2014/02/15

Post #1048

Zagreb,Croatia
憲法解釈に関する、安倍首相の発言が波紋を呼んでいる。

安倍首相は12日の衆院予算委で、憲法改正ではなく解釈変更により集団で気自衛権の行使を容認できるか問われ、『(憲法解釈の)最高の責任者は私だ。政府答弁に私が責任を持って、その上で私たちは選挙で国民の審判を受ける。審判を受けるのは内閣法制局長官ではない。私だ。』と答弁した。

この発言は、さすがに問題ありだろう。野党はもちろん、自民党内部からも批判されている。当然だろう。立憲主義に対する挑戦とも無理解ともとれうる発言だ。

選挙に勝ちさえすれば、首相の思うがままに憲法を解釈可能だというのだから、時の政府の思惑によって、国民の審判などお構いなしに、白いものでも黒っていうのが、まかり通りかねないってことだ。
それに、この内閣法制局長にも、安倍首相は自分と考え方の近い人物を送り込んでいる。
NHKの経営委員でもおなじみの手法だ。
この人は、果たして立憲民主主義ってのがわかっているんだろうか?
そもそも、この人たちはいったい何がしたいんだろう?俺にはよくわからない。
そのわからなさを、少し整理してみよう。

今の憲法は、アメリカをはじめとする太平洋戦争の戦勝国(つまり戦後レジームを打ち立てた国々ってことだ)から押し付けられた憲法だから、改正したい。

で、憲法を改正してどうしたいのかというと、我が国の国土国民を護るため、アメリカさんと一緒に戦争できる国にしたい。日米安保条約で、日本を護ることになってるアメリカ軍が、敵国から攻撃されたときに、日本が攻撃されたとみなして、アメリカの軍隊とともに中国だか北朝鮮と戦争できるようにしたい。

けれど、憲法の改正のハードルが高いので、なかなか好きなように憲法を改正できない。
つまり、早々簡単には、集団的自衛権を認める事ができるようにはできない。
当たり前だ。早々簡単に憲法を変えてもらっては困る。この憲法ってのは、国民から政府に対する命令なのだから、政府の意向で早々簡単に変えられちゃぁ、たまったもんじゃない。

さてそこで、集団的自衛権の行使に関してはっきりと禁じている憲法9条の『解釈』を変更して、アメリカさんの戦争に協力できるようにしたい。

それは、安倍首相が自らが『(憲法解釈に関する)最高責任者は私だ』って言っているのだ。

なんだか、おかしくないだろうか?

まず、この人は立憲主義ってのがよくわかっていないようだ。たとえば、強い野球チームが、試合に勝って、ファンの支持さえあれば、ルールの解釈は自分たち自身が行うことができると言って、自由にストライクゾーンを設定できるとしたら、ゲームそのものが成り立たないだろう。
道徳教育に力を入れるのはいいけれど、その前に社会の仕組み、政治の仕組みをしっかり学校で教えるようにしてもらいたいね。

で、現行憲法はアメリカからの押し付けだから改正すべきだという一方で、改正してアメリカの戦争に加担できるようにしたいという。なんだかどこか矛盾しているような気がするんだが・・・。
まぁ世間には、自分が言えば鶴の一声で、黒いもんでも白とか思ってるような手合いがごろごろいるが、そんなのを首相に選んでしまったのは、選挙の結果といえ、遺憾なことであるものよのぉ。

読者諸君、失礼する。そもそも日本国憲法って、そんなに解釈だのなんだのが必要なほど、難しくて持ってまわった文章じゃないはずなんだけどなぁ・・・。白いものを黒っていう為には、文章をひねり、行間を読むってことが必要なのか?まぁ、どっちにしろ白いものでも黒って手合いに、ロクな奴がいた例はないけどね。

2014/02/14

Post #1047

Essaouira,Morocco
雪がしんしんと降っているので、音がしない。
まるで深夜のような静けさだ。
ありがたく眠らせてもらうとするぜ。これで仕事が休みなら、最高なんだけどな。

読者諸君、失礼する。

2014/02/13

Post #1046

Paris
鮫のような非情な存在に、怖れとともに憧れを感じる。
ブリブリと肉が詰まった巨大な体躯。
黒光りする硬質なサメ肌。
獲物を引き千切る強靭なあぎと。
機械を思わせるような5対の鰓。
そして、次々生え変わる鋭い歯牙。
情けの欠片も見いだせない、小さな目。

子供の頃、近所に住んでいたおじさんは、『学研の科学と学習』を三輪自転車に積んで、子供たちのいる家に届けて暮らしていたが、そのおじさんは片腕だった。
いつも片腕で、三輪自転車を器用に操り、『学研の科学と学習』を、俺の友達の家に届けていた。
何でも聞いた話によれば、そのおじさんがまだ若い頃、海で泳いでいた時に、かすかに腕に痛みを感じ、その刹那クラゲにでも刺されたかと思ったそうだが、そのかすかな痛みは一瞬で、次の瞬間には腕がなくなっていたのに気が付いたそうだ。
すれ違いざまに鮫に食いちぎられたのだ。
そのびっしり並んだ鋭い歯で、すれ違いざま居合抜きの様に食切られたので、あまりに素早く見事に食切られたので、痛みを感じるいとまもなかったほどだった。
血の臭いに敏感な鮫が、腕一本で満足したのは、単なる戯れだったのか。それとも腹が満たされていたのか。
鮫の戯れが、そのおじさんの人生を変えてしまった。
子供心に、震え上がったものだった。
おじさんは、ワンピースに出てくる海賊のような人ではなかったので、子供に麦わら帽子を託して、伝説の海賊になることもなく、『白鯨』のエイハブ船長の様に、復讐に燃えて海をさまようこともなく、田舎町で『学研の科学と学習』をさばいてひっそり暮らしていた。
ときには『ムー』も届けていたかもしれないが。

ふと、今朝この写真を見ていたら、何十年ぶりにそのおじさんのことを思い出した。
きっともうこの世にはいないであろうそのおじさん。
あの世では、自分の片腕に再会することができただろうか。

読者諸君、失礼する。陸に上がった鮫は、どうしようもなく、ガラクタだらけのパリの骨董品屋の店先で、どこかの物好きに購われるのを待つよりほかに、することもない。そんなものさ。