2012/04/02

Post #495 I Just Believe In Me

俺は常日頃、自分自身が一番使用できないんだと言って、まわりの連中から失笑を買っている。
自分自身が、自分の希望や理想を裏切っている、もしくは、さまざまな事情によって自分自身に課した目標を達成できないことを、よく知っているんだ。
それには能力の問題や、さまざまな諸事情もあるだろう。体力的や事や時間的なこともあるだろう。俺はいつだって、マトモな人間になりたいと思っているんだが、往々にして、さまざまな要因によって、自分自身を裏切ってしまうんだ。急に仕事が入ったりとかね。
一番わかりやすいのは、アレだよ、アレ。プリントしようと思っていたんだが、どうしてもやらなけらやならない仕事が入っちまって、出来なかったんだぁ~とか、腰が痛くってプリントどころじゃなかったんだぁ~とかいうアレだよ。
この意志の弱さによって、俺は自分の人生の時間を無駄使いしてるんだ。
いつだって、半ば不可抗力といってもいい力の作用によって、俺の意志と希望はその軌跡を曲げていくことになってしまうんだ。そう、ブラックホールの近所を通る光が、その強力な重力によって、捻じ曲げられてしまうようにね。
もしそうじゃなかったら、俺は今頃は凄いことになっていることだろう。こんな少数精鋭主義の読者さんだけに寝言のようなブログを書いてるんじゃなくて、大手出版社のオファーで、パンピーが有難がるような自伝でも書いたりしてるだろう。いや、ああいうのはテキトーにあることないこと喋ってふくらまして、あとはゴーストライターが上手いこと仕上げるってもんだろう。気楽なもんだ。
Bruxelles
しかし、俺はそんな自分を納得させる、人生の法則を会得しているんだ。普段は、なかなかに教えない。授業料は高いんだ。おねーちゃんのいる飲み屋とかに連れて行ってもらわないと、決して言わない。しかし、読者諸君は特別だ。俺の上得意様だ。日頃の感謝をこめて、こっそりとお教えしよう。行くぞ!
人生、打率3割!
これだ。つまり、人生のうちで、3割ほど自分の思い通りになるんだったら、それはかなりのものだってことだ。
どんなバッターだって、3割くらいの打率があったなら、かなりの強打者とみなされるだろう。違うかい?中にはイチローの様にずば抜けた打率の奴もいるにはいるがね。しかし、3割ほども自分の理想に沿って行けたり、希望通りの人生を歩むことができたなら、これはうむ、もう人生の達人と言ってもいいんじゃないだろうか。何もかも自分の希望通り進むと思ってるのは、よほどの阿呆だろう。悔し涙で毎晩枕を濡らすがいいさ。
いいかい、人生打率3割理論ってのは、ある意味、せせこましくって、そのくせなんでも自分の思い通りになると勘違いして、勝手に悩んでいる現代人のみなさんに、大きな光明になる考えだと思うんだ。例えばだ、希望の学校や会社に入れなくても、それは人生のからぶってる7割の部分だと思えば、何も鬱病になったりする必要もないわけだ。
自分の好みの女の子とは上手くいかず、何故か自分の好みとはゼンゼン違う女性と所帯を持つことになっても、それは本当に自分の人生にとって、重要な、そう、外すことのできない3割の中には入っていないんだって思えばいいんじゃないのか?ひょっとすると3割1分くらいのところではあったかもしれないが。まぁ、なんだ、人生、7割くらいの諦めが肝心だ。
つまり、もっとわかりやすく言うとだね、河を泳いで渡ると、自分の目論見としては、まっすぐ最短距離で対岸に渡ってしまいたいが、怒涛の流れによって下流に流されながら、何とか対岸にたどり着くというもんだろう。
俺は高校生の頃、木曽川の対岸を目指してみたことがあるが、さすが一級河川だ、とても渡りきれるようなチョロイもんじゃない。危なく死ぬところだった。この喩えをスムーズに理解してもらえるとウレシーぜ。そんな抗うことのできない流れの中で、自分の願いのうち、3割を達成できたなら、これは大したものさ。3割じゃ不満かい?確かに、3割なんて赤点追試ギリギリかもしれないけどな。けど、世の中には、打率3割になんてとても届かない、貧打の方々も大勢いらっしゃるんじゃないのかい?中日ドラゴンズの打線のようにね。
俺自身は、七転八倒四面楚歌、自らの不徳の致すところで不如意な人生を送ってきたんだが、この人生打率3割ってのを見極めて以来、悩みが減ったぜ。貯えも減ったけどな。考え方によっちゃ、なかなか面白く生きているから、打率3割3分くらいのかなりお幸せな野郎じゃなかろうかとも思うんだ。なに、モノは考えようってことさ。
人生打率3割を標榜している俺は、自分のことを表面的には信用していない。
していないんだけれど、自分の人生は自分自身で切り開いていくしかないって意味で、俺は自分を誰よりも信頼してるのさ。矛盾してるようだけれど、ココをきっちり押さえておかなけりゃ、3割なんて夢のまた夢なのさ。
ジョン・レノン先生だって、I Just Believe In Me って歌っていたしな。
読者諸君、失礼する。いつもながら、寝言のような話にお付き合いいただき、申し訳ない。また会おう。

