2013/05/17

Post #817 水平線の終りには・・・

Kuta,Bali,Indonesia
四方を海に囲まれたこの日本の国では、古来、常世の国、ニライカナイ、補陀落浄土など、海の向こうの海上他界の存在が信じられてきた。
フィリピンから、インドネシア、パプアニューギニア沿岸部、そしてニュージーランドやポリネシア諸島に至る広範な太平洋の島々にすむ人々は、かつて台湾あたりから小さなアウトリガー船、つまり船の横に船の姿勢を安定させるための構造物を設けた船で、水平線の終わりを目指して漕ぎ出していった人々の末裔だ。
このヤポネシア=日本列島にも、ひょっとするとそんな人々が黒潮に乗ってきて、日本人のルーツの一つになっているかもしれない。

余りにくだらない低レベルな憲法改悪論議が、人気絶好調の自民党の皆さんによって繰り広げられている状況にうんざりした俺は、自分御プリントした写真をしみじみと眺めながら、ふと、水平線の終わりにあるという、海のかなたの異界へと思いを馳せる。
ふと、海のトリトンの主題歌なんかが口をついちゃったりもする。
(若い人は知らないだろう。手塚治虫先生原作の大昔のマンガだ。海のトリトン、デビルマン、仮面ライダー、バビル二世、カムイ・・・。大切なことはみんなマンガから教わった。昔のヒーローはなぜかみんな孤独な存在だった。馴れ合うことの格好悪さよ。)

論語の公冶長篇に七に『子曰く、道行われず、筏に乗りて海に浮かばん』とある。
礼治主義とでもいうべき孔子の理想を受け入れて登用してくれる国もありそうにないので、うんざりした孔子は、いっそ東の海に筏を浮かべて亡命しようかなぁなんて考えたって話だ。
理想主義ってのは、いつの時代も現実に打ちのめされるものだ。

時代を先取りしている我が国の憲法は、理想主義的であり過ぎると、自民党のセンセー諸氏をはじめとする多くの人々から憎まれている。現実に対応していないという訳だ。
OK、俺が思うに理想とは、現実の闇路を照らす、小さな灯だ。灯りを捨ててはいけない。
しかし悪いことに、かつての友愛総理のおかげで、人々は理想ってものを胡散臭く感じている。大盤振る舞いの景気対策で、国民に銭を回してやれば、易々と憲法改正も出来そうな勢いだ。
だが、どうにも俺には立憲主義の根本もわきまえず、憲法を好き勝手に改変し、国民の自由と安全を脅かし、俺達国民を仕切ろうとする権力欲に取りつかれた歴史修正主義者が、大手を振って跋扈するこの国は、どうにもこうにも息苦しい。
奴らのいいようにさせていたなら、そのうちに、公の秩序を乱すと言って、言論も表現も取り締まられるようになるだろう。公おおやけって、奴らはお題目のように言うけれど、奴らの言う公ってのは、自分たちが真ん中に居座った統治機構、官僚のピラミッド、そして税を納め、消費する存在としての国民という、自分たちにまことにご都合のよろしい秩序なんじぁござんせんか?
こんなことを許していたら、そのうち政府の方針に異を唱えると、大杉栄のように拉致されて、惨殺されたりすることだって、ありえるんだぜ。それも、憲法の名のもとに。
まさかと思うかもしれないが、あり得ない話じゃない。あの事件は大正デモクラシーの真っただ中に起きたんだ。冗談じゃないぜ。
いやいや、そうなりゃこんな俺でも危ないかもしれないな。アメリカだかスェーデンに亡命することを考えておかなけりゃならないぜ。このおれが難民かよ。

憲法ってのは、この国家の根本原則であって、時の権力者の横暴を防ぐためのものだ。
それをやすやすと、時の権力者たちが数を恃んで、勉強不足の自分たちの気に入るように、都合よく改変するなんてことが、許されていいはずがない。

しかし、果たして俺達にその流れを食い止めることができるだろうか?
いいかい、権力という猛犬の鎖を一度でも緩めたら、それは飼い主たる国民にいつ牙をむくかわからないんだぜ。権力者を信用してはいけない。奴らはこの21世紀に巣食う貴族階級みたいな奴らだ。ガキの頃から、誰かに頭を下げたこともない奴らなんだ。みんな、分かってるのかよ?選挙で選ばれたっていっても、日本の選挙は、未だに地盤看板カバンと三拍子そろってないと当選できないんだぜ。世襲制の貴族じゃなけりゃ、当選できない仕組みなのさ。
不安だ。その辺のおっさんやおばさんですら、意味も分からずアベノミクスとやらに期待している。未だに何の利益も得ちゃいないくせにだ。まったく、自民党の勢いはとどまるところを知らないかのようだ。橋下市長さんの売買春奨励発言や、慰安婦しょうがない論のとんでもなさを以てしても、その勢いを止めることはできそうにない。
このままいったら、国籍問わず数百万人の軍人民間人の犠牲によって得ることのできた、我が国の憲法は、改悪されてしまうだろう。
そうなったら、先の大戦における数百万の犠牲者は、まったく犬死だったちゅうこった。それこそ、靖国の英霊の皆さんに申し訳がないってもんだ。

