2015/01/21

Post #1386

Patan,Nepal
イスラム国が、日本人の人質を殺されたくなければ、2億ドル支払えと言っている。
猶予は72時間。すでに20時間ほどが経過している。
2億ドルもの金を、日本政府が払うとも思えない。しかし、何らかのコネクションを通じて、交渉を試みているんだろう。その結果がどのようなものになるのかは、一市井の無頼漢たる俺には、とやかく言う資格はない。
出来る事なら、こんな話題は避けてしまいたかったんだが、触れておかないのは、言いやすいことだけ言って、言いにくいことは言わないというようなご都合主義の香りがするので、何も言えないと思いつつも、触れておくことにする。
もちろん、俺はそんな事より、かわいいおねーちゃんのことで考えて悶々としている方が、自分らしいとは思う。


この件に関して俺は、青い空と石ころしか転がっていない土漠に、独り途方に暮れて立ち尽くし、途方に暮れたような、悲しみと無力感の入り混じった奇妙な気分を味わっているのだ。
わかってもらえるかなぁ・・・。


どのような結果になろうとも、それによってイスラム教徒の人々を自分たちの社会から疎外するのは過ちだ。もちろん、恐れたり、おもねったりする必要もないけどね。

つまり、ちょっと文化の違う隣人として、普通に接するべきだということだ。
疎外することは、中長期的に見て何も生み出さない。
むしろ、疎外は憎悪の源になり、憎悪は新たなトラブルの源になる。
つまり、恐れたり憎んだりすれば、それはいつの日にか、何倍にも増幅されて自分たちのもとに、戻ってくるということだ。ブーメランみたいなものさ。

今回の件に関しては、なぜあの民間軍事警備会社の男性は、イスラム国の支配地域に潜入したのだろうか?というそもそも論的な、素朴な疑問が尽きない。チャック・ノリスやランボーだって、独りであそこに潜入しないだろうって思うぜ。
人相体つき、醸し出す雰囲気から察するに、今日まで傭兵として、世界の戦場を人知れず渡り歩いてきたといった風情など微塵もない白面郎に見えるのだが、どうだろうか。

以前読んだ報道では、自らの会社の事業に関する経験を積むため現地に赴いたと報じられていた。
箔をつけるというか、ある種の功名心があったのだろうか。あくまで記憶の範囲だけれどね。
しかし、理由はどうあれ、考えれば考えるほど、あまりに無謀だとしか言いようがない。アメリカも、軍やCIAなどから、かの地にエージェントを送り込んではいるだろうが、何のバックアップもない個人が、単身乗り込むには危険すぎたってことだ。
もちろん、彼個人をバッシングする気もなければ、自業自得だの、自己責任だのと切って捨てる気もないのだが、いささか現地の状況に対して、認識が甘かったんだろうなぁと思う。

そして、民間警備会社の男性を救助するために現地に向かい拘束されたジャーナリストの男性は、現地の事情に詳しく、報道によれば何らかのコネクションも持っていたにもかかわらず、今回のような事態に直面してしまった。
その志は称賛されるべきかもしれないが、支配地域と巨大な資金、そして強大な武力を保持した狂信的な集団に対して、徒手空拳で交渉を図るというのは、いささか彼個人の力量を越えたものであったんだろう。

俺は常々、仕事絡みで『別に命まで取られるわけじゃないんだ、どんとやれ!』と思うことにしているのだが、この場合、一歩間違えたらフツーに命が取られてしまうので、なかなかどんとやる気にはならないだろうよ。
そういう意味では、彼らの無謀さと裏腹な行動力には、正直感心してしまう。
自分なら、あんなふうに出来るのかと問われれば、無理って即答するよ。
いかに志があろうとも、あれで処刑されてしまったら、元も子もないんだよ。無駄死にだ。無念すぎるぜ。

