2012/04/17

Post #509 老人が電車に乗ってくると、誰もが眠りだす

最近、電車で現場に通っているんだ。俺は通勤電車は嫌いだ。人間の嫌な面を見せつけられるからだ。入り口付近がおしくらまんじゅうのよーになってるのに、奥に詰めようともせず、新聞を読んでいるサラリーマンのオヤジ、俺の隣に立ってる男のケツが密着して、気味が悪い。そして、その隣の男の服には、吐き気を催すほどのタバコの臭いが染み込んでいる。ファブリーズとか使うべきじゃないのかい?平気で横入りをする、阿呆面の高校生の小僧たち。どうして、大人は社会のルールを守ることを教えないのか?ぶん殴ってでも、身体に叩き込むべきじゃないのか?
しかも、女の人がまわりにいると、痴漢と間違えられてしまうんじゃないかと、不安になってくるってもんだ。
やはり、メンタルヘルスを考えると、車で通うべきだろうか?しかし、ガソリンも高いし、駐車場代だってバカにならないからな。電車でいけるときは電車で行くのが低成長時代のやりくりってもんだ。
俺の眉間には、知らず知らずのうちに深いしわが刻まれる。よしてくれよ、皆の衆。これ以上皺が増えたら、女の子に嫌われちまうぜ。まったく冗談じゃない。
不愉快なのは、朝のラッシュだけじゃない。俺は帰りの電車でも、嫌な光景を目にして、はらわたが煮えくり返りそうだった。
帰りのラッシュの少し前、とっとと仕事を切り上げた俺は、家路を急いだ。たまにはそんな日もあってもイイだろう。いい加減うんざりするほど働いてるんだ。誰にも文句は言わさないぜ。
いつも俺はよほど疲れ切っている時でないと、シートには座らない。俺はまだまだ若くて、痛風持ちだが健康で、体力にも恵まれている。痛風の発作の出てるときでも、杖をついて立っている。俺よりも疲れている人や体の具合の良くない人、妊婦、子供を抱いた母親、お年寄り、そんな人々はたくさんいるはずだ。俺はその人たちを差し置いて、のうのうと座っているような恥知らずじゃない。
しかし、しかしだよ、そういう人々が乗ってくると、急に誰もが眠りだすんだ。今日もそうだった、ほんの10分くらいの乗車時間、ふと気が付くと、杖をついたおばあさんが立っている。いや、むしろ弱った体を座席の肘掛けにあずけて、今にもずり落ちそうだ。その顔は俺の眉間なんかとは比べもんにならんほど、しわしわのくちゃくちゃだ。コラーゲンも必要だよ。
Marrakech,Morocco
俺は、自分のおばあさんを思い出し、ハラハライライラする。
誰か、ばあさんがひっくり返る前に席を譲ってやれよ!
しかし、見れば、どいつもこいつも、ぐっすりと眠りこんでいるぞ!
どーなってるんだ?あんたたち、中年のサラリーマンも、20代後半とお見受けするOLさんも、高校生も、大学生も、どいつもこいつも、そんなにぐっすり眠くなるほど疲れてるのか?マカとかユンケルとか飲んだ方がイイんじゃないのか?ちゃんと飯食ってるのか?
それともなにかい、そのあたりにツエツエバエでもぶんぶん飛び回ってて、それに刺されたあんたたちは、眠り病に罹ッちまったとか言うんじゃないだろうな。俺は昨日の夜12時くらいまで働いて、今朝も8時から働いてるけど、まったく眠くないぜ。きりきりシャンだ。寝たふりするのはやめてくれないか?まったくあんたたち、恥ずかしくないのかい?ひとりの人間として!誰だっていつかは年を食ってよぼよぼになっちまうんだぜ。
俺は、善人ぶってるわけじゃないんだぜ。人として恥ずかしーって言ってるんだ!
俺はもう少しで怒声を発して、おばあさんに席を譲ってやるように命令する寸前だった。現場で鍛えた俺の声は、とてもよく通る。気味にも聞かせてあげたい。駅のホームの端から端まで聞こえるほどだ。今までにも、日系ブラジル人のお母さんが、子供を抱いて立っていた時、俺も立っていたけど、『誰かこの母子に席を代わってやれよ、寝たふりするな!誰もいないのか?みっともない!』と起こったことがあったな。俺の血はすっぽんの血みたいに赤くて熱いんだ。いつだって、見ちゃいられない。
