2014/08/09

Post #1221

スルジ山より望むドブロブニク旧市街
本日、いろいろあってほぼ写真のみ。

内戦で破壊されたスルジ山のロープウェイは、2010年に再建されたそうだ。

Mt.Srdi,Dubrovnik,Croatia
我々の常識では、ロープウェイで登った山頂に、のんびり牛が草を食んでいるというのは驚きだけれども、ここではどうやら当たり前のことのようだった。

読者諸君、失礼する。台風のおかげで、雨がずっと降り続いている。涼しいのはありがたいが、気分が滅入るな。

2014/08/08

Post #1220

Mt,Srdi,Dubrovnik,Croatia
あの日も暑かった。
ロープウェイで登った標高412メートルのスルジ山。俺たち、つまり俺とカミサンは歩いて降りることにした。
そして、下山道を間違え、炎天下の中、山道を歩き続けた。
日本の山と違い、ごつごつとした岩肌に、木もまばら。空気は乾いている。地中海気候だ。
手持ちのペットボトルの水は、とっくに減り、しかも生ぬるい。熱中症になってしまうんじゃないかって思っていたよ。

そんな中、見かけた白い馬。

一歩踏み出せば、きっと岩だらけの緩やかな斜面を、走り去ってしまうだろうと思い、静かにシャッターをきる。
なんとなく、道を間違えて良かったと思ったよ。

読者諸君、失礼する。まぁ、その後でも歩いて降りようといったカミサンには、ぶつぶつ不機嫌に文句を垂れていた俺なんだがね。

2014/08/07

Post #1219

Istanbul,Turk
ボスポラス海峡に夕日が沈みかけるころ、俺とカミサンはイスタンブールの旧市街の港からフェリーに乗り、アジア側のカドキョイに向かった。夜のカドキョイでご飯でも食べようという企画だったのだ。
甲板の座席に座り、モスクをシルエットだけにしてしまう夕日を眺めていた。
隣の席の長髪の青年は、海風に吹かれながら、尺八のような民族楽器を吹き鳴らしている。
侘しいような音色が、波音に応えるように響き、海風はその音色を運んでゆく。
青年の目は虚空を見据えている。
その胸中にはどんな思いが去来していることだろう。

俺は、逆光にも構わずシャッターを切った。
なんだかんだと撮影条件を考えるよりも、大切なことはとにかくシャッターを切ることだ。
写真は、シャッターをきらねば何も始まらない。
暗室の中で、ネガと格闘すればイイだけの話じゃないか?それよりもまずは、フィルムに収めないと、暗室のなかに世界を持ち帰ることはできないんだ。
人生だって、きっと同じだろう。机上の空論でいろいろと理屈をこねまわしてみたって、何も変わりはしないのさ。まずは一歩踏み出すことだ。心配したり悩んだりするのは、そのあとでいい。
どうせ人生なんて、なるようにしかならないんだ。

案の定、プリントには苦労した。しかし、君たちにこのへたっぴなプリントをお届けしよう。
ここにはささやかなドラマがあるのだ。

しばらくして青年は笛を吹くのをやめると、少しはにかみながら日本語で俺に語り掛けた。

「ニッポンのかたですか?」
「はい、日本語お上手ですね。」
俺は少しびっくりした。しかし、トルコでは流暢な日本語をしゃべるトルコ人はたくさんいる。そもそも親日国だし、日本に出稼ぎに行っていて覚えたという人が多いのだ。
「私の彼女、日本人です。岡山県のオオヤマキエご存知ですか?」
はぁ?オオヤ・マキエ?オオヤマ・キエ?誰だ、それは?
「私の彼女、岡山県のオオヤマキエといいます。ご存知ですか?」
「いえ、残念ながら存じ上げません。」
青年は少し残念そうに、そして照れくさそうに笑った。
話を聞けば、彼はトルコの民族楽器の演奏を学ぶ学生であるということだった。そして、どうやって知り合ったか知らないが、オオヤマキエなる日本人の彼女がいて、彼女の住んでいるという岡山の町にも、しばらく住んでいたという。
そして、いずれは結婚するために日本に行くつもりだが、その前に民族楽器の演奏家としてある程度のレベルに達するために大学で勉強しているということだった。

そんなことを話しているうちに、船は港に着いた。俺とカミサンは、青年に別れを告げて船を降りた。
あれから何年も経った。トルコの尺八青年が、岡山のオオヤマキエ嬢と結婚できたかは、定かではない。それだけの話だ。人生の大半は、実に小さなドラマの気の遠くなるほどの集積で彩られている。そうじゃないかい?

読者諸君、失礼する。そろそろ旅に出たい。そろそろプリントもしたい。しかし、今の現場が落ち着かないことには、どうにもならないよなぁ。