2012/09/14

Post #625 つれあいに写真集を買ってきた

Paris
今日もまた、どうってことの無い一日が過ぎてしまった。俺の人生は有限だというのに、もったいないことだ。
それどころか、明日からの3連休、毎晩仕事。それどころか、今月の20日から2か月ほど毎日休みなく仕事が続くときたもんだ。それが終わるまでは、プリントなんてできそうにない。つまらないぜ。生きるために働き、働くことで人生が空虚になってしまうようでは、本末転倒ではないかね?
そんなどってことない一日にも関わらず、仕事の合間にふと、愛知県美術館の地下にあるNADIFFに立ち寄り、野口里佳の写真集『光は未来に届く』を買うてきた。お値段2500円+TAX。ただし、俺の趣味ではない。うちの連れ合いが野口里佳の写真が大好きなのだ。
野口里佳は、ほんの数冊しか写真集を出していない。それもごくマイナーなところからしか出していないし、部数限定だったりするんで、一般的にはあまり知られていない写真家だ。現在はベルリンに住んでいるということもあってか、蜷川美香のようには幅広く認知されてはいない。もっとも、世間一般的に言って、写真家なんてそんなにユーメーなモノじゃないだろう。
写真なんていまさら、どこにでも転がっているしね。そんなもんさ。

野木里佳の写真は、余り鮮やかではない落ち着いた色調のネガカラーで、どこか空虚な空間を感じさせるモノが多いように思う。空間の捉え方が独特だなぁ、と思う。余白の美という奴か。
また、物事の捉え方が、どこかフツーとはずれているようで、これも写真に独特の味わいを感じさせる。一言で言えば、けっこう渋い写真だ。野口里佳の写真は、いくぶん控えめでありながら、カッコたる独自の視線と感覚を感じさせるのだ。
『鳥を見る』『砂漠で』『太陽』などの写真集を出している。うちの連れ合いがかなり好きな写真家なので、それらはすべてウチにある。
写真の面白さを知るうえで、今時のPENガールなんかにも、彼女の写真を見て欲しいとは思うが、その手の女の子たちはそんな写真を撮ってみたいなんて思っていないかもしれない。

野口里佳は1971年生まれ。俺よりちょいと若い。しかし、宇宙の雄大な時間スケールからすれば、まぁ同世代だ。同世代というなら、1970年生まれの中藤毅彦のほうが俺の好みだ。彼はコンタックスG2の使い手だしね。
この写真集は今年、IZU PHOTO MUSEUMで行われた個展をまとめたもののようで、彼女のキャリアを俯瞰するには、少々枚数的に物足りない気もするが、今のところもってこいのモノだろう。
興味のある方はご覧になってはいかがかな。
まぁ、今日はどうってこともない一日だったので、こんなところで。明日は朝から晩までみっちりと仕事が詰まっていて、いろいろと忙しい。失礼させてもらうぜ。 

2012/09/13

Post #624 形あるものは必ず壊れる


BudGirl in My HomeTown
形あるものは、いずれ壊れる。当然のことだ。俺の場合は、その頻度が高い。自分でもうんざりする。
前回のインドネシア、シンガポールの旅行でも、2台のカメラを壊してしまった。
一台はデジカメ。結構長いことおもに仕事で使ってきたRICOHのCX1。
こいつは、ジョグジャカルタの王宮で石の床にポロリと落としてしまい、完膚なきまでに破壊された。
ピントの合わないデジカメなど、もはやゴミでしかない。仕事に差し障りが出るので、帰国して速攻、その何世代か後の後継機CX6を購入した。もちろん、経費でだ。痛い出費だった。
もう一台は、長年愛用の今は亡き京セラコンタックスのT3。
2台あるうちの一台だ。モノクロ用とリバーサル用で2台持っていたんだが、リバーサルフィルムの手持ちを使い切ってしまったので、使わない一台をカバンの中に入れていたんだ。カバンの中は安心のような気がするが、人生には往々にして思わぬ落とし穴が潜んでいるものだ。
シンガポールのインド人街にあるホーカース、つまり屋台村みたいなところで晩飯を食った後、うちの連れ合いが飲みかけのペットボトルを持って行ってくれと俺に頼んだ。
手にモノを持つのが嫌いな、俺はそのペットボトルを何の気に無しにカバンに放り込んだんだが、そのペットボトルのふたは、しっかり閉まっていなかったというわけだ。
宿への道すがら、モノクロフィルムを交換しようとした俺は、カバンの中にたぷたぷに水がたまっているのを見て、驚いた。カメラ、水没により故障。ストロボが、ジーっと不気味な音を立てて、光続けている。コンデンサーがイカれてしまったのだ。もちろん基盤も。
これも、帰国と同時に修理に出した。
ゴミにしてしまうわけにはいかない。去年も、池袋で警官に職質された時に、強引にフィルムをひきだしたことで、巻き上げモーターがイカれて、修理に4万円くらいかけた機体だ。
しかも、高級フィルムコンパクトなんて言う20世紀末の遺産など、現行機種ではないので、新しいものを購入するのも難しい。ならば中古でいいものを見繕うという選択肢もありだが、このT3、往年の名機銘玉だけあってか、なかなか最近は中古市場でもお目にかからない。とりわけ俺の愛用しているブラックボディーは、カワウソ並とは言わないが、ゲンゴロウやヨシノボリくらいには絶滅危惧種だ。環境省のレッドデータブックにカメラの項目があれば、記載されることは間違いない。どいつもこいつも使いもしないでしまいこんでいるのか?その気持ちは分かる。しかしカメラは使ってナンボじゃろう?俺に譲ってほしいぜ。そうしたら、俺がガシガシ使い込んであげよう。

