ここんとこ、毎日毎日飽きもせずにプリントばかりしている。今朝も5時までプリントし、昼前にのっそり起きだして、飯食ってプリントだった。そして、今夕食を、そう、今日は土用の丑だからな、うなぎをかっくらって、これからまたプリントだ。これじゃまるで、サルのセンズリだ。止まらないぜ。紙が無くなるまで止まらないぜ。心配ご無用。今日、ネットで印画紙をしこたま注文してしまったぜ。まだまだ、こんな生活がしばらく続きそうだ。
サイコーだ。プリントしていると、全身に幸福感と充実感が満ち溢れてくる。暑いけどね。自分の写真に対して、絶大な信頼感を感じるくらいだ。
仕事の事とかいろいろと気にかかることはあるにはあるんだ。そりゃ、当然さ、大人だからね。
しかし、しかしですね、ひとたび暗室に入り、プリントをはじめると、何もかもどうでも良くなるんだ。いや、ホントは良くないけど、けどどうでもいいんだ。
この狭くて暑い暗室の中こそ俺の宇宙だ。光在れ!ってカンジで引伸タイマーのスイッチを押すのさ。そう、この時、俺は満ち足りてるんだ。パチンコしている奴より、ゴルフをしている奴より、ゲームをしている奴より、札束を数えてる奴より、女とやってる奴より、はるかに充実してる。俺の宇宙じゃ、俺は宇宙一幸せな男なのさ。どーだ、スゲーだろう。
では、最近の写真から行ってみよう。
自分で言うのもなんだけど、最近、写真が少し巧くなったような気がする。無論、誰かと比べてとかじゃなくて、以前の自分の写真と比べってってことだ。誤解のないよーに頼むぜ。俺はこう見えて謙虚な男なのさ。座右の銘は『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』だ。若い頃、バイトしてた八百屋のばあさんに教えてもらったんだ。
それは一見、いいことのように思えるが、俺はこの状況に、若干の危惧も抱いてる。
たとえば、ロックンロールで考えてみようか。昔々、あるところにノイジーで、コードは3つだけ、リズムもあってないし、どの曲を聴いてもまるで同じにしか聴こえないパンクバンドがあったとさ。とにかくテクは無いんだけれど、がむしゃらなエネルギーが演奏にこもってるもんだから、ごく少数の熱狂的な支持者がいたりしたわけだ。
それが、長いことやってるうちに、その、なんての、演奏もなんか巧くなってきちまって、やたらエッジの効いた単調なリフよりも、やたらと小技を効かせてみたり、ストリングスなんか入れてメロディーで勝負するようになったり、唾を飛ばして怒鳴ってるだけだったヴォーカルも、なんだか歌唱力なんか身につけてきちまったりで、もう大変。
風見鶏みたいな評論家には好意的な評価をされるようになってしまい、世間の人気もうなぎ上り。ぶっ殺すとか歌ってたのが、何時の間にやら愛だのなんだの心にもないような日和った歌うたうようになっちまって、見ちゃいられない、聞いちゃいられない。小さなライブハウスで客席に飛び込んで大暴れしていたのが、いつの間にかでっかいホールでライブするようになっちまって、さあ大変。親戚中の恥さらしのイカれたアンチャンだったはずが、なんだか世間様からアーティストなんて言われるようになっちまったりするんだ。なんだか、どこにでもありそうな話だろう。
で、曲ときたら、確かにうまいんだけど、あのパワーは、迸るエナジーは、どこに行ってしまったんだ?あんなに耳障りな曲だったのに、今じゃスーパーのBGMにしたくなるようなどーでもイイ、単なる巧い曲になり下がっちまった。
結果、最初期に熱烈に支持してくれたファンにはそっぽを向かれ、一般大衆の皆さんにはすぐに消費され、飽きられるときたもんだ。めでたしめでたし。
とまぁ、長い譬えになってしまったけど、そんな危惧を抱いてるのさ。
つまり、あまり巧くなったら、マズイ。
こじんまりとまとまってしまっては元も子もない。なんちゅうのかな、写真を見た皆様が、なんじゃこりゃって、思わずひっくり返るような写真を大真面目に撮って(これ大事、。あくまで受け狙いのおちゃらけ写真じゃなくてってことで)、プリントしたいんだよ。
なんだかよくわかんねーし、下手だけど、見た人にインパクトと違和感を与え、その結果、長く記憶に残る幸せな写真。Oh Yeah! それが、それこそが、俺の理想だ。俺の目指す写真の在り様だ。
とはいえ、まだまだそれほど巧くもないから無用な心配だ。そもそも、自信満々でもPhoto Good!にチェックしてもらえない写真のほうが、はるかに多い。残念だ、まことに残念だ。残念きわまる。
今の俺ときたら、単に映像的クズ拾いだ。
しかし、よく考えたら、一枚一枚の写真の巧い下手など、実はどーでもいいんだ。意味不明な断片の蓄積によって、総体として描き出される世界。うむ、それこそが、俺の世界だ。そんな写真こそ世界の断片だ、フラグメントだ。
