2013/09/21

Post #944

Rabat-Sale,Morocco
時折、ふと人間が嫌になり、

意味が煩わしくなり、

日本語の聞こえない遠くに旅立ちたくなる。

道行く人の言葉が、

眠りに誘うような低く優しい声音で歌う鳩の声や、

朝、喚きつつ狂い飛ぶ鴉の声のように、

意味なき音や旋律としてしか聞こえない何処かへ。

義務や権利は言うに及ばず、

立場や名前も色褪せて意味を失い、

自分が単なる異邦人であるというだけの

頼りない存在になれるような見も知らぬ何処かへ

ふと行ってしまいたくなる。

親類縁者は言うに及ばず、係累縁者からも忘れられる程の

遠い何処かに行ってしまいたくなる。

読者諸君、失礼する。もちろん俺は、自分のことは結構好きだよ。

2013/09/20

Post #943

Praha,Czech
心躍るのは、美しい後姿の女性を見つけた時。

スポーツカーのような曲線美。

もしも乗ることが出来たなら、俺の人生をどこか遠くに、猛スピードで連れて行ってくれそうな素敵なボディーだ。

何としても手に入れたいと思うからこそ、シャッターをきる。

はてさて、こんな俺、

女子高生のスカートのなかを撮っては、日々逮捕される不埒な輩と、

いったいいかほどの違いがあるというのかね?

少しばかり、洗練されているだけか?

欲望に芸術みたいな衣をつけて、カラリと揚げて、口当たりよくすりゃ、オイラの写真は一丁上がりさ。

写真にはどこか、窃盗のような後ろめたさがあるものさ。

他人の家のベランダに干された、女物の色鮮やかな下着を盗み見るような背徳感。

そんな俺を、非情なあのオマワリ達に突き出したりはしないでおくれ。

奴らは洒落や冗談はおろか、道楽芸術なんて世迷いごとを理解してくれるとも思えない。

心に姦淫せるものは、姦淫したのも同じこと。

えぇい、心なんて厄介なモノ、もういい加減、どこかに棄ててしまいたいもんだ。

たとえば公園のトイレとか。

隔週火曜日の不燃ごみの日とか。

眼玉そのものになって、写真を撮っていたいもんだ。

けど、心が無かったら、何を見てもぐっと来ないのだろうか?

それはそれで味気ないものさ。

心無い身で、味気ない人生の残りを、どう生きていったもんかねぇ。

読者諸君、失礼する。

2013/09/19

Post #942

Praha,Czech
ふと、写真について語ることの不毛さを想う。
仕事がすっかりヒマになった。しかし、ヒマになったからといっていかないわけにいかないので、仕方なく本を買って読んでいる。森山大道の『昼の学校 夜の学校+』(平凡社ライブラリー刊)だ。
森山大道の本は、写真集も含めて、今まで飽きるほど読んできた。
若い写真学生との対話に基づくこの本は、なんとなくきっと今まで読んできた森山大道の本、たとえば、犬の記憶とかほどリリカルではないし、リリカルな語り口での人生の軌跡を通じて語られる森山大道の写真についての考え方を、若い衆の問いかけに答える形でなぞっているだけだと思っていたので、ずっと買わなかったんだ。
しかし、あまりに暇だったんで、飼ってしまったという訳さ。本なんて、暇人じゃなきゃ読みゃしないさ、今時。
で、読んでて思うのは、もう俺は写真について、今更もうトヤカク考えるんじゃなくって、目の前にあるモノゴトをストレートにフィルムにおさめて、暗室でリアライズしていくだけでいいんだよなという再認識だった。
写真についてあれこれ語ることの不毛さを想う。

読者諸君、失礼する。テーマだの方法論だの、もう今更どうでもイイさ。誰かに認められたくてやってるわけじゃないんだからね。所詮はこんなの暇潰しさ。