で、仕方なく俺も、水平線の終わりに思いを馳せるわけだ。

しかし、かつての先祖たちのように、水平線の終わりに広がる、まだ見ぬ異界を目指したところで、この21世紀、それぞれに問題を抱えた国に辿り着くしかない。一歩間違えれば、辿り着いた先はとんだ独裁国家だったりもするから要注意だ。
そして、どこに上陸するためにも、この日本の国のパスポートがなけりゃならないんだ。
世界には、もう見果てぬロマンなんか、どこにもないってことさ。
ブコウスキーも言っていたっけ。
『世の中には、悪い政府と、より悪い政府の二つしかない』ってね。
つまり、自分の今いるところを、死守するしかないってことさ。

読者諸君、失礼する。
俺は、今まで自民党に投票したことは、一度たりともない。もちろん、今度の夏の参院選も、まったく奴らに投票する気はないんだ。

2013/05/16

Post #816 けだるい女のふくらはぎ

Singapore
昨日は去年の正月に行ったモロッコの写真を38枚プリントしたんだが、どうにもこうにも仕事の電話が次々入ってくるので、思うように集中出来やしない。
まったく、困ったもんだ。
で、これは一昨日にプリントしたシンガポールでの一枚だ。
ネガを見ている時には、焼こうとは思ってなかったんだけど、何の気なしにキャリアに入れてみてみたら、どうにもおネーちゃんの気怠そうな表情と、むっちりしたふくらはぎがイイ感じというか、無性にそそるんでプリントしてみたという、気まぐれな一枚だ。
俺は気に入ってるんだがね。君はどうだい?もっとも、一般的な世間の写真のヒョーカ基準とは、随分ずれているからな。解る奴には解かる。解らない奴には、わからない。それでイイのだ。
わからない向きは、やたら色彩のけばけばしい写真を見て、キレイ!とかAmazing!とか言ってみたり、猫だか犬だかの写真を見て、カワイイ!とかCute!とか言っていればイイ。
俺の写真はその手の感性の方に向いているわけではないんでね。そんな風に俺の写真が皆さんに安っぽく評価されるのも、ゴメン蒙るよ。あくまでGoing My Wayだ。
なんてたって、俺は自分の写真こそ、ストリートスナップの正統派でモノクロ写真の自然主義者だと思ってるんだからな。
そう、俺は俺のスタイルに関して言えば、世界最高の道楽写真家なのさ。恐れ入ったかい?

そういえば、以前『あんまり足はキレーじゃないけど、私の写真撮ってくれますか?』って言ってた読者さんがおいでであったが、その後彼女はどうしていることだろう。以来、コメントもないしな。
結構忙しかったので、俺もサラリと流してしまったが、こうヒマになってくると、しっかり打ち合わせて写真撮らせてもらえばよかったかなぁ・・・なんて考えているんだが。どうしたもんだろうね。
まぁ、人生は一期一会で、ボールがキャッチャーミットに収まってからバットを振っても、どうにもこうにもなりゃしないってことか。この年になっていい勉強になったぜ。

さてと、今日も午後からプリントでもさせてもらうとするかな。
今日はインドネシアにしようか、モロッコのカサブランカにしようか?それとも、2010年の夏に行ったイスタンブールの忘れられたネガを焼いてみようか?まったくもって、より取り見取りだ。
読者諸君、失礼する。

2013/05/15

Post #815 男は軍隊、女は淫売!これで決まりだ!

Osaka
昨日は何だかんだ言って、42カットプリントした。まぁまぁだ。去年の夏のシンガポールだ。かつて日本軍がイギリスの植民地だったところに進攻して、統治したところだ。日本人の一部の人々は、それを解放と呼び、世界の人々は侵略と位置付ける。物事の見方は、自分自身の立ち位置で決まる。それを庶民の言葉で言えば、ご都合主義ということになる。我が国は資本主義国家である前に、ご都合主義国家というのは、世界の定説だ。

