2011/12/06

Post #388 06/Dec/2011

Bruxelles
病院送りになっていた愛機・CONTAX T3が戻ってきた。およそ一か月ぶりだ。
その代りに、一葉さんと諭吉さんが、俺のもとから旅立っていった。まったく、この世の中は、すべからく等価交換だ。
出来ることなら、カメラにも健康保険があって欲しいものだ。今回の様に何かあると、俺の懐は大いに痛み、そのショックで俺自身が病院送りになりかねん。うむ、やはりカメラは、とりわけ今はもう製造されていないフィルムカメラは、大切に労わりながら、ガンガン酷使してやらなけりゃいけないってことだ。一見、相反するようだが、カメラは使わなければ意味がない。どんな銘レンズも、磨いてあるだけでは意味がないんだ。酷使されてこそ、カメラも本望ってもんだろう。使われないカメラなんて、弦の無いギターのようなもんさ。
読者諸君、失礼する。また会おう。

2011/12/05

Post #387 05/Dec/2011

Bruxelles
昨夜遅く、中平卓馬の写真集“ADIEU A X”を見ていた。『あばよ、X』といった意味だ。
巻末に中平自身の手による『撮影行為の自己変革に関して』という一文が載っている。これを読むのが好きだ。ご存じの方も多いかと思うが、70年代末、中平は昏倒し、記憶喪失に陥った。一時は日本語も忘れてしまったほどであった。中平の華麗な文体は失われてしまった。この文章は、それ以降のものではあるが、写真に関して、根源的な事を語ってなお余りある。
どの部分も考えさせられるが、試みに一文を引用してみよう。
『私、毎夕刻からフィルムを現像し上げ、水洗し、乾燥し上ったフィルムを凝視し、選出し、それから作品を造り上げています。私、それらの作品を見直してみると、とても変わった、奇妙な精神的ショックさえ、感じ続けています。だが、私、そのこと自体を考え始めると、写真と言うものは、他のほとんど全てとは異なり、写真は、写真だけの、独特な、奇妙な力を持っていることに気づきました。写真作品、またその前の撮影行為とは、この社会、諸姿の模写で在るにすぎないのだ。しかし、それを端的にやって行くことによって、この社会をあらわにさせることが、可能なのだ。その一点に、私も意欲的に参加することを決めている、のです』(河出書房新社 ADIEU A X より)
中平卓馬の決意に倣いたいものです。
世界の断片たる映像を拾い集め、集積させることで、この社会そのものを現すことができたなら・・・。この世界を再構成することができたなら・・・。
それは、私自身の見果てぬ夢でもあります。
読者諸君、失礼する。

2011/12/04

Post #386 04/Dec/2011

久々に美容院に行き、髪を切る。とはいえ相変わらずのモジャモジャ頭さ。
帰り道、白戸三平のカムイ外伝を2冊、コンビニで買い求め、一挙読了。
抜け忍のカムイが、執拗に迫りくる追手と死闘を繰り広げながら、あての無い旅を続けるカムイ外伝を読むと、かつて若い頃、ある組織を抜け、必死の思いで逃亡したあの寒い朝を思い出すのだ。
追手との遭遇に怯えて、ネズミのように引き籠っていた、辛い日々を思い出すのだ。
そして何時しか、もしも組織の追手と遭遇したならば、殺られる前に殺ると腹を括った日のことを、仕留められなくても、必ず相打ちにしてやると、暗い覚悟を決めた日のことを思い出して、切なくなるのだ。
それまで信じていたモノをかなぐり捨て、それまで仲間と思っていた者達を、自分の命を狙う敵と定めた若い日を思い出すのだ。
あの日以来、俺はどんな組織も信用してはいない。
そう、小は零細企業から、大は国家まで一切信用しない。何故なら、組織というものは、組織自身を維持するために、個々の人間のささやかな幸せや夢や自由を踏みにじることなど、何とも思っちゃいないからだ。組織に属していた頃、俺はある意味で、あらゆる価値観が転倒した、狂った世界で生きていたのだ。
Bruxelles
あれから、随分と月日が経った。
幸い、俺はカムイの様に、独りあてもなく彷徨うこともなかった。命を狙う追手に遭遇することもなかった。おかげで、決して裕福ではないが、ささやかながらも平穏な暮らしを続けている。
こんな事を書いても、読者諸君には解からないだろうが、あの頃のことを思うと、正直言って今の平穏な暮らしが幻のように感じる。
いつか、その気になったなら、書く事もあるだろう。しかし、書いたところで誰も信じてはくれないだろうな。我ながらなかなかに面白い人生を送ってきたものさ。
読者諸君、失礼する。
俺のことをマンガの読み過ぎだと思ってくれても、構わないぜ。
けれど、せめて君たちだけには、信じて欲しいもんだな。