVでは、まるで他人事のような淡々とした説明が、東電によって毎日繰り返されている。挙句の果てにはメルトスルーなんて、聞いたこともないような奇怪な言葉が飛び交っている。
Amsterdam
いろんな噂が流れている。
俺自身、電気関連の仕事をしている知り合いから、耳を疑うような奇怪な話をいくつも聞いた。電力業界の現場無視、作業員の待遇のひどさと安全管理のずさんさ、そして作業員を仲介している業者がいかに儲けているか、耳を疑うような話ばかりだ。
一日も早く、全ての指揮権を東電や日本政府からIAEAにうつして、迅速な事態の収束に向けて舵を切ってもらいたいもんだ。
もう、俺は奴らは1ミリも1マイクロシーベルトも信用していなんだ。

そして、偉いさんたちが滑稽なドタバタ喜劇を演じている。
原発を巡ってくだらない責任のなすりつけあいをやっている。今はまだその脅威も危機も去っていないというのに。まったく面白いぜ。哀しくなるほど面白い。無気力な笑いが顔に張り付いてしまうぜ。もううんざりだ、責任のなすりつけあいは。
過ぎ去った事の責任を云々することよりも、目前の危機的な状況をどうするのかのほうが、深刻じゃないのかい?それともお偉いさんたちは、日本が放射能によって人の住めないノーマンズランドになることよりも、自分自身の体面や利益なんかが大切なのかよ?
俺たちは、もううんざりなんだ。
原子炉への注水中断は、政府の指示だった、首相の指示だった、いや班目委員長が再臨界の可能性があるから止めろと言ったとか、東電首脳部はそんな総理官邸の空気を読んで注水中断の判断をしたとか、田舎の中小企業のようなやり取りが報道されていた。それらはどれも、つじつまの合わない各人各様の言い訳に終始していたぜ。挙句の果てには亀井静香が班目氏はデタラメ氏だなんて笑えないダジャレを飛ばして悦に入っているという惨状だ。

一体だれの指示と判断で注水を中断したのか?
どっちだって、イイよ。だれが言ったことでそうなったとはいえ、もうそれは2か月も前の事だろう。どのみちメルトダウンはしていたんだしね。俺は心底うんざりしていたんだ。どいつもこいつも結構な金をもらっていたくせに、いざという時に信念と自信をもって、決断も判断も出来ないバカヤローばかりなんだからな。

けれど、実際には注水中断はされていなかったんだ。
そう、海水注入中断はなかった。東電首脳部からの中断命令に対して、福島第一原発の吉田所長の現場判断で、注水中断は見送られたんだ。

笑えるぜ。これはホントーに喜劇だ。怒ったり、陳謝していたりしたお偉いさんが、みんなピエロのように見えてくる。スリルと放射性物質溢れる原発サーカスのピエロさ。朝から新聞を読みながら、俺の腹の皮はよじれちまったぜ。吉本新喜劇みたいだ。土曜の午後にTVでやってほしいくらいだぜ。
現場の奴らは本当の事がわかっている。きっとその時点で、現場はかなりの高確率でメルトダウンが起こっていると推測していたんだろう。人間、現場からはなれ、地位や体面が大事になってくると、目の前の不都合な事実を直視したくなくなるもんだ。俺自身、そんな頭のイイ馬鹿野郎どもの阿呆らしい判断にさんざん振り回されてきた。何度も『とろくしゃーこといっとるだにゃーわ、このドタワケ!』と俺の地口の名古屋弁丸出しで抗議したりしたもんだ。え、これ意味が分かんない?『バカバカしい事をいうんじゃない!この馬鹿者が!』って意味だわ、よー覚えといてちょう。

その事実が、どこでどうして今日の今日まで隠蔽されていたのか、そんなことはどうでもいいけれど、俺は吉田所長の現場判断に喝采したぜ。溜飲が下がる思いとはこのことだ。くだらない責任のなすりつけあい泥仕合を、一気に卓袱台返しひっくり返しだ。

Amsterdam
だいたい日本の組織ってのは、上は政府官僚から下は中小零細企業に至るまで、現場で、最前線で、一番しんどいところで苦労している末端の人間の意見に耳を貸さない傾向にある。
冷暖房完備の快適なオフィスで体面重視のお偉いさんが、思い込みと皮算用と机上の空論をもとに、現場が聴いたらのけぞるような判断を下して、それを現場に押し付けるんだ。それで、現場が必死の思いで矛盾を感じながらも現実無視の指示と、実際の現状と格闘しながら成果をあげざるを得ないという、まことに困った状況になるわけだ。しかも、その利益を真っ先にぶんどっていくのは、現場じゃなくてお偉いさんたちだ。結構なことだ。
冗談じゃないぜ。振り返れば俺の人生、そんな理不尽との絶え間ない闘争だった。しかし吉田所長、さすがだ。内心に葛藤はあったろうが、何食わぬ顔で東電首脳部の指示をスルー、いやメルトスルーだ。サイコーだぜ。きっとそこで正面から抗議しても、時間の無駄だし、なにより疲れるだけだからな。そんなところで疲れるくらいなら、現場で疲れたほうが何ぼもましってもんだ。
何といっても、結局お偉いさんという奴らは、自分が責任をとりたくないってだけで、いつだってズルズルと事態をより悪い方向に持って行っちまうんだからな。真面目に取り合うよりも、はいはいいって聞き流して、自分たちがベストだと思うことを信念持ってやったほうがいっそ話しが早いぜ。

現場で処理すりゃ 文句は言えねぇ
現場の奴らは へらずぐちたたかねぇ
腐ったガキなら 穴に埋めちまう

毎度おなじみの忌野清志郎も、そんな歌を唄っていたな。
頑張れ、吉田所長!
俺はずっと吉田さんを応援してきたし、これからも応援したいぜ。東電は吉田所長に対して、何らかの処分を検討してるって話だけど、ふふふ…、所詮お偉いさんたちには、この難局を乗り切ることなんか出来っこないんだろ。お偉いさんたちも、俺達国民も、吉田所長を頼りにしてるんだ。
頼むぜ、吉田さん!
放射性物質と一緒に、この国のあらゆる組織に蔓延する旧ソビエトみたいな官僚主義をブッ飛ばしてほしいぜ。
しかし、いったいここ一番の時に責任も取らない、判断も出来ない、指示も徹底出来ない、都合の悪いことは隠蔽する、そんなことしか出来ないお偉いさんってのは、何がどうしてあんなに高給取りなんだろうな?土下座するから高給取りなのか?俺には奴らが詐欺師か泥棒のように見えて仕方ないぜ。

読者諸君、また会おう。俺は今日は浮世の義理だ。仕事関係でほうぼうお出掛けだ。温泉旅館に一泊だ。明日から4日間は大忙しだからな。せいぜい大浴場で日頃の疲れを癒させてもらうとするぜ。