2014/12/10

Post #1344

Kathmandu,Nepal
特定秘密法が施行されてしまった。
憮然とするしかない。俺は前にも言った通り、この法律には明確に反対だ。こそこそしやがって、気持ちわりいぜ。秘密なんてのは、男と女の間だけにしておきたいもんだぜ。

さて、俺に突如として問題が降りかかってきた。
まったく俺の人生ってのは、いつだって次から次に問題が発生しやがる。
誰の人生もそうなのか?
俺が取り立てて器が小さくて大騒ぎしてるだけなのか?
それとも俺が心配性なのか?

俺の内縁のカミサン41歳が、子供が欲しいと言い出したんだ・・・。
最近やたら、スーパーなんかで見かけた子供をかわいいかわいいっていうと思ったら・・・、そういうことか・・・。

ぎょえ!

俺は今45歳。年が明けたら46歳。そっから仕込んで子供が生まれる頃には47歳。カミサンだって、42歳、高齢出産も高齢出産だ。
うちのカミサンはフルタイムで外資系の企業でガンガン働いている。育児休暇や時短勤務なんかの制度もしっかりしている。
しかし、しかしですよ・・・。

子供なんて、誰でも育ててるじゃないかっていうだろう?
けど、俺の人生、適当すぎて、先なんかまったく見えやしないんだぜ。いうなれば、お先真っ暗闇だ!
そんな男がこの年で子供って・・・。

昨日の晩も、風呂につかりながらいろいろな考えが頭をよぎる。

ダウン症の子が生まれちゃったら、たいへんだなぁ。
家の中では、英語を公用語にして育てるのがイイんじゃないか?
ゲームはどれくらいの時間やらせたらイイもんなのか?
反抗期とかになっちまったら、やっかいだなぁ・・・。
その頃には俺はすっかり爺さんだろうし。
子供連れで海外に旅行に行って、いまみたいなペースでガンガン写真撮ったりできるんかいな?
それとも、子供のことしか見えなくなって、世に蔓延る親馬鹿写真ばかり撮るようになっちまったら、どうしよう?
子供ができたら、3歳くらいまではチューしちゃだめだぞ、虫歯菌が子供に感染しちゃうからな。
RSウイルスとかに感染したら大変だぜ。
それに、子供が成人するまで、ガンガン働かなきゃならねぇじゃないかよ・・・。
俺の業界、年齢制限があるんだぜ・・・、こまったなぁ・・・。
下手したら、子守しながら仕事したりプリントしたりしなけりゃならないんじゃないか?
サッカーとかやりたいとか言い出したら、めんどうだなぁ・・・。俺はスポーツ好きじゃないんだ。
父兄参観にはヒョウ柄のズボンとかはいて行っちゃマズイかなぁ・・・。
子供がいじめとかにあったら、どうやって守ってやったらイイんだ・・・。

頭の中をいろんな考えがぐるぐる回って、止まらないぜ!最大の問題は、コウノトリってのは、どうやって子供を運んでくるのかってことだ!

俺の敬愛して止まない忌野清志郎は、初めての子供が生まれる前、子供ができたらもうロックなんかできないって思って、一日中スタジオに籠って次から次に曲を作っていたそうだ。それだって、確か清志郎が38歳くらいの頃だ。
重ねて言うが、俺は、とっくの昔に45歳だ。
俺だって、子供ができたら、もうこんな写真撮れないんじゃないのかってビビってるよ。

正直言って、あと五年早く言って欲しかったよ。

読者諸君、君たちの意見を承りたい!ひょっとしたら俺も、この年になってやっと大過なく子供を受け入れることが出来る様になってるのかもしれないけれどな。
まぁいいさ、なるようになれ。どんなことでも、最後はなるようにしてなるんだ。それが人生だ、ロックンロールだ。じじいになっても、踊り続けてればいいんだろう?

読者諸君、失礼する。こんなことブログに書いたってカミサンに知れたら、また八つ裂きにされちまうから、黙っといてくれよな。頼んだぜ、皆の衆!

2014/12/09

Post #1343

Boudhanath,Nepal
自分の写真の在り方が、物足りなくなってきた。
気の向くままに旅をして、目についたものを片っ端からフィルムに収め、小さな暗室で現像し、このブログでごく少数の読者の皆の衆に見てもらう。
悪くない。
けど、フツーだ。
どっちにしても、さほど反響もない。手ごたえのなさが物足りない。
俺は今、自分の写真を世界に還流させたいと考えているんだ。
俺の写真は、自分の目にした世界を、ある瞬間で切り取ったものだ。
いうなれば、世界の断片だ。
それを暗室の中で再生させ、スキャンして、君たちに見てもらっているんだけど、もう一歩進めてみたい。

自分の撮った写真をできるだけ大きく出力して、自分がその写真を撮った場所に掲げてみたいんだ。

写真に全く興味のない人も、その写真を目にするだろう。
同じ場所でも、瞬間瞬間によって表情は全く違う。
同じ場所でも、何時までも同じ人が佇んでいるはずもない。
同じ場所でも、かつてあった建物は打ち壊され、風景は一変しているかもしれない。
その一瞬は、絶対的に一回こっきりなんだ。

