2014/08/18

Post #1230

Singapore
ゲリラ豪雨が収まったと思ったら、夏が戻ってきた。
尋常じゃない暑さで、眠ってなんかいられない。
こりゃいつまでも感傷にひたっているわけにはいかないぜ。
ちっとも眠れないが、今日も仕事に出撃しなけりゃならないんだ。

そうこうしているうちに、アマゾンから先日注文しておいたジョセフ・クーデルカの『ROMA』(名作ジプシーズのドイツ語版だ) が届いた。
ゆっくり落ち着いて見たいが、汗まみれの寝起きの身体で見る気にはなれず、シャワーを浴びてぱらぱらとみてみる。
解説はほとんどない。あってもドイツ語なんで、全くわからない。仕方ないぜ。しかし、力のある写真にぐいぐい引き込まれる。カメラは確かエキザクタにレンズはカール・ツァイス・イエナのフレクトゴン25㎜だったはずだ。コントラスト高め。
俺好みだ。
長年、絶版品切れだったんだけれど、たまたまアマゾンで覗いてみたら、一冊だけ在庫があったんで、速攻入手したんだが、間違いはなかったぜ。

読者諸君、失礼する。そろそろプリントがしたいけれど、この暑さじゃ無理だな。

2014/08/17

Post #1229

Zagreb,Croatia
激しい雨が降っている。
今年の夏は何だかおかしな天気が続いている。まるで熱帯の雨季のようだ。スコールのような雨が、容赦なく降っている。

あの時聞いた雨音も、俺には忘れられない。いやむしろ、そんな些末な事しか思い出せない。
あの人の小さな部屋で聞いた雨音だ。
あの人は、母親と二人で古い長屋のような県営住宅に住んでいた。
離婚だったのか死別だったのか、それは俺には分からないが、母娘二人で、ひっそりつましく暮らしていた。

あの人の部屋は、小さな敷地に建て増しされた、四畳半くらいのプレハブだった。
屋根はトタン葺きで、少し強い雨が降れば、マシンガンで一斉掃射されているような激しい音が俺とあの人を包んだものさ。
あの人と俺は、あの人のベッドに体を預けながら、その雨音を聞いていた。
今でも、激しい雨音を聞くと、あの懐かしい小さな部屋を思い出す。

小さな部屋に、小さなベッドと小さな学習机、そして窓際には小さなサイドテーブルがあった。その窓には、いつも白いレースのカーテンがかかっていたように思う。愛し合う時には、もう一枚カーテンを閉めたものだ。
窓の外には、確か古びた犬小屋があって、そこにはくたびれた白い犬が飼われていたはずだ。犬の名前は、もう覚えちゃいない。30年近く昔のことだ。
懐かしい。懐かしくて泣けてくる。けれど、もうどうやってもそこには戻ることはできないんだ。そういうものさ。

もう少し続けよう。
俺は当時、家から帰るとすぐに近所に住むあの人の家に行き、その小さなプレハブの部屋であの人と過ごしていた。玄関から入るのではなく、あの人の部屋の窓から忍び込むようにして訪ねて行ったものさ。
俺もあの人も、少し周囲から浮いていた。
周りに親しい友人ってのはいなかったんじゃないかな。
あの人がふとした折に見せる寂しげな表情や、悲しげなまなざしは、父親も心底仲の良い友達もいないというような境遇に根差しているものなのかもしれない。
そして、あの人が個性的なセンスを持っていたのも、そういった状況への何らかの反作用だったような気もするし、それによってますます周囲から浮いてしまったのかもしれない。
それはもちろん、既に母親を亡くしていた俺も同じだったんだろう。
今思えば、俺とあの人はある意味で、似たもの同士だったってわけだ。

