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| Rocher Street,Singapore |
憮然とするしかない。
俺はみんなにききたい。イイだろうか?
原発政策は、後戻りしてイイんですか?
電気事業連合会は、先の敦賀原発直下の断層が活断層だというのも認めていない。自民党政権下では、きっと経済界からの圧力に押される形で、原発は次々と再稼働していくだろうと思われます。それで、イイのですか?新しいクリーンエネルギーの芽は、これによって摘み取られてしま宇野ではないでしょうか?だとしたら、それは我が国と世界の将来にとって、余りにも大きな損失ではないでしょうか?
将来世代に莫大な負債を先送りしながら、効果のはっきりしない公共事業を拡大していってイイのですか?なぜ、ゼネコンはじめ建設業界ばかりが政治の恩恵にあずかるのでしょうか。新幹線、空港、誰にも利用されない箱モノ、そして原発などの巨大事業。私たちは1920年代の大恐慌の際にアメリカで発明されたニューディール政策をつぎはぎしながらこの100年近くやりくりしてきました。その結果がこの借金大国です。しかしながら、建設業の従事者は全産業人口のうち、どれほどの比率を占めているのでしょうか?また、そういった公共事業が無ければ生きてゆけない地方があると言いますが、それだけを頼りにして生きていってもらっても、税金を負担する側としては溜まったものではないのではありませんか?公共事業は、ある意味麻薬と同じではないでしょうか。私たちはそろそろ、公共事業に対する考え方を根本から改めるべき時期ではないのでしょうか?
景気が向上しないことの一因には、将来への不安が大きいから、資産を貯蓄に回すしかなく、その反動として消費が拡大しない、資本の流動性がたかまらないという側面があるのではないかと私は感じています。つまり、景気というものは、私たちのマインドの如何によって、大きくその動向が左右されるものです。つまりけちけちしてる奴ばかりじゃ、景気が上向くことなんかないということです。飲食業を営んで見える方などは、肌で感じていらっしゃることかと思います。
では、自民党政権になったなら、将来の不安が無くなり、消費が拡大するのですか?それとも、自民党政権なら、お手盛り次第で公共事業を拡充して貰えるので、自分たちは資産を流通させることなく、景気が回復すると考えているのですか?
私はしばしば、『元気をもらった』とかいう言葉を聞いて、腑に落ちない思いをしています。元気なんて言うのは、誰かにもらったりするものではなく、自分自身の中から、意志とともに湧き上がってくるものだと思っています。しばしば政治家が『日本を元気にする』とかぬけぬけというのを聞くたびに、思い上がるなと思っています。そう、私たち一人一人の国民がしょんぼり肩を落としている限り、景気が良くなることなんてありえません。一人一人が元気を出して、ガツガツ生きていくことで、本当に景気が良くなるのではないかと思います。まぁ、永年そんな考えで無駄使いを続けてまいりましたが、私一人の力ではいかんせん、限界があるということです。
社会保障政策を縮小して、国民の自立にスタンスを置く政策に移行していっても、イイのですか?自立できる方々は結構でしょう。しかし、失業者、就職できる見込みのない若者、母子家庭、裕福ではない老人、非正規雇用者、障害者、病気を抱えた人々、ホームレス、そして未だに生活のめどが立たない被災者たち。そういった社会的な弱者に対して社会の富を再分配するのが、政治の役割ではないのですか?それとも、そういった人たちは切り捨てでよいのですか?それらの人々を、能力がないからだと切り捨てるのは容易なことです。しかし、私たちは誰しも弱者に転落する可能性を秘めています。そして技術の進歩により、私たち人間はどんどん不要になってきています。そして、人間は必ず年老い、病を抱え、死んでいくようにできています。必ずや弱者へと”転落”するようにできているのです。
富裕層や大企業が海外に流出してしまうという理由で、富裕層への所得税率や莫大な利益を上げている企業への法人税率は低く抑えられています。その一方で、貧乏人はケツの毛まで抜かれています。それで本当にいいのですか?
通貨を増刷し、その流通量を増やし、インフレ目標を導入したとして、国民の多数を占めるサラリーマンの賃金が物価上昇率に応じて上昇するのですか?
経済は生き物です。時に政治の思惑を大きく裏切る可能性を秘めています。1920年代のドイツや、終戦直後の日本のようなハイパーインフレになるようなことはありえないとは思いますが、インフレが予想を超えて進み、私たちの資産価値そのものが相対的に低下する可能性はあるかと思いますがいかがですか?もっとも、そうすると国債、つまり国の抱える膨大な借金も実質的には目減りするので、まことにもって結構なことではあるかもしれませんが。
自衛隊を国防軍に改組して、中国や北朝鮮などの周辺諸国との軍事的緊張を高めることが、はたして中国と抜き差しならない経済的依存関係にある我が国にとって、メリットがあるのですか?
戦後67年間堅持してきた平和憲法を改悪して、集団的自衛権を行使できる”普通”の国になることが、日本にとって本当にメリットがあることなのですか?たんに溜飲を下げるだけなら、私たちは鬼畜米英と相手を侮り憎んで無謀な戦争をし、多くのものを失った歴史から何も学んではいないということです。
読者諸君、失礼する。私には様々な疑念がある。けれど、もう今回の選挙の結果は、出てしまった。それが自分の思い描く社会のヴィジョンとは大きく異なっていたのは致し方ない。
正直なところ、黙っている方が良かったのかもしれない。しかし、自分自身に対して、誠実であるためには、どうしても今日ここに書き記しておきたかったのだ。
明日から私に出来るのは、一生活人として自活しつつ、趣味に耽溺し、韜晦することだけだ。なに、今までと何ら変わりないのさ。
けれど、私は忘れない。この選択によって、どんな未来がやってくるにしても、その選択をしたのは、他でもない日本国民そのものだってことを。