2012/03/31

Post #494 31/Mar/2012

Paris
もう、三月も終わりかよ・・・。早い、早すぎる。こんな調子じゃ、あっという間にジジイになって死んじまうぜ。やれやれ、モロッコから帰ってきてから、何だかひたすら働いてる間に、季節は本格的に冬から春へと変わっちまうんだな。
人生を無駄にするわけにはいかないぜ。今日という日は二度とないんだからな。

Post #493 さすがの俺も腰痛には勝てないのさ

今日はプリントするつもりだったんだ。しかもガンガン。しかし、溜まった洗濯物をベランダで干していたら、突然腰に電撃が走るような痛みが・・・。腰痛だ。たまらないぜ。せっかくぶちかましてやろうと思っていたのに。身体はさらなる休養を求めているんだ。プリントはなんだかんだ言って、重労働だからな。心身ともに充実している時じゃなきゃ、失敗ばかりでうんざりする羽目になるんだ。刀鍛冶のように、心身を清めてとまではいかないが、心気充実していないと、満足いくものは出来ない。
仕方ない、今日はネガのチェックだけにしておこう。
俺は、そんな腰を労わりながらも、所用のために歩いて出かけた。パイソン柄のスキニーデニムに、これまたパイソンの靴、それに毎度おなじみのパープルのコートを羽織って、髑髏の杖をつきながら、よろよろと出かけて行ったんだ。
ある店に入ろうとしたとたんに、後ろから女性に声を掛けられた。二十代半ばくらいの娘さんだ。なんの用かと思ったら、営業でそこらを回っていたら、凄い人=俺を見かけたんで、写真を撮らせてくれといって、息を切らせて走ってきたんだそうだ。物好きな女の子だ。俺は、彼女の期待を裏切らないように、エキセントリックで、少しばかり女に手が早そうなふりをして、写真に収まってやったんだ。まぁ、そんなこともあるか。電話番号くらい聞いておけばよかったな。しかし、賢明な読者諸君は知っているだろう、本当に注目するべきは、俺の格好じゃなくって、この中身だってことを。人は見た目が9割とか言うが、その見た目というのは、その人物のニンゲンセーが滲み出るというか、精神の在り様が形をとるものなんだぜ。外見だけじゃくって、中身にこそ興味を持ってもらいたいぜ。
十把ひとからげ、すり替わっても気にも留められないような奴や、流行に踊らされ、みんなと同じ格好をしてイイ気になってるような奴は、俺に言わせれば、所詮、中身も考えてることも、ボンヨーだってことだ。
そもそも、人と同じじゃ、一般大衆にうずもれてしまうぜ。
同じ炭素でできていても、石炭とダイヤモンドじゃ、自ずから輝きも違うってもんさ。もちろん俺はダイヤモンドのような男なのさ。そしてもちろん、この俺の心のシャウト満々の糞ブログをいつも愛読している君たちも、石炭野郎どもとは違う、ダイヤモンドのような魂の持ち主に違いない。もし、君たちが自分はそんなダイヤモンドのような人間ではありませんというなら、今日からすぐに認識を改めるべきだ。君は、ダイヤモンドの輝きを持ってる。間違いない、この糞溜めみたいな世界で、光を放ってるサイコーな奴だ。間違いない。俺が保証しよう。ダッハッハッハ!
Paris/発見、ルパンのアジト
で、今日の一枚。これは俺が花の都パリで見つけたルパンのアジトだ。このチンクエチェントが動かぬ証拠だ。あのカリオストロの城で、ルパン一味が乗ってたアレだ。間違いないぜ。
というのも、今日はTVで毎度おなじみカリオストロの城がやってたんでね。あれは何度見てもイイ映画だ。今までに何回見たことだろう。ほとんどセリフも憶えちまってるほどだ。
しかし、いつも思うんだけど、クラリスみたいな可憐な娘さんに、『おじさま』とか呼ばれてみたいもんだな。そもそも、クラリスみたいな可憐な御嬢さんってのが、この日本ではとっくに絶滅しちまってるんだろうな。けど、いつの日にか、そんな可憐な御嬢さんに、『おじさま』とか呼ばれて、慕われる日を夢見て、明日もちんたらやるとするか。
ネガをしこたま見て、まだ見ぬ自分の写真に痺れまくり、旅の思い出を懐かしんだ話は、まぁ明日だ。あれ、日付が変わってたぜ。まぁイイか。
読者諸君、失礼するぜ。よい週末を過ごしてくれたまえ。