その思いの一環として、このブログには可能な限り、撮影箇所をマッピングしているんだ。PC版で見ると、下の方に場所が明示されていることを、目ざとい読者諸兄諸姉は気が付いていることだろう。
たとえば、今日の写真なら『場所 ネパール〒44600カトマンズ ブーダ』とか記されていることだろう。そこをクリックすれば、グーグルマップにリンクしているので、その場所を地図で見ることができる。写真が掲載されている場所なら、写真を見ることもできるだろうし、ストリートヴューが記録されている場所なら、それも見ることができるだろう。

それをさらに一歩進めて、その場所そのものに、俺の写真を還してみたいのさ。
そう、フィードバックって奴だ。ロックのフィードバック奏法みたいなものか。つまり、スピーカーの真ん前でエレキギターの音をスピーカーから出し、その出力された音自体をギターのピックアップで拾って再出力すると、わけの判らない音が出るというあれだ。
どんなことが起こるのか、俺にも予想がつかない。
それが面白いとは思わないか?

出来得るならば、写真という表現の枠を少し逸脱して、モダンアートの方に踏み出したい。
こじんまりとした閉じた世界から、俺の写真を解き放ってやりたい。
かつて俺がカメラを携えて、世界と対峙していたそこにこそ、モノクロで再構築された、かつての風景を還してあげたいのさ。

普段何気なく目にしている風景が、四角いフレームに収められるとどう見えるのか?

見慣れた景色や色彩が、モノクロになるとどう見えるのか?

レンズを通すと、この光が、この空が、いったいどう見えるのだろうか?

何気なく見落としているもののなかに、思わぬ美しさや面白さが潜んでいるのが見えるだろうか?

まったく写真に興味のない、そこいらのおっちゃん、おばちゃん、おにいちゃん、お嬢ちゃんに、俺の写真の持ってる力をゴリゴリと押し付けてみたいんだ。
それには、見過ごすことのできない巨大なサイズが必要だ。

いったいそれをどうやって実現するのか?
そんなことを可能にする機材を、どうやって入手するのか?
そして、そのプロジェクトを実行するための資金を、どうやって調達捻出したものか?
そんなことをして、行政や地域住民から苦情は来ないだろうか?

いろいろと具体的に形にしようと思うと、困難なことが山ほどある。
けれど、少しづつ課題をクリアして、この夢想に形を与えてみたいんだ。

俺の自己満足を越えて、俺の写真をこの世界に送り出してやりたいんだ。


読者諸君、失礼する。君たちも、何かいいアドバイスがあれば教えてくれないかい?君と一緒にワクワクしてみたいのさ。何しろ俺は正直に言えば、自分の人生に退屈してるんだ。

2014/12/08

Post #1342

Pashupatinath,Nepal
例年になく、雪が早くから降っている。
しかし、俺は陽光照り付けるパシュパティナートを想い出す。

燃えている。
燃えているのは、人間だ。
正しくは人間だったもの、亡骸だ。

獣の王(つまりパシュパティ)シヴァ神を祀るパシュパティナートは、ヒンドゥー教の聖地にして、火葬場だ。真ん中を流れるバグマディ川は、ガンジス川の支流であり、ここで火葬され、遺灰を川に流すと、その流れによって母なる川ガンジスに流れゆき、輪廻から脱することができるという。
ヒンドゥー教徒が8割を占めるネパールでは、最大にして至高の聖地とされており、人々はここで葬られることを願っている。

川岸に張り出して設けられた石の壇の上で、亡骸は焼かれる。
白い煙を上げて、人が焼けていく様を、対岸から俺はじっと眺めていた。
壇の端から、川のなかに向けて何かが滴り落ちている。
ニンゲンの脂だろうか。石の上に黒々とした筋を描いて流れ落ちていく。
俺の額からは、汗が流れ落ちる。

遺体をオレンジ色の布で幾重にも覆って焼くのだが、覆っているまわりで激しく泣いていた六親眷属も、巨大なキャンプファイヤーのような炎にその人が包まれてしまうと、観念したかのように静かになる。

太陽が照り付ける。
肉の焼ける臭いがする。それに髪や爪が焼けるような、あのなんとも言えない臭いが混じっている。
そこでは、否応なしに『俺たちは、一人の例外もなく、いつかこのように、死んでしまうのだ』という絶対の事実が突きつけられる。
俺の生きている日本では、死は巧妙に隠されている。自分の親族以外では、滅多に死体に接する機会はない。いつしか、俺たちは死を忘れている。
死を忘れているから、生が弛緩する。
俺は、母親が死んでから、もう30年も死にとらわれているように感じるよ。

じっと見ていると、自分が焼かれている様を、もう一人の自分が見ているような、不思議な感覚に襲われる。
死があるから、生は尊いのだ。

読者諸君、失礼する。こんな葬式だけれど、町のセレモニーホールで行われる葬式よりも、ずっといい感じだぜ。俺ならこっちがありがたいぜ。