しかし、俺の良心の雄たけびが、かえっておばあさんの心身に負担をかける恐れもあるので、ぐっとこらえたんだ。忍びがたきを忍び、耐えがたきを耐えって奴だ。実際、俺のばあさんは、俺が若い頃怒号をあげて兄弟喧嘩していると、心臓が止まりそうだと言って、貧血をおこしていたからな。
いろんな国に行ったけど、こんな腐った奴らで一杯なのは、このニッポンという国だけだ。私の生まれたこの国だ。俺は自分は立っているので代わってあげることもできないのに、恥ずかしさで胸がいっぱいだ。情けない。あんたたち、格好悪いぜ!卑劣な人間に見えるさ!俺は、この寝たふり野郎共と同じ日本人であることが、ホントーに恥ずかしい!おばあさん、ごめんなさい!
その中でも、とりわけムカつくのは、二人の子供と、その母親たちだ。
私立の小学校に通っている小学生と思しきガキ共扉があくなり駆け込んで、二人並んで座っていた。それは悪くない。子供だからな。そして、そのシートの背もたれの後ろには、イオンの宣伝に出てくるような、授業参観だか入学式だかに着るような服を着た母親2人が、背もたれから覗き込むようにして子供たちに話しかけ、互いにくっちゃべり笑っている。小金持ちそうな母親たちだ。結構なことだ。
しかしなんと、例のおばあさんが、不自由な身体をあずけている肘掛けは、そのガキどもが座ってるシートの肘掛なんだよ!どういうこった?
俺が親なら、いや、真っ当な親ならば、おばあさんに席を譲ってあげるように、子供たちに教え諭すはずだろう。それが躾だよ!何も、裸にひん剥いてベランダに放置したり、脳みそがぶっ壊れるほどぶん殴ったりするのが躾じゃないんだぜ!社会の中で、如何に振る舞うのが人として正しい行いなのか、それを教えるのが躾だって!そんな風だから、どいつもこいつも堪え性の無い甘ったれたガキになっちまうんだ。
世間を見渡してみろ、自分が最優先、プライオリティー№1っていう勘違い野郎ばかりだ。君の周りにも、そんな勘違い野郎がいることだろう。そいつは、きっとおばあさんに席を譲らないセコい奴なのさ。
俺は恥ずかしい。おばあさんをねぎらってあげたいくらいだ。
もう一度言わせてもらうぜ、老人が電車に乗ってきたからって、寝たふりするのはやめろ!みっともない!
自分より弱いニンゲンに優しく接することもできないような奴らがごまんといちゃ、世の中は決してよくならないぜ。この世の中は、一人一人の人間が群れ集まることでできている。だから、世の中が腐ってると思えるならば、一人一人の人間が腐ってるってことだ。俺や君も含めてな。
どれだけ会社で偉そうにふるまってみても、どれだけ自惚れて、他人を見下してみても、どれだけ小金を貯め込んでいても、自分のケツも満足に拭けないガキの頃から私立の小学校で英才教育を施されていても、強くも優しくも正しくもない奴らは、ダメーッ!ゼンゼン話にならないぜ。
けど、世の中を少しでもマシにしたいのなら、自分自身が自分自身に誇れるような自分でいることだ。世の中をよくするのは、政治家や警察、マスコミや宗教団体の仕事じゃないんだぜ。一人一人の人間の日々の小さな振る舞いによって、世の中は良くなっていくんだ。俺は信じてる。そう、ココはもっと住みやすくなるはずだ。もう一度言おう、俺は信じているんだ。信じたいんだ。
読者諸君、俺は狸寝入りの得意な奴らにうんざりしてる。けれど、俺のブログを読んでくれている君たちは、そんなクズ人間じゃないって、俺にはなんとなく判ってるんだ。俺はそんな君たちが大好きだ。だから、また会おう。

