2014/12/25

Post #1359

Praha,Czech
日本ではあまりポピュラーではないけれど、有名なクリスマス・キャロルの一つに、“Good king Wenceslas”というのがある。日本では、『ウェンセスラスは良い王様』と呼ばれているそうだ。

このクリスマス・キャロルは、厳冬の12月26日、聖ステパノスの日に、城の物見台から王が雪の中薪を集める貧しい小作農を見つけることから始まる。
王は小姓を呼びつけると、『汝はあの者がどこに住む何者か知っておるか?』と尋ねた。
小姓は『あれは聖アグネスの泉のほとりに住む小作農であります』と答える。
すると王様『小姓よ、肉を持て、葡萄酒を持て、末の薪を持て、それらを背負いて我ら彼の貧しき者のもとに施しをもたらそうではないか』
というわけで、王様と小姓は冬の厳しい寒さの中、雪をかき分けて小作農のもとを目指すのだが、陽は暮れ、吹雪に道は閉ざされる。
小姓はたまらず『王様、日も暮れ風も厳しく、私の心は折れてしまい、もはやなす術とてありません』と泣き言を言い出す始末なんだが、そこは王様、『よし、小姓よ。我が先に道をゆき、雪を踏み固めてゆけば、いささか寒さもしのげよう。雄々しき心を奮い立たせて我についてこい!』と先を歩み始める。
すると、王様が踏むところ、雪はとけ、青々とした芝土が姿を現したという話だ。

つまり、富者は貧者に施しを与えることは、神の御心に沿う行いだと讃える歌詞で、締めくくられる。

このウェンセスラスには、モデルがいる。
ボヘミヤ公、ヴァーツラフⅠ世だ。
ボヘミヤとは、ほぼ現在のチェコのこと。そして、907年に生まれ、18歳で即位したヴァーツラフⅠ世は未だ伝統宗教が大勢を占めていたボヘミヤに、キリスト教を本格的に導入した若き王だった。
しかし、神聖ローマ帝国に臣従してすすめられたキリスト教化政策は、伝統宗教を信じる貴族たちの反発を買い、935年に暗殺されてしまう。

残念!

ヴァーツラフⅠ世は、こうして殉教した故に聖人とされ、次第にボヘミヤの人々に、ボヘミヤの守護聖人として信仰されるようになっていった。さらに人々は、彼を真のキリスト者にして、国と民族を護った理想の騎士だと考えるようになった。ボヘミヤの危機の時には、彼は甦り、国を救うとまで信じられていたほどだ。

写真は、彼の名を関したチェコの首都、プラハのヴァーツラフ広場に聳え立つヴァーツラフⅠ世の像だ。この広場は1968年のプラハの春の際には、ソ連軍の戦車に蹂躙され、1989年のビロード革命の際には、自由を求めるチェコ市民で埋め尽くされた。この時にも、人々はヴァーツラフⅠ世の名を脳裏に思い浮かべていたことだろう。


ビルゲイツなど、欧米の資産家には、しばしば慈善団体に巨額の寄付をしたり、非営利の慈善事業を起こす人も多いのだが、これはキリスト教文化に根差した伝統だ。マックス・ウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(岩波から出てますよ)を一読されたい。お勉強になるぜ。もっとも、そういったいわゆる慈善活動に、やっかみ交じりの批判も多いのは承知の上だが。
翻って日本の金持は、ただため込むだけ。
これでは、銀行に積み上がった金が泣いているぜ。
政府も、低所得者に対するアベノミクスの恩恵は、トリクルダウン、つまり富裕層から滴り落ちるおこぼれでいきわたるはずだと無責任に嘯きつつ、税金を上げ、福祉をカットしている。
まぁ、そんな政府を選んだのは、他ならぬワシら日本人の皆の衆なので、文句も言えまい。

しかし、ここで衝撃のお知らせ。
OECD(経済開発協力機構)は、先ごろ、このトリクルダウンってのは、実は歴史上一度たりとも実際に起こったことがないと発表した。

衝撃だなぁ、笑うしかない。この道しかないとか言っていたが、ますます怪しくなってきたぜ。

なんだか今日は、とりとめのない内容になってしまったなぁ。しかし、本当に活きたお金ってのは、誰かの幸せのために使わないといけないんだぜ。それが本当のプレゼントさ。

読者諸君、失礼する。メリー・クリスマス。この瞬間にも、世界には苦しんでる人がたくさんいるのさ。クリスマスで浮かれてるのはいいけれど、それを覚えていてほしい。

2014/12/24

Post #1358

Bruxelles.Belgique
世間では、今日はクリスマスイブだ。
しかし、悲しいかな、店舗屋稼業の俺には、全く関わりのねぇことでござんす。
当然のように、今夜も明日の夜も、夜通し仕事なんだ。
子供もいないし、今更かみさんにプレゼントを渡すなんてのもないんであります。
侘しいものでござんすねぇ・・・。