橋下市長さんの素晴らしい発言が続々と報道されている。いちいち彼のツイートをチェックするような暇人ではないのだが、新聞紙上で見かけて看過できない気がして、昨日に引き続いてネタにしてみよう。
本日5/15日付けの朝日新聞(俺は昔っから、試験に出る天声人語の朝日新聞だ。反日的新聞とバッシングされる朝日新聞だ)によれば、『貧困から風俗業で働かざるを得ないという女性はほぼ皆無。皆自由意思だ。だから積極活用すればいい』と、彼は強弁しているという。
本当にそうだろうか?
地方都市では、男は肉体労働、女は広い意味での風俗業しか働く場所がないという話を俺は聴いている。肉体労働の現場に立っている俺には、それがなんとなく実感できる。
シングルマザーで子持ちで、大企業やそこそこの中小企業でバリバリ働いて、子供を養って行ける女性が、どれほどの割合でいるというのか?そして、そういった能力の有る無しに関わらず、離婚するしかないっていう女性はいっぱいいるだろう。能力が無くても、人間は金を稼いで生きていかねばならない。持って生まれた器官が商売道具になるのなら、何の資本もいらない。それしか選択肢がないってことだ。
世間で見かける人妻ヘルスやデリヘルで働いている女性たちの中には、少なからずそういった境遇の女性もいるんじゃないだろうか?
そうでなくても、若者は仕事がない。
けれど、メディアによって煽りに煽られる欲望を満足させるためには、金が要る。
そう、大企業だって、しょせんは庶民の欲望を煽り、購買欲を刺激して、要らないモノにまで金を出させて、利益を生み出す仕組みになってるんだ。
俺達は、そんな社会の見えそうで見えないシステムのなかで、檻の中の鼠が滑車を回すように、金を稼いで、金を回し続けるしかない。
それが社会の仕組みだ、現実だ。
この素晴らしい現代社会では、金を多く持っている奴が英雄だ。
しかし、どいつもこいつももうすでに何でもかんでも持っている。
売れるモノは少ない。ましてや、もう何年も給料は下がり続けてきた。ジャンジャン物が売れる状況にはない。社会に金が回らなくなってきているのさ。
社会に金が回らないとなれば、マトモな働き口が潤沢にあるとは言えない状況だ。
だから若い女の子が、金を稼ぐ能力がなくたって、てっとり早く金を稼ぎたいとなったら、風俗業とかに足を踏み入れることになることを、止めることは出来ないだろう。俺は、自分には本当は〇〇になる夢があるんだけど・・・、という話を飲み屋の女の子から聞いたことは何度もある。

しかし、それは本当に自由意思なのか?
さまざまな社会的制度的な要因によって、エンクロージング、つまりそこに囲い込まれてしまっているだけじゃないのか?
そして、風俗業は日銭商売だ。
働き続けなければ、金は入ってこない。有給休暇も無けりゃ、雇用保険もない。そう、何の保証もない。一日に一人もお客が付かなくても、お金がもらえるってこともない。その代り、即金で金が手に入る。極端にキャッシュフローが悪い商売なのさ。つまり習慣性があるということだ。なかなか足抜けできない。
それは、一時期大流行した派遣業と同じだ。
俺も現場商売という商売柄、その世界のことはよく知っている。悪名高いグッドウィルに在籍していたこともある。社会の底辺で生きてきた。その頃、政治家は『若者が生き方を自由に選択できるようになった』と、派遣業を賛美していた。実際は、みんな見果てぬ夢を追いながら、生活のために昼夜を問わず働き、夢を見る余裕もないという有様だった。そして、もちろん自由意思の自己責任だ。
たった7500円の日銭のために、どいつもこいつも粉骨砕身していた。そして、その日の夕方に金を手にすると、飲み屋に行って、風俗に行って、有り金を使ってしまうような奴らだった。
よくできた仕組みだ。金は天下の回りものというが、下々の人間の稼いだ金は、社会の深層海洋水のように、底の方でぐるぐるとまわり続ける。よくできた仕組みだぜ、クソ!。
それは社会制度の問題が大きく関わっているはずなのに、自由意思だという言説がまかり通る。そして、自由意思であるからには、自己責任だと来るわけだ。自民党さんの大好きな国家は、その時人々を自己責任と無情に突き放す。大企業や大銀行には、ホイホイ経済支援してやるくせに。

俺はこの社会がユートピアだったとは端から思っちゃいないが、現実の人間に対する想像力を著しく欠いた政治家の発言は、ムカついて仕方ないんだ。悔しくて泣けてきそうだ。
アベノミクスだなんだっていっても、俺には朝三暮四で踊らされているようにしか見えないぜ。
政府の要人が靖国参拝したり、過去の侵略を否定するような発言を繰り返すのは、そういう社会の矛盾と不満から、自己責任の苛烈さから人々の目をそらしてるだけのように見えるのは、俺だけか?
それとも何かい、憲法を変えて、日陰者の自衛隊を軍隊にして、仕事の無い若い衆を兵士に仕立て上げるのかい?徴兵は国民の義務だとかいいだすんじゃないだろうな?
で、女の子は風俗業で、自由意思の慰安婦かよ?中国や韓国を挑発してナショナリズムを煽り、人びとの目をそらして行こうっていうのかい?
素晴らしい。素晴らしすぎて、笑いが止まらないぜ。笑わせんな、この野郎!
読者諸君、今日もプリントでもさせてもらうぜ。国に道無きときは巻懐孤高さ。