2013/05/20
2013/05/19
Post #819 "1968"
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| Fes,Morocco |
それが玄人っちゅうもんだ。
ここんところ、俺の住んでるアパートの外壁工事が行われている。窓の外には足場が組まれ、職人さんがごそごそやっている。落ち着かないもんだ。けっ、せんずりもこけやしねぇぜ。
仕方なくカミさんと近所のショッピングモールに出かけ、夏向きの服なんか買ってきてしまった。思わぬ消費刺激策だ。
で、家に帰ってみると東京のお客さんから安全大会のお知らせが届いていた。
6月28日に、原宿の明治神宮にある会館で、年に一度の安全講習会をやるから出席しろとのお達しだった。うむ、このお客さん、最近めっきり仕事が減ってるんで、あまり気は進まないんだが、これも大人の付き合いだ。仕方ない、はるばる東京まで行くついでに、恵比寿の東京都写真美術館でもよって、なんか見てくるか?ちょうど金曜日だからあそこは夜8時まで開館しているしな、なんて道楽方面には頭の回転が良くなる俺だ。
さっそく、写美のサイトをチェックしてみると、これは実に俺向きの展示をやってやがるぜ!これはこっちがメインで、安全大会がついでになりそうだな・・・。
『日本写真の1968』
http://syabi.com/contents/exhibition/topic-1870.html
詳しくはリンクを見て欲しいものだけど、1968年という、日本の写真にとって重要なターニングポイントを基軸にして、300点近い写真が展示されているという。
まずは、東松照明を中心に多木浩二、内藤正敏、中平卓馬らが埋もれていた明治以来100年の写真を集めた「写真100年-日本人による写真表現の歴史展」。
そしてこの時の多木と中平の出会いから生み出されたアレ、ブレ、ボケで有名な「PROVOKE」(これについては、このブログでも何度も取り上げているので、興味のある読者諸氏はサイドバーで検索してくださいな)。
70年安保闘争に呼応するかのように、その闘争の過程が内側から撮影された「写真の叛乱」。
そして牛腸茂雄や鈴木清、荒木経惟によって『なんでもないこと、極めて私的なことが写真になりうる』という、今では当たり前のようなことが当たり前ではなかった時代に発表された「コンテンポラリー写真」。
どれも現在の日本で写真を撮っている以上、避けることのできない重要なテーマだ。もちろん、自分の食った昼飯をSNSにアップするだけの写真とて、この豊穣にして肥沃なる1968年という時期に源を発していると言っても過言ではないと思うぜ。
1968年。
この年食った俺ですら、オフクロの腹の中だった。いや、ひょっとするとまだオヤジの金玉の中だったかもしれない。けれど、その時期こそ、アメリカともヨーロッパともどこか違う肌触りの日本の写真の確立期だったんだと思っている。そして、折に触れて俺は、その頃の写真の地平の上にこそ、自分が撮ってる写真が乗っかっていることを感じている。お釈迦様の手の上の孫悟空のように、どこまで離れてみたと思っても、そこから抜け出せないんだ。
見たい、どうしても行きたい。今すぐにでも行きたいくらいだ。
しかし、まだしばらく我慢だ。東京まで出向くのも、なんか口実がないとな。金だってかかるし。
てなわけで、そん時は仕事と称して道楽だ。
読者諸君、失礼する。いつまでも遊んじゃいられないのさ。
2013/05/18
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