2011/11/03

Post #355 Some Girls

久々に、ネーチャンフォトでも行ってみようかな。こういうのがないと、何だか俺のブログから潤いってもんが失われてしまっていけねぇや。
Amsterdam
俺は、しばしばその辺の女の子の顔をぼんやりと眺めながら、いろいろと想像して楽しんでるのさ。例えば、そうだな、この子の顔、メイクを落としたらどんなだろうなんてのは、まぁ初歩の初歩だ。チョイと遺伝子のいたずらで、この女性が男に生まれていたら・・・、うむ、こんなカンジの貌になるのかとか、母娘で歩いている女の子を見るときなんか、いや~、今は結構かわいく見えても、行きつくところはそこら辺りか、人生とはままならんものだなぁとかね。他にも、この娘のオヤジさんは、どんな顔してんだろうとかもよく考える。
まぁしかし、最近はどいつもこいつもおんなじようなメイクで、すっぴんの顔がよくわからねぇってのもたくさんいるんで、なかなか想像力にブーストかけないと、この暇潰しが出来ないんで、困ったもんです。想像力とはいえ、脳みそを稼働させると、何だか甘いもんが無性に食いたくなっちまって、ついついスニッカーズなんかを買ってしまうのさ。
いずれにせよ、若くてきれいな時期はすぐに過ぎ去ってしまうんだ。くだらない男に引っかかったり、つまらないことで悩んだりして、人生のかけがえのない時期を無駄に送ってほしくはないもんだね。とはいえ、つまらない男に引っかかって所帯を持っちまったり、他人から見れば、全くどーでもいいようなことで悩んだりするのが、人間の人生さ。そういうもんだ。
読者諸君、失礼する。ふと気が付くと、このブログをはじめて、あと一週間ほどでまるっと一念が過ぎようとしている。我ながら、よく続くもんだって呆れてるんだ。よくもまぁ、毎日どーでもよさそうなことを書き散らすもんだなぁってね。

2011/11/02

Post #354 Fragment Of Fragments #22

Bruxelles
街中で、こんなのを見つけるとぎょっとする。ぎょっとするけど、すぐにニヤリとするんだ。
なんだかこうしてまじまじ見ると、必殺仕置き人を思い出すぜ。

親愛なる読者諸君、今日は仕事で肉体を酷使した。腕も腰も筋肉痛だ。キーボードを叩くのもおっくうだ。今の世の中、誰も彼もが何もかも、PCの画面上で物事が進行していると思っているだろうが、実際にはそんなことはない。リアルな世界では、所詮汗をかき、身体を動かさないと、何も生み出されることはないのだ。そこん所を忘れてはいけない。
俺は、そんな現実味のあるリアルな世界が好きだ。PCの画面上で何もかも物事が進むなんてのは、絵に描いた餅を喰らうような話に過ぎないんだ。冗談じゃない。口先や指先だけでは、世の中小石ひとつ動かすことはできないんだ。身体を使って、頭を使って、気を使って、出来ることなら金は使わずいかないと、何も現実の世界では生み出されてこないのさ。
それを忘れてはならないんだ。フィルムから引伸ばして、モノクロ写真をつくることも、俺の中にリアルな感覚を呼び覚ます。写真とは何かって、世界を複製するとはどういうことか、それを思い知らせてくれる営みだ。自分が見た世界を、自分の指でじかに手にふれるようなリアルな感覚だ。
そっから言ったらデジタルなんて、お手軽便利この上ないが、俺にとっちゃ所詮仕事用なのさ。リアリティが感じられないのさ。
それでは、諸君失礼する。

