2012/05/18

Post #537 アメリカさんには幻滅だ

夜勤を終えて家に帰ってくると、新聞が届いていた。一面に目を通すと。デカデカと『米軍大学で反イスラム授業』という見出しが躍っている(朝日新聞2012年5月18日朝刊)。
『現職士官ら講師』、『無差別攻撃できる』というセンセーショナルな小見出しが添えられている。呆れてものが言えないぜと思いながら、俺は目を通す。
記事の内容を要約すれば、以下のようだ。
『米軍幹部の教育機関で、イスラム教の聖地やイスラム教徒の一般市民に対して、広島や長崎への原爆投下や東京大空襲のような無差別攻撃が容認される、という内容の授業が行われていたことが分かった。米国務省は事態を重く見て、事実関係の調査を進めている。』
冗談じゃない。その狂った授業は、2010年の夏から陸軍中佐が行っていた授業『イスラム聖戦に対抗する作戦のモデル』という授業で、ココで使われた資料によれば、イスラム教徒14億人のうち少なくとも一割が過激派で(なんて乱暴な仮定だろう!)、穏健派も暴力を支持していると指摘しているという。
そして、アメリカがイスラム教徒と共通の基盤を探る戦略は『非合理的』で全面的な戦争が求められるとしているそうだ。馬鹿じゃないだろうか?
また、イスラム教徒が市民をテロの対象にしていることから、イスラム教との戦争では、市民を戦闘対象から除外することを定めたジュネーブ条約を順守する必要はないと、この頓馬は言っているそうだ。
しかも、『市民に対する戦争も選択肢になる』として、米軍が原爆を投下した広島、長崎や、大空襲を実施した東京やドイツのドレスデンの例を挙げて『歴史的な前例は、イスラム聖地のメッカやメディナにも適応できる』と記しているという。まったく、正気の沙汰とは思えない。
Marrakech,Morocco
俺はイスラム教徒ではないけれど、世界最強最大の軍隊の現役軍人が、軍事エリートを養成する学校で、自分たちを目の敵にして、こんなことを抜けしゃあしゃあと教えていると知ったら、自分たちの文化や家族を守るために、たとえ勝ち目がなくても戦おうっていう気になるだろう。穏やかなフツーの人々だって、過激派になっちまうぜ。なぜ、分からないのか、この無神経さにはイライラするぜ。
まったく、手前勝手な屁理屈で、イスラム教徒を大量殺戮しても構わないなんて、どこのテロ組織だって考え付きゃしないぜ。アルカイーダもオウム真理教もびっくりだ。これじゃアメリカ軍こそ、世界最大最悪の凶悪テロ組織だって言ってるようなものじゃないか。ベトナムで少しは懲りたんじゃなかったのかよ?

移民国家アメリカのモットーは『E pluribus unum (多数からなる一つ)』のはずだ。
大切なことだから、もう一度言おう。
アメリカのモットーは『E pluribus unum(多数からなる一つ)』のはずだ。
奴等はこのモットーに恥ずかしくは無いんだろうか?
これが、自由の国アメリカか?アメリカが尊重する自由は、アメリカ人だけのものなのか?
どれほど傲慢になれば、気が済むというのだろう?これがアメリカの本音なのか?
このような妄言をほざいたり、それを聞いても当たり前だと思うようなろくでなしがうようよしているような軍隊が、この日本にも居座っている。きっと、沖縄の人々はもちろん、俺達日本人なんて、人間のうちにカウントしちゃいないんだろうよ。
残念なことに、この日本という国では、右翼以外にも多くの人々が中国や韓国との領土問題でガタガタ言っている。しかし、実際にこの日本の国土に居座って、好き放題やっておいでなのは、自称自由の国、アメリカだ。
政治家も役人も、アメリカ様には逆らえない。まるで奴隷のようだ。属国だ。日本語の教育よりも、英語教育を充実させろと言っている。日本は51番目の州のようだ。こんな腐りきった人殺し集団のアメリカ軍は、とっとと日本から出て失せろと言いたいぜ。そんなジェノサイドの片棒を担ぐのは、日本人の一人として、俺はゴメンだ。

もし、自分の自由を(もちろん、それは何をやっても許されるというような腐敗した自由ではなく、自らの考えで、自らの責任のもとに行動するという自由だ)主張するならば、他人の自由も認めなければならないだろう。もし、マクドナルドとコカコーラとアップルに代表されるアメリカの文化が素晴らしいモノならば、他の文化も尊重し、お互いに理解し合おうとする謙虚さが必要だろう。

何時の日か、この地球に国籍や人種によって、命の軽重が量られることのない時代が来ることを、俺は信じてる。
何時の日か、この地球に宗教や政治体制によるくだらない争いが無くなる日が来ることを、俺は願ってる。
何時の日か、この地球上に引かれた、目には見えない国境という線が無くなり、人々がお互いの自由を尊重する日が来ることを、俺は待っている。
目を覚ませ、アメリカ!もっと謙虚になるがいい!