さて、今日は携帯電話がぶっ壊れた。今年の3月に、それまで使っていた携帯を、怒りのあまり床に叩き付けて粉砕してしまった時に機種変更して手に入れたばかりのSonyのExperia NXだ。液晶にクラックが入り、画面を見るのに、強力な想像力と、尋常ならざる視覚神経を動員しなければならないという困った有様だ。液晶以外は、タッチパネルも生きているし、音楽の再生も問題ない。もちろん通話は可能だ。それがまた痛恨なカンジをさらにUPさせてしまうんだがね。
仕方ない。俺は最寄りのDOCOMOショップに行き、明後日には自宅に新しい携帯電話が送られてくるように手続きしたんだ。それまで視覚神経と想像力を駆使して、携帯電話を使ってみることにしよう。なに、それもある意味オツなもんだ。負け惜しみのように聞こえるかもしれんが、人生ポジティブに考えないと、ハゲル原因になってしまう。
あぁ~、せっかく今日は久々に行きつけの美容院に行って髪を切り、新しいZippoのライターを買ったり、アマゾンに注文していたCDが届いたりと、いい感じの一日だったってのに・・・。
何だか、がっくりですわ。
そんな液晶画面の大破した携帯電話に、カメラ屋からT3の修理が上がったと連絡が入った。
修理代30702円。
まったく、金がかかって仕方ないぜ。俺はこんな有様だから、いつもからっけつなのさ。人生はままならないモノさ。しかし、まぁ無事になおってよかった。
金は確かに惜しい。痛恨だ。しかしですねぇ、考えても見ておくんなさいよ、今は亡き京セラコンタックスのカメラなんて、そんじょそこらでポンと金だしゃ買えるようなシロモノじゃないんですぜ。これはカメラとの縁があって初めて手にすることができるモノなんですよ。言うたら、自分にお似合いの彼女を見つけるよりも、大変なんですよ。そう、金ならまた稼げばいいんだから、ココは良しとしておこうぜ。なにより俺はこれで貴重な教訓を得たんだからな。
そう、ペットボトルのキャップはしっかり締めろってことだ。

しかし書いてるうちになんだか俺の人生って、どうにも底の無い柄杓で水を汲む船幽霊みたいだって思えてきたよ。
読者諸君、失礼する。俺はちょいと落ち込んでいるが、懲りちゃいないぜ。

2012/09/12

Post #623 Fast Car Loud Music

HomeTown  BMW Z4 俺の一番好きな車
さてと、今から2,3時間眠ったら、車を飛ばして静岡まで仕事に出かけるんだ。
お気に入りのロックをデカい音で鳴らしながら、アクセルを踏み込んでいくのさ。音圧で思わず胸がドキドキするようなヴォリュームでThe WhoやJeff Beckを聴きながら、高速道路を走り抜けていくのさ。
そうすると、いつも俺は車に乗って移動しているんではなく、音楽そのものに包まれて、大地を疾走しているように感じる。きっと、とんでもなくアドレナリンが出ているんだろう。
サイコーに気分がイイんだ。いつか交通事故で死ぬんじゃないかって予感すらするぜ。

読者諸君、失礼する。4時30分には家を出なきゃいけないんだ。あと3時間ってところか、こんなことしてる場合じゃないな。さらば。