女性というもんを初めて知ったのも、あの人のその部屋だった。
あの人は既に経験があり、俺は戸惑うばかりだった。
そして、身体は一つにつながっていながらも、心と心を隔てる無限の距離は、厳然として存在するものだなと、初めての行為を見下ろすように遊離した意識で考えていたことを思い出す。我ながらおかしなことを考えるガキだ。
今日は安全日だからといわれ、初めて避妊せずに楽しんだ後、その日は亜女に安全な比じゃないと別の女友達から聞かされ、戦々恐々としつつ、腹をくくったてみたってのも、懐かしい思い出だ。もし、その時子供ができていたなら、なんとまぁ、この俺に三十前の子供がいるってことになる。それもまた、今思えば面白い人生だったかもしれないけれど、神様は俺にそういう人生を歩ませなかった。
あれからどれくらいの月日がたったのだろう。もう何もかも忘れそうだよ。忘れ去ってしまう前に、書いておきたいぜ。

その県営住宅も、すでに取り壊されてしまった。そこに住んでいた人々はどこに行ってしまったんだろう。いまやそこは、旧共産圏に建っているような殺風景な団地に姿を変えてしまった。
あの細い路地を歩いて、あの人の暮らした場所をたどることすらできない。
もちろん、あの人の部屋の前にいた老いぼれた白い犬も、とっくに死んじまったことだろう。
あの人と一緒に自転車でご飯を食べに行った中学校の前の中華料理屋だって、20世紀末に潰れて解体すらされず廃屋になっている。
そして、俺が当時住んでいた家も、既に親父の借金のカタに取られ、更地になり、小さな建売住宅が2棟立っている。
俺は故郷喪失者なんだ。
そして何より、あの人自体が、俺の前からきれいさっぱり消え失せてしまった。写真の一枚も残さずに。今では何の手がかりもない。
まぁ、あの人からすれば、俺が消え失せてしまったような次第なんだが。
結局、俺の手元に残っているのは、ふとした折に思い出すあの人の寂しげなまなざしと、懐かしいあの部屋で聞いた雨音の記憶だけってことだ。


読者諸君、失礼する。他愛もない日常ってのは、失ってから初めて、それがかけがえのないものだったってわかる。だからこそ、今は惜しむように写真を撮っていかなければならないと思ってるのさ。

2014/08/16

Post #1228

Praha,Czech
時折、俺は俺の写真を見た人から脚フェチですねと言われる事がある。自分では生足よりもストッキングとかの方が好みだと思うが、そういわれたなら、肯定も否定もせずに、ニヤニヤとあいまあな笑みを浮かべる。
以前も触れたことがあるが、その源泉は幼少時に遡るんだろう。けど、それだけではなくて、もうひとつ思いあたる事がある。
あの人は、よくスパッツをはいていた。今から30年近く昔のことだ。
何年か前に、スパッツがレギンスとか名前を変えて大流行したときは、否が応でもあの人の事を思い出した。
あの人のほっそりと伸びた、それでいて決して骨ばったりしていない足は、今日まで俺のなかで確固たる好みとして残っている。
聖子ちゃんカットとかが巷を席巻していた頃、あの人は他人とは少し違う個性的なファッションセンスを持っていた。
まだ今のように。茶髪金髪が当たり前ではなかったあの頃に、フツーに金髪とかにしてたように記憶している。もっとも、それはあの人が高校を卒業してからだったと思うが。
今でも、個性的で大胆なファッションを周囲の目など気にせず楽しんでいる女の子を見ると、好ましく思う。どうぞ、そのまま自分の好みを貫いておくれって思わずにいられない。
タバコを吸う女の子も嫌いじゃない。この俺にタバコを教えてくれたのは、他ならぬあの人だった。MOREというメンソールの長くて細いタバコを物憂げに吸っていた。俺は初めてそのタバコを吸って、頭がクラクラして、あの人と遊びに出掛けていたのに、あの人をおいて帰ってしまったことがあった。遠い夏の事だった。

気がつくと俺が女性の写真ばかり撮っているのは、あの人の面影を探しているからかもしれない。単に女好きという説もあるが、それは当たらずも遠からずだ。

読者諸君、失恋する、いや失礼する。あの人の面影がまだ見つからないので、俺は写真を止められないのさ。