2011/11/01

Post #353 いつか、あの車に乗って

男は車が大好きだ。首都圏とは異なり、トヨタのおひざ元、日本のMOTOWN豊田市を擁する愛知県に住む俺やその仲間には、車は欠かせない。大概の男は車好きだ。俺も、ここ最近出張続きで、あまり車を運転していないので、フラストレーションが溜まりまくりだ。ひと仕事終えて、夜の国道を一人車を飛ばして家路をたどるのは、心地よいもんだ。もちろん、大音量でロックをかけるのは欠かせない。俺は音楽を聴くのは、車の中が最高だと思ってる。それはべつに変わったことじゃないぜ。俺がこよなくリスペクトする、The Whoのギタリスト、ピート・タウンゼントも、いつも新譜を聴くときには、高速道路で運転しながら聞くんだって話を、何かで読んだ覚えがある。
あぁ、ハンドルを握って、アクセルを踏み込みたいのさ。
俺がよく仕事仲間に飛ばすジョークのネタでこんなのがある。
仕事の合間に、どんな車に乗ってみたいかって話をするんだ。俺のまわりにいる奴らは、どいつもこいつもさほど金回りが良くないくせに、欲の皮の突っ張った奴らだからな、何だか名前を聴いただけでも高そうな車の名前が、次から次に出てくるのさ。
俺はいつも、そんなときはニコニコしながら奴らの夢と希望を聞いているのさ。夢は誰にだって見る権利があるんだからな。そうしていると、『で、スパークスさんは、どんな車に乗りたいんだい?』とか必ず振られるんだ。
俺は、しばらく考えて『うん、そうだな。いろいろ乗りたい車はあるけれど、やっぱり一番は霊柩車かな?それも上に神社みたいな屋根と鳳凰の飾りのついてるクラッシックなスタイルの奴さ。あれがサイコーだ。』と答えるのさ。大抵の奴らは、困惑して苦笑いする。まぁ、ブラックジョークだ。で、俺はここからラッシュをかける。せっっかくの持ちネタだ。徹底的に行くに決まってんだろう。
『あの、銅葺きの屋根をきらめかせながら、校則をブッ飛ばしたりしてみたいんだ。屋根についてる鳳凰が羽根をパタパタさせるような仕掛けがあればサイコーだ。手に入れたなら、ぜひそんなギミックを搭載したいもんだ。そんな車が後ろから追い上げてきたら、きっとみんな道を譲りたくなるんじゃないかな?』
どいつもこいつも、ありえねーだろって顔をしてるんだ。ふふふ、俺様ともあろう男が、人並みの野望で満足してなるものか。
『いや、よく考えてみてくれよ。あの車なら、運転していて眠くなったら、後ろに乗せてる棺桶の中でぐっすり快適に眠れるぜ。夏の暑い盛りには、胸元にドライアイスでもおいておくといいぜ。きっと涼しく眠れるはずさ。他にも、現場について道具を持ち込むときだってきっと便利だぜ、あの棺桶に道具を一式ぎっしり入れておいて、現場に着いたら棺桶ごとストレッチャーに乗せて、運んでいくんだ。白い布とかかけてあったら最高だな。マンガみたいでいかすだろう。』
そういえば昔、棺桶を引きづって歩いてる漫画の登場人物を見たような記憶があるぜ。この辺に来ると、どいつもこいつもあきれ顔だ。まぁ、致し方ない。所詮奴らは人並みな発送と欲望しか持てない連中だ。十把ひとからげだ。そんなことでは大衆にうずもれてしまう。冗談じゃないぜ。
『とはいえ、あれは特注で、一台一台手作りだからな。なかなか個人じゃ持てないだろうな。カーセンサーにものってなさそうだしな。まぁ、人生一度は乗ることにはなるんだらかな。その時を待つとするか・・・』まぁ、そうすっるってと、大抵みんな呆れて休憩終了となるわけだ。休憩ばかりじゃ仕事は終わらんのだ。
親類の葬儀にて
しかし、俺の希望は生きてるうちに霊柩車を転がすことなんだがな。何度か真剣に葬儀会社で働こうかとも検討したことがあるが、やめた。あまりにノリノリでファンキーな葬儀屋なんて、誰だって嫌だろう?人間には向き不向きがあるってことさ。
この写真は、親類の少年が16歳の若さで死んだ時のもの。これからっていう若者が、死んでしまうことの理不尽さに、腹が立って仕方なかった。しかし、不幸はそれだけではとどまらなかった。その後、その少年のご両親は離婚し、父親も痩せ衰えた末に、首をつって死んでしまった。葬儀には、別れた奥さんはもちろん、死んだ少年の弟や妹すら来なかった。人生は時に残酷だ。しかし、人生とはそういうもんだ、残念ながら。
あの車に乗って、俺達は一体どこに行けるというのだろうか?火葬場?そんな即物的な答えなんか聴きたくもないぜ。もっと誌的な、宇宙を感じるような、肉体という監獄から解き放たれるような、心躍るような答えが聞きたいもんだ。とはいえ、それがもしあんまり素晴らしいと、自殺者年間3万人じゃ利かなくなっちまうだろうがな。
読者諸君、失礼する。どうぞ皆さん、健康には気を付けて、日野原センセーのように長生きしてくれたまえ。