2014/01/15

Post #1020

Praha,Czech
最近へこんだこと。

夜勤明けに、すきっ腹を満たすべく牛丼屋に行ってみた。
侘しいものだ。しかし、仕方ない。男というのは、往々にして安い飯をカッ喰らい、馬車馬のように働かねばならんように出来ているのだ。
店は早朝だというのに、結構込み合っていた。老いも若きも、牛丼をカッ喰らっている。もちろん、女性はいない。女性は朝イチから牛丼をかきこんだりしない生き物であってほしい。
俺は、細長いカウンター席の端、レジのすぐ隣に腰を掛ける。
すぐ隣には俺と前後して入ってきた六十からみのおじさん。
俺は熟慮の末、牛丼ではなく定食ものをオーダーした。
牛丼は、しばしば俺の燃料になっているので食傷気味なのだ。

しばらくして、定食が運ばれてきた。太い腕に毛がもさもさと生えている青年が運んできた。
俺はガツガツ、ムチャムチャと食べだした。俺の胃袋が、内臓が、喜んでいる。
しかし、何かがおかしい。
さっきから異臭がするのだ。
それも、時折風が通り抜けるように、ふわっと臭うのだ。
きれいなおねーさんの甘やかな香りなら、俺は大喜びで、食欲性欲も増進する俺なんだが、この臭いのベクトルは、180度真逆だ。
爽やかでないこと甚だしいぜ。思わず、吐きそうになる。

見たくないものには目をそむけるか、閉じればいい。
聴きたくない音には、耳をふさぐか、ウォークマンの音量をMAXに上げてロックを聴けばいい。
しかし、臭いには対処する術がない。鼻をつまみながら飯は食えないし、箸も茶碗も持てないじゃないか。
そういえば、見ざる聞かざる言わざるってのはあるが、嗅がざるってのは、ないよな。
ヘレンケラーだって、鼻だけは効いてた。俺は普通の方々よりも、どうもにおいに敏感なのだ。

俺は仕方なく、臭いを察知すると、息を止めて、必死に牛カルビ定食をかきこんだ。
難行苦行だ。君も一度やってみるといい。結構キツい。嚥下しにくこと甚だしいのだ。
俺にはその臭いの発生源がわからなかった。
隣の親父だろうか?
いや、そんなに小汚いわけでもない。年齢的に加齢臭は出てるかもしれんが。
隣の親父の食ってる納豆だろうか?
俺は納豆が苦手なのだ。若いころ、集団生活をしていたのだが、納豆が食えずに挫折し、夜逃げした苦い過去がある。
それともこの肉が腐っているのか?いや、そんなことはない。食えば分るだろう。

俺は混乱した。
しかし、ここはその臭いの原因を究明することに主眼を置くよりも、とっとと食い終えて、電車に乗って家に帰り、ぐっすりと眠るべきだとの結論に達した。
俺はスピードアップして、なおかつ息を止めながら食ったよ!
その間にも、臭いは俺の嗅覚をいたぶり続けるんだ。
限界一歩手前で、俺は牛カルビ定食を食べあげ、レシートを持って立ち上がった。
とっとと退散だ。
レジは俺のすぐ右手。
さっきの青年がやってきた。
なんのことはない。臭いのもとは、青年の腋臭だった。
読者諸君、失礼する。あまり感覚が鋭敏なのは考え物だ。なまくらくらいが程よいものさ。

2014/01/14

Post #1019

Essaouira,Morocco
日々の労働のしんどさよ。
森山大道の写真集をまじまじと見る暇すらないとは!
税務署にも行かねばならないというのに、一日は24時間しかない!

そうして、またいつもの悪い癖が出る。
先月行った台湾のネガも帰ってきていないのに、もうどこかに旅に出たくなる。
くだらない会議や書類、責任追及や、些末な取り決め、愛想笑い、面従腹背、そういったすべての煩わしさから、俺はとんずらしたくてたまらないのだ。
俺は、かつての旅の写真を見ながら、過ぎ去ったその日々を、反芻するように思い出す。
あれは、地の果てモロッコの、大西洋に面した港町、エッサウィラ・・・。
冬の穏やかな太陽が、海を照らし、水銀のように輝かせていた。
カモメが空を覆うように飛び交い、木造の漁船が、波止場に並ぶ。
男たちは堤防で、魚の腸を取り去り、無造作に捨てる。
すると目ざといカモメたちは、その苦みの強い臓物を、瞬く間に掠め取るように咥え飛び去る。

どこでもいい、ここでないどこかへ。
北海道や沖縄ってのも、いいかもしれないな。
あぁ、放っておいても、いずれはあの世に行くけれどね。

読者諸君、失礼する。こんなことやってる間に、税務署行ったらいいじゃないかって?もっともだね。

2014/01/13

Post #1018

Marrakech,Morocco
マラケシュの路地の奥、三角形の広場に面したモスクの壁に、スプレーで描かれたゴール。
子供たちは、いつも夜更けまで、かすかな明かりを頼りにしながら、サッカーに打ち興じていた。
ゴールの中にはBARÇA(バルサ)と記されている。
マラケシュを去る朝に、ふと気になって撮ったのだ。子供たちは学校に行っているので、子供たちがボールを追う声は響いてはいない。ひっそりとスーパーカブが停まっているだけだ。

2年ほど前に撮った写真を、先日プリントしてみた。このタイムラグはいつものことだが、その記憶が鮮明によみがえり、なんだかたいそう愛おしく感じる。愛おしさのあまり、泣けてきそうだ。

アフリカ大陸の西の果てマラケシュでは、今日も子供たちが、真っ暗な夜の中、かすかな明かりに照らされたボロボロのサッカーボールを、白い息を吐きながら追っているだろうか。

読者諸君、失礼する。