2014/12/13

Post #1347

Kathmandu,Nepal
ここんところ、俺のブログはシリアス展開だった。
仕方ない、人生にはシリアスにならざるを得ない局面があるものだ。
けれど、ほんとうは俺、シリアスに社会を憂いたり、自らの如何ともしがたい境遇を嘆いたりしているよりも、もののあわれのほうが好きなのだ。
『もののあわれ』って何よって、人間のほれ、男と女の話だよ。

古典だったら伊勢物語とかね。
詩人だったら、良く取り上げてる金子光晴とかね。
男の俺にとっては、女の人っては、うん、これはもう少しで解かりそうでいながら、どこまで行ってもよく解からない不思議なものだから、それを少しでも知るってのは、世界の半分を理解していく営みだと思えるよ。

だからいつも、女の人を見かけると、つい写真を撮ってしまう。

名前が出たついでに、金子光晴の詩を一つご紹介してみようかな。

もう一篇の詩

恋人よ。
たうとう僕は
あなたのうんこになりました。

そして狭い糞壺のなかで
ほかのうんこといっしょに
蠅がうみつけた幼虫どもに
くすぐられてゐる。

あなたにのこりなく消化され、
あなたの滓になって
あなたからおし出されたことに
つゆほどの怨みもありません。

うきながら、しづみながら
あなたをみあげてよびかけても
恋人よ。あなたは、もはや
うんことなった僕に気づくよしなく
ぎい、ばたんと出ていってしまった。

(金子光晴『人間の悲劇』より)

ええなぁ、と心底思う。
こんなことを書けるのは天才だなぁってホントに感心するよ。
こんなのも行っとこうかな。
この詩も好きだ。

愛情1

愛情のめかたは
二百グラム。

 僕の胸のなかを
茶匙でかき廻しても
かまはない。
どう?からっぽだらう。

―愛情をさがすのには
熟練がいるのだ。
錠前を、そっと
あけるやうな。

―愛情をつかまへるには
辛抱が要る。
 狐のわなを
しかけるやうな。

―つまり、愛情をおのがものにするには大そうな覚悟が要るのさ。
愛情とひきかへにして、
ただより安く、おのれをくれてやる勇気もいる。

 おのれ。そいつのねだんは
十三ルピ。

(金子光晴『愛情69』より「愛情1」)

作家の高橋源一郎は、金子光晴を読めば、あなたの人生で確実に恋人が一人は増える、しかも、質の高い恋人が!と保証してくれているけど、ほんとにそう思うよ。
とはいえ、そんなにたくさん恋人がいたら、それはそれで身が持たないけどな。

読者諸君、失礼する。それにしても13ルピーとは、ずいぶんと安いものさね。ネパールの田舎でも、チャイ一杯飲めやしないさ。

2014/12/12

Post #1346

HongKong
路上占拠を75日に渡って続けてきた香港の民主化運動が、強制的に排除された。
いずれ、そうなることは判っていた。残念ながら。
デモをするだけで、世界が変わるとは思ってはいない。俺たちは、少なくとも俺はそこまでナイーブではない。残念ながら。
2014年の香港は、1792年のパリではないのだ。残念ながら。
当局に拘束された若者たちの将来を思うと、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。
社会に戻ることが出来れば、幸いだが、天安門事件のことや、中国本国で行われている共産党に異議申し立てをした多くの人々が行方不明になっていることを考えると、どうなるものか、何とも言えないようにも思える。
拘束されなかった人々も、敗北者として苦難の道のりが待っていることだと思う。残念ながら。

戦後最大の思想家、吉本隆明が自らの労働争議体験を通じて、60年安保について語った言葉を記したい。
とっても長いけど、引用することを許してほしい。

『わたしは、どのような小さな闘争であれ、また、大きな闘争であれ、発端の盛り上がりから、敗北後の孤立裏における後処理(現在では闘争は徹底的にやれば敗北にきまっている)にいたる全過程を、体験したものを信じている。どんな小さな大衆闘争の指導をも、やらしてみればできない口先の政治運動家などを全く信じていない。とくに、敗北の過程の体験こそ重要である。そこには、闘争とは何であるか、労働者の「実存」が何であるのか、知的労働者とは何であるのか、権力に敗北するということは何であるのか、を語るすべての問題が秘されている。(中略)
 また、現在の情況の下では、徹底的に闘わずしては、敗北することすら、誰にも許されていない。
かれは、おおくの進歩派がやっているように、闘わずして、つねに勝利するだろう、架空の勝利を。しかし、重要なことは、積み重ねによって着々と勝利したふりをすることではなく、敗北につぐ敗北を底までおし通して、そこから何ものかを体得することである。わたしたちの時代は、まだまだどのような意味でも、勝利について語る時代に這入っていない。それについて語っているものは、架空の存在か、よほどの馬鹿である。』
(吉本隆明『背景の記憶』平凡社ライブラリー刊より)

自分の乏しい人生経験を通じていえることは、どんな小さな権力に対する闘争も、徹底的に行えば、敗北し、孤独な退却戦を強いられることになるということだ。これに関しては、吉本隆明の言葉を、地に足の着いたものとして理解することが出来る。
問題は、そこから以後、どのように生き抜いてゆくかだ。