クリスマスにちなんで、気の利いたことの一つでも言えたらいいのだが、俺にはそんな才覚もありゃしない。そもそも、イエス様のこともろくに知らないくせに、クリスマスだなんだって大騒ぎする日本人の風潮が、俺には鼻持ちならないんだ。勝手にしろって言いたい。イエス様を商売のネタにしてほしくない。申し訳なくて、泣けてくる。

こう見えて、俺はキリスト教系の幼稚園に通っていた。キリスト教徒ではないけれどね。
そのおかげで、あまりよくわからないなりに、幼心に旧約聖書のさまざまなストーリーや、新約聖書に記されているイエス様の生涯が、自分の根深いところに刻印されている。
強い向かい風の中を歩むときには、必ず子供の頃に見た「イエスの復活を聞いて、イエスの墓地に確かめに向かう使徒」を描いた銅版画が脳裏によぎる。すでに40年も経つというのに、忘れることはできない。

イエス様の言葉では、山上の垂訓が好きだ。
キリスト教徒でない人には、馴染みが薄いだろうからその出だしだけでも書いておこう。
とんでもなく有名なあれだ。

『こころの貧しい人たちは、さいわいである。
  天国は彼らのものである。
悲しんでいる人たちは、さいわいである。
  彼らは慰められるであろう。
柔和な人たちは、さいわいである。
  彼らは地を受け継ぐであろう。
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである。
  彼らは飽き足りるようになるであろう。
あわれみ深い人たちは、さいわいである。
  彼らはあわれみをうけるであろう。
心の清い人たちは、さいわいである。
  彼らは神を見るであろう。
平和をつくり出す人たちは、さいわいである。
  彼らは神の子と呼ばれるであろう。
義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである。
  天国は彼らのものである。』

この山上の垂訓の中には、有名な右の頬を打たれたら、左の頬も、とか汝の敵を愛せとか、善行を他人の目の前で行うなとか、イエス様の教えのエッセンスが凝縮されている。マタイによる福音書、第5章から7章にある。
クリスマスだと言って、浮かれているだけでなく、一度君も読んでみるとイイだろう。
それは君の人生を、より深いものにしてくれるだろう。
間違いない、約束するぜ。
俺は、こんな罪業深重な自分ではあるけれど、それが故に、ふとイエス様のお言葉を想い出し、罪業深重なるがゆえに、ふとした折に、イエス様が俺のそばにいるような気配を感じる。きっと、子供のころ、クリスマスには『♪わたしは小さな羊飼い・・・』と歌っていた頃から、イエス様は俺のことを御存じでいらっしゃるのさ。
イエス様は、教会の祭壇のなかにいるのではないのだ。
俺や君のようなごく普通の、心貧しい人の、悲しみにくれる人のすぐそばに、そっと寄り添っているのだ。
(今回の引用は日本聖書協会の1984年版から行った。)


読者諸君、失礼する。よいクリスマスイブを過ごしておくれ。俺は相も変わらず愛も分からず、夜の百貨店で男祭りさ。

2014/12/23

Post #1357

Kathmandu,Nepal
今日はNHKで朝から夕方まで『ごちそうさん』の総集編を見倒してしまった。貴重な一日が空費されたわけだ。仕方ない、それも人生だ。

先日、中学高校時代の先生や、その教え子つまり俺よりずいぶん年上の先輩にあたる人たちと、愉しい時間を持つことが出来た。
酒と旅を愛した歌人『若山牧水顕彰会』という、まぁ酒飲みのおじさんの会に、何故か俺も入っているので、その忘年会に行ってきたのだ。
おおかたの会員は俺の恩師である先生の教え子ばかりなんだが、誰もかれも俺より10歳は歳食ってるおじさんばかりだ。
どうして、そんな会に入ったかと言えば、俺が中学生の頃から世話になっていて、学生時代はほとんど毎日お邪魔していた浅井先生という方が、その会の重鎮で、俺は気分的にはその人の息子みたいなものなので、まぁお前も一口入れって誘われたわけだ。

俺はこう見えて、中高一貫の私立の高校に通っていたので、先生はずっと変わらない。
この先生は、既に75歳を超えておいでなのだが、昔から白髪の長髪で、自由な考えを持った方だった。今日の俺は、この先生をはじめとしてこの中高一貫校の個性的な先生方の、勉強以外の課外授業の英才教育によってはぐくまれたのだ。
俺は、90年続く学校の歴史の中で、もっともぶっ飛んだ生徒だった。
なにしろバリバリの進学校なのに、モヒカン刈やスキンヘッドで学校に通っていたんだ。
それだけじゃない、生徒会の副会長もやっていたしな。
成績に関しては、劣悪ではあったけどね。-30点という素晴らしいスコアをテストで叩きだしたこともある。まぁ、とびきりのバカヤローだったわけだ。