読者諸君、失礼する。不愉快千万だ。

2012/05/17

Post #536 眠るのも仕事のうちか‥

今日は心地よい一日だった。眠って暮らしたんだ。もったいないような気もするが、今夜も明日の夜も夜通し仕事だ。しかも、明日の昼間も仕事が入ってる。眠れる時に眠っておくのも仕事のうちだろう。
何といっても、今年に入ってからずっとブッ飛ばして働いてきたからな。まぁ、今更そんなこと言わなくても、お馴染みの読者の皆さんは、とっくにご承知のことだろう。しかし、あえて言うけれど、ちっとも儲かっちゃいないんだけどね。この儲からなさは一体なんだろうか?まるでボランティアで働いてるのに毛が生えたようだ。通帳を見ると思わず笑えてくるほどだ。たまには濡れ手に粟の仕事をしてみたいっちゅうもんだ。
Paris
しかし、この世の中は甘くない。20年近く日本の産業構造の最底辺を這い回ってきた俺には分かる。甘い話なんてないんだ。昨日の夜もNHKのニュースで、大学生が運営している投資グループに投資した人々が、すっかり騙されて銭を巻き上げられたという話をやっていた。どいつもこいつも、上手い話にすぐのせられる。俺に言わせれば甘ちゃんばかりだ。苦労が足りない。投資と土地転がしで儲けるような人間にはなるなと、俺は親から教えられている。楽して儲けた金は身につかないからだ。
俺がガキの頃はバブル真っ盛りで、土地転がしで儲けた奴がごまんといた。今は投資で生計を立てているという話をよく耳にする。しかし、俺に言わせれば、投資って要は一種のギャンブルじゃないか?儲かるか儲からないかは、投資した時点ではまったく分からない。そして儲ける奴がいる陰には、必ず損をしてる奴がいる。要は地に足がついていないのさ。
そういう俺の親は、事業が行き詰まり、家も土地も銀行にとられてしまった。俺はだから、裸一貫、自分の体一つで商売しているんだ。いくら銀行でも、俺の体そのものを奪うことはできやしないさ。もっともその前に、奴ら俺なんかには、金を貸してなんかくれないけれどな。ダッハッハ!
いつも暇な時、ふと考える。富の源泉とはどこから来るのか?価値の源とはどこから来るのか?ずんずんさかのぼって考えると、いつもそれは人間の文明を超えた自然そのものにさかのぼってしまう。これほど科学が進んでも、人間は無から有を生み出すことはできない。自然の営みに翻弄されるしかない。人間がモノを喰って、水を飲んで、空気を吸って生きていく以上、価値の源泉は必ずや自然に行き当たってしまう。カネの価値とて、国家が担保しているからこそ、紙切れに価値が生まれるのだが、その国家というものも、現時点では領土=大地という自然力と、国民という生命体の持つ生産力によって成り立っている。そう、地に足がついていないと文字通り、国家だって富だって、もちろん俺たちの生命だって成り立たないということだ。
うむ、話が大きく脱線してしまった。まぁ、一言で言うなれば人間はもっと謙虚になる必要があるんじゃないかってことだ。つつましく働き、今日の糧を得る。そう思えば、俺の儲からなさは、神様の恩寵のようにも思えてくるぜ。出来ればもう少し欲しいけれどな。

読者諸君、俺はこれから夕食をこしらえて腹を満たし、仕事に出撃せねばならぬ。いつまでも寝言のような妄言を吐き散らしているわけにはいかないのだ。今日はこのあたりで失礼する。御機嫌よう。