読者諸君、失礼する。どのような結果に落ち着くのか、俺には皆目見当がつかない。しかし、なんとか彼らが無事に帰ってくることが出来ることを祈っているよ。

2015/01/20

Post #1385

Bruxelles
ヨーロッパの各地で、反イスラムのデモが起こっている。
ドイツ東部では、数万人規模のデモが起こっているという。
俺は、悲しいような気分になる。思わず荒野に立ちすくんでいるかのようなさみしさだ。

ヨーロッパの歴史は、古くはウマイヤ朝によるイベリア半島占領から始まって、千年以上にわたってイスラム勢力圏とのせめぎあいの歴史だ。ウィーンはオスマントルコに包囲されたこともあるし、ハンガリーやギリシャはオスマン帝国領だった時期もある。また、中世にはエルサレム奪還を目指して、多くのヨーロッパ諸国が中東に兵を送り、当時はヨーロッパよりも進んだ文化を持っていたイスラム教徒と激しい戦闘を繰り広げた。ちなみに、その頃のイスラム教徒は、古代ギリシャ文明を継承し、その自然科学や哲学を発展させることで、キリスト教会のもとでそれらを破棄してしまったヨーロッパ人よりも、はるかに進んだ文化を持っていたんだ。
ちなみにヨーロッパに、古代ギリシャの文化的態度が復活するのには、ルネッサンスまで待たねばならなかった。

そして、現代では多くの北アフリカやトルコ、中東出身者が移民としてヨーロッパに定着しており、その比率が増していけばいくほど、社会に軋轢が生じている。
実際に、ヨーロッパの国々の街角を歩いてみれば、明らかにイスラム教徒といった人々を、容易に目にすることが出来る。フランスやベルギーでは、北アフリカから来たとおぼしき人々の姿をしばしば目にする。
これが、ドイツになると、行ったことはないのだが、トルコ系の人々を多く見ることが出来ることだろう。

俺たち人間というのは、違う価値観を持つ者をなかなか理解しようとはしない。
理解することなく、単に外見や習慣の違いから誤解を深め、溝を深めていく。それに経済的な格差や教育の機会の不均衡が加われば、溝はますます広がっていく。

日本でも、かつて日系ブラジル人のコミュニティーと地元住民の軋轢が報じられたりした。また現在でも、在日韓国及び朝鮮人に対するヘイトスピーチが問題になっているが、ヨーロッパの問題の根は、イスラム教とキリスト教の長年にわたる抗争の歴史があるため、より根深いんじゃないかなと容易に想像できる。
誰だって、自分の属する文化がサイコーだって思っているはずだ。
身近に目を向けてみれば、今の日本には、日本人は素晴らしい、日本はサイコーだといった類の本が溢れている。けれど、俺にはそれは、自信の無さの裏返しに見える。


俺は、自分の抱いている遠大な理想と理念、そして現実の間に横たわるギャップに、呆然とするんだ。
ほとんどアンドロメダ星雲に向けて、自転車かなにかで出発したような気分だ。


俺がインドネシアやモロッコやトルコで出会ったイスラム教徒の人々の多くは、人懐っこく、誠実な人々だった。俺が片言のアラビア語で話しかけると、とても嬉しそうに笑うんだ。
礼拝の時間を告げるアザーンは、力強く、かつ美しい旋律と響きを持っていた。

モロッコのホテルで出会った写真の彼らは言っていた。
ヨーロッパ人は、決してアラビア語を話して接しようとはしない。その態度は自分たちを一段低く見ているように感じると俺には聞こえた。まるで、召使に接するように振る舞うヨーロッパ人だっているんだろう。
君たち日本人が、こうしてアラビア語を使って話しかけてくれることは、とてもうれしいと彼らは言ってくれた。そしてまた、あなたたちは友達だ、と彼らは言ってくれた。
Marrakech,Morocco
ひとりひとりの人間に、一個の人間として向き合えば、そして互いにそれぞれの文化を理解し、尊重する姿勢を持っていれば、きっとお互いに違いを見出すことよりも、共通するところを見出すこと多いはずだ。
だって、考えてみてくれ、どんな文化に属する人間だって、嬉しいときには笑い、悲しいときには涙を流すんだぜ。頭に来た時には、怒った顔になるもんだ。不思議じゃないか?
けど、それが人間なんだ。みんな同じ赤い血が流れてるんだ。
きっと分かり合えるさ。