かつて俺に数学を教えてくれていた中島先生も、いまは校長先生だ。ちょっと合わなくなったうちに、偉くなったものだが、この人の前の校長にも、担任してもらていた。やはり、問題児に接した経験がないと、偉いさんにはなれないのだろう。

20年以上お会いしていなかったが、お元気そうで何よりだ。
俺をかわいがってくれた先生の中には、とうにお亡くなりになった方もいる。想い出すと、なんら恩返しが出来なかったのが、心底悔やまれる。俺がランボーみたいな早熟の天才だったらどれだけ喜んでもらえただろう。
中島校長は、俺が自分の携帯の画像フォルダのなかに入れていた高校時代のモヒカン刈の写真を見せたやったら、ずいぶんと懐かしがって喜んで、メールで送れと言い出す始末だった。
中島校長が言うには、最近の生徒さんたちはずいぶんと大人しいので、むかし君たちの先輩のなかには、こんなはっちゃけた奴がいたのだと一席打つ算段らしい。
冗談じゃない。
俺が世に隠れもない赫々とした才能をぶちまけているんなら、それもなかなかに面白い話だが、しがない現場監督で身過ぎ世過ぎの半死半生、どうにかこうにか生きてますでは、単にそんな阿呆だったから、なるべくしてそうなったとしか思われないじゃないか・・・。
先生方が言うには、俺のようにはっちゃけた奴は、今は皆無で、誰もかれもが物わかりのいい優等生なんだそうな。つまらない話だな。つまらないからこそ、教えておきたいんだそうだ。
FUCK OFF!
こうなりゃ講堂で、若者相手に漫談してやるのもやぶさかじゃないぜ。いっそ、流行の妖怪体操第一でもやってやろうか?

さて、俺はなにしろこの痛快な性格なので、60過ぎのおじさんたちに、えらく可愛がられる。きっと自分のうちでは子供に構ってもらえないんだろう。
俺は現場暮らしで身に着けたスキルで、年長者にも気さくに気後れせずに面白おかしな経験をしゃべりまくり、高いところのものをひょいと取ってあげたり、後片付けをテキパキこなしたりしているわけだ。みんな俺に大喜びだ。
すると、学生時代の俺を知っている先生や先輩たちから、『あのコーイチロー(あぁ、これ俺の名前ね。覚えといて)がこんなことをするなんてねぇ・・・。』なんていう声があがるくらいだ。
なにしろ、授業中に先生にぶん殴られたり、窓から放り出されたりなんて日常茶飯事という超問題児だったからな。頭にきて職員室に消火器をぶちまけたことすらある。
フツーのことをして感心されるのも無理もない。これが優等生だったなら、なにも感心されないが、もともとの出来が悪いとこういう時得するってもんだ。
しかし俺だって、今日まで笑い話のネタになるような、普通ならしなくてよい苦労を重ねて、やっと大人になったのだ。
おかげで今では、その辺の子供たちには面白いおじさんとして親しまれ、仕事仲間には信頼され、年長者には可愛がられるという、自分にしては出来た漢に仕上がったのだ。
ただし、若い女性には敬遠される。それは俺の人相が悪いせいではなく、スキニーパンツが未だに似合い、それ故に『(足の太さに悩む)100万人の女性の敵』と世間で言われているからだ。

宴もたけなわの頃、恩師の奥さんが、『コーイチローくんは、小説書いてるんじゃなかったっけ?』と俺自身もすっかり忘れていたことを持ち出した。
いやぁ、恥ずかしながら若いころ、そんなこともやってみたっけな。
どうにも文章が上手くないのと、物語を紡ぎだし、魅力的な人物を造形するには、俺は人生経験がなさすぎるということを痛感し、きっぱり諦めていたのに・・・。
そもそも、いつも読んでくれている諸兄諸姉は、俺の文章には何の魅力もないことをよくご存じでしょう?だからこそ俺は、写真を選んだのだよ。
俺は、久々に返答に困った。御歳を召した方は、往々にしてそんな黒歴史を覚えてくれているからな・・。
俺は仕方なくこう答えておいたよ。

『鳴かず飛ばずの45年!』

自分で言って悲しくなるよ。

読者諸君、失礼する。才も徳も無くして、世渡りしていくってのは、ちょっと心細いもんだな・・・。