そんな心配は十年早い、まったくもって杞憂だ。そんなこと心配してるよりも、とっととプリントはじめるとするか。このパリ無間地獄から早く卒業したいぜ。
読者諸君、失礼するぜ。俺は今夜も明日もしこしことプリントしていることだろう。仕事もこれくらい在れば、とんでもなく儲かるんだけどな…。人生は甘くないぜ、それが人生だ、ロックンロールだ。
サイコーだ。プリントしていると、全身に幸福感と充実感が満ち溢れてくる。暑いけどね。自分の写真に対して、絶大な信頼感を感じるくらいだ。
仕事の事とかいろいろと気にかかることはあるにはあるんだ。そりゃ、当然さ、大人だからね。
しかし、しかしですね、ひとたび暗室に入り、プリントをはじめると、何もかもどうでも良くなるんだ。いや、ホントは良くないけど、けどどうでもいいんだ。
この狭くて暑い暗室の中こそ俺の宇宙だ。光在れ!ってカンジで引伸タイマーのスイッチを押すのさ。そう、この時、俺は満ち足りてるんだ。パチンコしている奴より、ゴルフをしている奴より、ゲームをしている奴より、札束を数えてる奴より、女とやってる奴より、はるかに充実してる。俺の宇宙じゃ、俺は宇宙一幸せな男なのさ。どーだ、スゲーだろう。
では、最近の写真から行ってみよう。
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| Paris |
それは一見、いいことのように思えるが、俺はこの状況に、若干の危惧も抱いてる。
たとえば、ロックンロールで考えてみようか。昔々、あるところにノイジーで、コードは3つだけ、リズムもあってないし、どの曲を聴いてもまるで同じにしか聴こえないパンクバンドがあったとさ。とにかくテクは無いんだけれど、がむしゃらなエネルギーが演奏にこもってるもんだから、ごく少数の熱狂的な支持者がいたりしたわけだ。
それが、長いことやってるうちに、その、なんての、演奏もなんか巧くなってきちまって、やたらエッジの効いた単調なリフよりも、やたらと小技を効かせてみたり、ストリングスなんか入れてメロディーで勝負するようになったり、唾を飛ばして怒鳴ってるだけだったヴォーカルも、なんだか歌唱力なんか身につけてきちまったりで、もう大変。
風見鶏みたいな評論家には好意的な評価をされるようになってしまい、世間の人気もうなぎ上り。ぶっ殺すとか歌ってたのが、何時の間にやら愛だのなんだの心にもないような日和った歌うたうようになっちまって、見ちゃいられない、聞いちゃいられない。小さなライブハウスで客席に飛び込んで大暴れしていたのが、いつの間にかでっかいホールでライブするようになっちまって、さあ大変。親戚中の恥さらしのイカれたアンチャンだったはずが、なんだか世間様からアーティストなんて言われるようになっちまったりするんだ。なんだか、どこにでもありそうな話だろう。
で、曲ときたら、確かにうまいんだけど、あのパワーは、迸るエナジーは、どこに行ってしまったんだ?あんなに耳障りな曲だったのに、今じゃスーパーのBGMにしたくなるようなどーでもイイ、単なる巧い曲になり下がっちまった。
結果、最初期に熱烈に支持してくれたファンにはそっぽを向かれ、一般大衆の皆さんにはすぐに消費され、飽きられるときたもんだ。めでたしめでたし。
とまぁ、長い譬えになってしまったけど、そんな危惧を抱いてるのさ。
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| Paris |
こじんまりとまとまってしまっては元も子もない。なんちゅうのかな、写真を見た皆様が、なんじゃこりゃって、思わずひっくり返るような写真を大真面目に撮って(これ大事、。あくまで受け狙いのおちゃらけ写真じゃなくてってことで)、プリントしたいんだよ。
なんだかよくわかんねーし、下手だけど、見た人にインパクトと違和感を与え、その結果、長く記憶に残る幸せな写真。Oh Yeah! それが、それこそが、俺の理想だ。俺の目指す写真の在り様だ。
とはいえ、まだまだそれほど巧くもないから無用な心配だ。そもそも、自信満々でもPhoto Good!にチェックしてもらえない写真のほうが、はるかに多い。残念だ、まことに残念だ。残念きわまる。
今の俺ときたら、単に映像的クズ拾いだ。
しかし、よく考えたら、一枚一枚の写真の巧い下手など、実はどーでもいいんだ。意味不明な断片の蓄積によって、総体として描き出される世界。うむ、それこそが、俺の世界だ。そんな写真こそ世界の断片だ、フラグメントだ。
そんな心配は十年早い、まったくもって杞憂だ。そんなこと心配してるよりも、とっととプリントはじめるとするか。このパリ無間地獄から早く卒業したいぜ。
読者諸君、失礼するぜ。俺は今夜も明日もしこしことプリントしていることだろう。仕事もこれくらい在れば、とんでもなく儲かるんだけどな…。人生は甘くないぜ、それが人生だ、ロックンロールだ。