既に物故して久しい写真評論家西井一夫は、自らの安保闘争体験を振り返って、次のように述べている。再び、引用を許してほしい。

『闘いに敗れること(さまざまな戦線で、だ)によって、にもかかわらず依然として敗れ去ってはいない(忘れることと忘れ去ることの違いは、ただの忘却には想い出す潜在的可能性があるが、忘却していることを忘れるのが忘れ去ることである)思想・心情・精神を抱きながら、いかにして不在な「以後」を生きるのか?』
(西井一夫『なぜ未だ「プロヴォーク」か』青弓社刊より)

香港の若者たちが、自らの敗北を忘れ去ることなく、『以後』を生き抜いてくれることを祈らずには、いられない。それによってこそ、時代はじりじりと変わってゆくのだから。

読者諸君、失礼する。そういえば、日本には敗北を忘れ去った人々がたくさんいる。だからこそ、いまこんなていたらくだ。

2014/12/11

Post #1345

Dattatraya Temple,Bhaktapur,Nepal
ネパールの古都バクタプル。
ダッタタラヤ寺院に、日が暮れたところに老人たちが集まってくる。
日中は街の辻に設けられたあずまやで談笑したり煙草を吹かしているだけに見える老人が、日暮れとともに寺院に集まり、シヴァやヴィシュヌを讃える歌をうたい、楽器を打ち鳴らす。
老人たちは寛大で、異教徒異民族の俺にも手招きし、ともに座り、ともに手を打ち鳴らすよう促す。
現代の日本の老人たちには見られないような、しかしどこか懐かしい老人たちの姿。
君にまっとうな感受性があれば、寛大で柔和な表情のなかに、威厳を感じることが出来るだろう。
この老人たちの姿を見ると、この地の老人たちは、進んだ医療や介護サービスなんかどこにもないけれど、見事生き切ったものだな、羨ましいものだという思いを抱かずにはおれないのさ。

俺は常々疑問に思っていることがある。
どうして、日本では歳をとった人間に対して、敬意が払われないのだろう。
どうして、日本では年寄りに童謡なんかを歌わせて、子供のように扱うのだろう。
どうして、日本では老人に話しかけるのに、子供に話しかけるようにするのだろう。

俺自身がまかり間違って年寄りになった時に、童謡なんか歌わされたとしたら、屈辱だ。
頑是ない子供に言い聞かせるように話しかけられたとしたら、悲しくなってくることだろう。
人生を通じて積み重ねてきた経験を、すべて否定されたような気がするに違いない。

かつては豊かな人生経験を積んだ老人は、共同体の精神的な指導者であったし、老人そのものに人生を達観したような威厳があった。はずだ。
たしかに、現代は多様な価値観が次から次から生じ、老人たちがかつてその人生を通じて培った経験は、速やかに陳腐なものとなってしまうことは否めないだろう。
しかし、どれだけ社会や文化が急速に変わっていったとしても、人間が生きるということの本質は、そうやすやすとは変わらないのではなかろうか?
また、かつてはどのような社会にも、宗教的な価値観がしっかりと根を張っており、老人は神もしくは仏という、超越的なものの存在により近づいた存在として認知されていたのではないかとも思う。
しかし、この高度資本主義社会では、何時の間にやら富そのものが、神を至高の座から引き下ろして、あらゆる価値観の中心に居座っている。
冷静に考えてみれば、富はあくまで手段でしかない。
どう生きるのかという古今万人に共通の人生の主題は、富という空っぽの中心の周りを虚しく回るだけで、その核心に触れる事がない。
どれだけ生きても、富という手段でしかないものが、目的にすり替わっている以上、経験がもたらすものはごくわずかだ。
これでは、年齢をかさねていったとしても、ただ虚しく生を浪費したということにしかならないのかもしれない。
極論を承知であえて言わせてもらえば、現代の日本では、生産性のない老人は、その生涯でため込んだ資産を介護ビジネスや葬儀屋や、孫の教育費のために吐き出す財布ぐらいにしか思われてはいない。

なぜそうなってしまうのか?
自分自身を顧みてみれば、そのヒントに思い至る。
俺は45歳だけれど、人生五十年と言われていた時代なら、とっくに老境に差し掛かっている年齢だ。しかし、戦国時代や明治時代の二十歳そこそこの人間にも、人間的にとても及ばないような気がする。
俺は自分で言うのもなんだけれど、いろいろ考えないと面白くない性分なんだが、それでも今よりもずっと情報も少なく、寿命も短い時代の人々と比べて、人間的な厚みがあるとはとても思えない。馬齢を重ねるとはこのことだ。要するに人間性が薄っぺらいのだ。軽佻浮薄なのだ。

たしかに自分の周囲を見渡しても、そんな人間は少ない。
ただ単に爺むさく老け込んでいる人間なら見ることは容易いが、年齢を重ねるごとに、どっしりとした存在感をまとう人間は実に少ないのだ。
そして、目の前を流れ去る事物に汲汲としているだけで、時間は瞬く間に過ぎ去ってしまい、一息ついたころには、既に老人と言われる年齢になってしまう。
そうなったときに、はたしてどれだけ人間としての巨きさが培われているのか、疑問だ。

生産性を至上の価値とする社会で、生産と消費に明け暮れ、自分の内面を顧みることがなければ、老いを迎えたときに、何が残るのだろう。
社会のお荷物にされてしまうだけではなかろうか?
それでは、子供をあやすように話しかけられ、童謡を歌わされて、手拍子なんかさせられても仕方がないか。

読者諸君、失礼する。年は取りたくないが、隠者のような年寄りにならなりたいもんだ。その時には、童謡じゃなくて御詠歌や念仏でも唱えていたいぜ。