2012/05/16

Post #535 アフリカに井戸を掘る

最近、UNHCRに寄付をすることにした。君はUNHCRというのを知っているかい?日本語では国連難民高等弁務官事務所というお堅い名称だ。なに、知らないのかい?なら覚えておいておくれ。
君たちの中には、かつてこの国連機関の代表を日本の緒方貞子さんが勤めていたことを知っている人もいるだろう。
名古屋の街角で、このUNHCRの下部組織、国連UNHCR協会のスタッフの若者が募金の募集活動をしていた。何度か顔を合わせて話をするうちに、微力ながら月々寄付することにしたんだ。
月額千円。
タバコを買って、昼飯を喰ったらこの日本では千円なんて、すぐになくなってしまう。そう、微々たる金額だ。しかし、これを2年続けると、アフリカの難民キャンプに井戸が一つ掘れるんだそうだ。俺はそれを何度も考えて、世間様から偽善者と言われるんじゃないかとびくびくしながら、毎月少額ながら寄付をすることにした。
Fes,Morocco
井戸が一つ掘れるとどうなるのか?
災害や紛争などで、国を追われ難民キャンプで暮らしている人々は、世界中にうんざりするほどいる。セバスチャンサルガドの写真集を見てみるのも参考になるだろう。多くは劣悪な環境で、いつ帰ることができるかも分からない状況で暮らしている。水道施設などないテント村に、何万人もの人々が、不安を抱え、生命の危機に脅かされながら生きている。もちろん、仮設住宅なんて結構なものは無い。粗末なテント暮らしだ。女性や子供たちは、生きてゆくために、毎日何キロも歩いて水を汲みに行かなければならない。大変なものだ。食料だってまったく不足している。もちろん、教育を受ける余裕もない。
井戸が一つ掘れると、子供たちは水を汲みに何キロも歩かなくても済むため、この時間に勉強することができる。それはイイことだ。機械掘りではなく、現地の男たちが手掘りで井戸を掘削するため、仕事の無い難民の皆さんに、些少ながら現金収入が生まれる。それは結構なことだ。もちろん、そこにはパチンコ屋なんてないからな、彼らがその金でギャンブルしたりすることもない。そして何より、人間は水失くして生きていくことはできない。多くの命が助かるんだ。素晴らしいことだ。
ほかにも、1000円で毛布2枚、3000円で難民の子供たちが勉強するための教科書10人分、15000円で一家族が何とか生活することができるテント一張、30000円で100人の避難民に一日の食事(もちろん最低限のものだろうけど)を送ることができるそうだ。(UNHCRのHPより)
俺達は生まれてくる場所を選ぶことはできない。そして俺達が、日本に生まれたのはただの偶然にすぎないんだ。
俺達には難民なんてカンケーないぜ、日本は日本で大変なんだってってのも分かる。けど、難民が発生しているのも、難民を受け入れているのも、この日本とは比べ物にならないくらい貧しい途上国だ。スーダン、マリ、ルワンダ、イラク、アフガニスタン、世界中に難民はごまんといる。UNHCRは、全世界で3400万人の難民の支援をしているんだそうだ。その多くが、劣悪な環境の中で、今日もギリギリの状態で命をつないでいる。
紛争だけで難民が生まれるのではなく、自然災害でも難民は生み出される。去年の震災の際には、この日本にもUNHCRは被災者の支援を行ってくれたそうだ。
黙っていれば、偽善者と言われることもないだろうけれど、俺は君たちにも、世の中にはそういう現実があることを知ってほしいと思っているんだ。ひょっとしたら、俺たちだって、貧しい国に生まれ、自然災害や紛争によって、住み慣れた土地を捨てて、他の国に逃げてゆかねばならない境遇に生まれていたかもしれないだろう?この世界は今や一つながりなんだ。俺達はいつだって、腹いっぱいで、食い過ぎで太った挙句にダイエットとか言って痩せようとしている。難民たちから見たら、俺たちの姿はどう見えるだろう?ほんの少しでも、俺はいつも、この世界に対して意義のあることがしたいと思ってたんだ。俺の稼いだ金で、アフリカに井戸が掘れたなら・・・。ちょっと誇らしい気持ちになるってものだ。なかなか悪くない。俺が今まで手掛けたどんな仕事よりも、はるかに意義深い気がするぜ。
もし君が、興味を持ったならUNHCRのHP http://www.unhcr.or.jp/html/info.html を覗いてみて欲しい。驚いたことに、Tポイントカードのポイントから寄付することだってできるらしい。
なぁに、軽い気持ちで構わないさ。どんな気持ちで寄付しようとも、活きた金になるんだからな。人の価値観は様々だけれど、今話題のコンプガチャで、無いものに金を費やすよりも、よりもよっぽどマシじゃないだろうか。
もちろん日本も、さまざまな問題を抱えている。震災に、原発に、沖縄の基地問題に、格差問題だ。政府の借金は一千兆円を超えている。けれど、いやだからこそ、もっと困っている世界の人々の事を、少しくらい気にかけてもいいんじゃないか?
いつか、この世界から民族や宗教などによる争いが無くなる日が来ることを、俺はいつも願っている。もっと言えば、戦争も国境もなくなる日が来ることを俺は祈ってる。しかし、祈ってるだけでは世界は良くはならない。神様が何も言わなくなってから、随分と長い年月が過ぎた。もっとましな世界にするために、月に千円くらい出したって、悪くはないだろう。なんてったって、俺はこんな日本の片隅にひっそり暮らしていても、コスモポリタン=世界人でいたいからね。
読者諸君、失礼する。今日は少し硬いテーマだったかなぁ。そんな日もあってもイイだろう?