2012/04/16

Post #508 Sorry, I'm So Busy

今日も急に、ホントーに急に、夜も仕事をしてほしいという話になってしまったんで、仕方ない。今日はこれだけ。いつもあんまり長い文章を読んでると、読んでる方も書いてる方も疲れるんじゃないのかい?ってことで、読者諸君、勘弁して欲しーもんだ。
Marrakech,Morocco

とはいえ、俺は自分の写真に自信があるんだ。根拠はないけれどね。これだけは言える、俺は俺スタイルの写真に関しては、世界サイコーの男だ。断言する。
だから、これだけでも君たちががっかりするってことには、ならないだろう。
読者諸君、失礼する。今から再度出撃なんて、うんざりするってもんだ。世間様並みに、くだらないTVでも見て、ダラダラしたいもんだね。

2012/04/15

Post #507 まことにもってつまらない歩行者天国

オッス!ファンキー・ガッツマン・スパークスだ。勢いで実名を書きそうになってしまった。別にかまわないけどね。今、仕事を終えて帰ってきた。なに、大したことはしちゃいないさ。疲れてるってほどでもない。チョロイもんだ、絶好調だ。そういうことにしておこうぜ、その方が丸く収まるってもんだ。
さてと、今日も今日とて俺は、百貨店で仕事をしていたんだ。
おもえばその百貨店で仕事を始めてから二か月以上にもなるだろう。いや、初見の人が勘違いするといけないから、あえて言っておくが、俺は内装工事屋だ。男業の中の男業だ。いい年して、自分の好みとは違う服を着て、自分が好きでもない服を他人に売るような仕事をしているわけでは、ない。しかし生きていくためには妥協も必要だ。好みよりも慣れということもあるだろう。フツーならばそれも致し方あるまい。しかし、俺にはどうにもできないんだな。モノを売るなら、売れなくっても、自分の好きなものを売りたいもんだ。
その点、俺は自分のことが大好きなお目出度い男なんで、自分自身に値をつけて売ることにした。それで今の仕事だ。おつな商売道具を生まれながらに持っている女性たちの究極の女業とは違い、男業の中の男業は買いたたかれるばかりだ。しんどい割に実入りは少ない。人生は思うようにはいかない。しかし、そこにドラマがあるというものだ。それで根を上げるような奴は、ファンキー・ガッツマンなどとは呼ばれない。腑抜けの玉無し野郎だと相手にされなくなるのがオチだ。値を上げるよりも、実力で値を上げることを目指す方が建設的というものだ。今目の前にあることに、全力投球できない奴は、どこに行っても、ガスの入ってない百円ライターほどの活躍しかできないだろう。
そんなことは、どうでもイイ。脱線、脱腸、脱肛だ。
Marrakech,Morocco
今日の昼休み、俺が百貨店の真ん前の吉野家に昼飯を食いに出かけると、大通りは歩行者天国になっていた。
実はこの歩行者天国、昨年試験的に実施して好評だったので、今年もやりますという話だが、何が好評なのか、俺にはさっぱりわからない。
ただ、いつもは車が行きかう車道を、ブラブラと歩くことができるというだけの、実に退屈きわまる代物だ。しかし、家族連れやカップルなどはご満悦なようだ。
屋台も出てなければ、大道芸もない。ただだだっ広い車道を歩くだけ。それ、面白いのか?
誰が付けたか歩行者天国という名前。よく天国とはつまらないところにちげーねぇ、その証拠にどいつもこいつも、あれだけうんざりしていたこの世にまた帰りたがる、という小話を耳にしたことがあるが、この歩行者天国も、退屈なことにかけては、本物の天国と同じくらい退屈だ。
俺はモロッコのマラケシュの中心、世界遺産ジャマエル・フナ、通称フナ広場を思い出す。
屋台あり、大道芸あり、民族音楽の楽団あり、へびつかいのオヤジあり、猿回しのオヤジあり。土産物屋、有象無象にあり、地面に布を敷き、帽子やら香辛料やら衣類やら自分の売れる限りのありったけを並べて売ってるおっさん、おばはんあり。なかには使い古しの入れ歯を並べて売ってるおっさんまでいる。誰が買うんだ、それ?
夜になると、本格的な屋台村が出現し、人々はぼったくられる。飯を食ってると、子供やおばーさんが、ティッシュを売りつけに来る。変な子供だましの玩具を売りに来る。
朝から真夜中まで、ドォンゴ、ドォンゴ、ドォンゴ・・・って、ドラムの響きの絶えることが無い。
人を小ばかにして、真面目に考える力を奪うような笛の音が、どこからか流れてくる。
そんな中を、馬車が、ボロボロのベンツのタクシーが、スクーターが、自転車が、ロバの荷車が、クラクションを鳴らし、怒号を張り上げ、人の波をかき分けるようにして走り回る。
俺の街の歩行者天国がもし天国ならば、ココはむしろ地獄だ。けれど、天国より燃える地獄のほうが、刺激的だぜ。そう、断言しよう。これこそが祝祭空間だ。一年365日、訳もなく毎日お祭り騒ぎだ。サイコーだ。ココに住みたくなってくるぜ。
どうせ歩行者天国とかやるんなら、そこまでとは言わないけれど、もう少し面白く、かついかがわしくしてくれても、いいんじゃないですか?ダメですか?もうちょっと羽目を外しても、いいんじゃないですか?えっ、屋台をやってるテキヤさんは、暴力団排除の名目で、最近敬遠されてるの?バッカじゃないの?所詮、ルール大好きの日本人には、無理な相談かもしれませんねぇ。
ますます、一般的な日本人のセンスから逸脱し、世界性を獲得している俺なのさ。
読者諸君、失礼する。明日も満員電車で現場に行かなけりゃならないなんて、気が滅入るぜ。