そして、俺はそういうことが出来る人間の方が、異物を排除する人間よりも、面白い人生が送れるように思うし、より強く、より優しい人間だと思う。
それは何も、違う民族、異なる文化に属する人々の間の問題だけに関する話じゃない。
同じ日本でも、くだらない差別が、今でもたくさんある。
性、職業、階層、資産、出身、血筋、学歴、身体的な諸問題。
表面的になくなったように見えても、それは巧妙に隠されているがゆえに、より深く根腐れている。

俺は無力な一個人だ。
出来る事なんて、ほんと何もないに等しい。
けれど、一つだけ君たちに言えることがある。

まずは、自分の目の前の人間に、誠実に接することから始めよう。
相手を一人のかけがえのない人間として、理解しようと努めよう。
すべてはそれからだ。

とても大事なことだから、もう一回行くぜ!

目の前の人に、誠実に接することから始めようぜ!

読者諸君、失礼する。誤解が解けたら、理解を深めよう。

2015/01/19

Post #1384

Bruxelles
サザンの桑田が、紫綬褒章を貰って、それを聴衆の前で披露して、オークションにかけるようなふりをして批判されている。
俺は、サザンに興味がないので、それに関してどうこう言う立場ではない。
けど、桑田自身、たんなる演出ですと言いながら、オーディエンスの前にちょび髭をつけて出てきてみたり、政府の安全保障政策を皮肉っていると取られるような歌詞を紅白で歌ってみたりと、最近面白いことをやっているなぁと思っていたのに、なんだか残念な気もする。
もっとも、俺の愛する今は亡き忌野清志郎なら、そもそも紫綬褒章なんてもらえる訳もないし、貰えることになっても、辞退していただろう。
ロックとは、反体制の音楽であったはずなのに、体制に認められてしまったなら、権力者のポチに成り下がってしまうじゃないの。すくなくとも、自分が批判し続けてきた相手に、名誉な賞を与えられるというのは、俺なら御免だ。権力者の皆さんには、ぜひとも目の上のたんこぶのように鬱陶しく思って欲しい。
ロックは昔は、不良の音楽だった。ロックなんか聞いてる奴はロクでもない奴だった。俺の周りにもそんなロックなロクでなしはたくさんいた。
愛すべき馬鹿野郎たちだった。
きっと、桑田はロックではなくて、ポップミュージック、つまり大衆音楽だったということだと思うことにしておこう。なにしろ名誉ある紫綬褒章だからな。国家権力のお墨付きなんだ。
ロック60年の歴史で、ロックが体制にすんなり取り込まれてしまったことで、そのエネルギーは明らかに減衰している。
悲しいことだ。
実際、俺が好んで聞くのは60年代から70年代にかけての、ロックの黄金時代の曲ばかりだ。
ロックよ、長生きするんだ!

かつて、イギリスの首相だったトニー・ブレアが、ザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーに、ナイトの称号を与えたことがあった。2003年のことだ。ストーンズの活動40周年を機に送られたという。
授与理由は長年にわたる『ポピュラー音楽への貢献』だ。ポピュラー音楽だ。
もう一度言おう、ポピュラー音楽だ。

これに対して、ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズは猛反対した。
キースの言い分はこうだ。
『俺は勲章の授与なんて馬鹿げたことだと思ったよ。そんなことはストーンズらしくないぜ、だろう?俺はクソ忌々しい冠をつけて、きざなアーミン(オコジョのことだよ)の白い毛皮をまとった誰かさんと、ステージに上がるのなんて御免だね。俺はミックに言ってやったよ。「そいつは糞喰らえの無価値な名誉だ」ってね。』

これに対して、ミックは『キースはアイスクリームが欲しくて泣き叫ぶ子供だ。彼も本当は欲しいのさ』と反論していたという。

確かにミックとキースのグリマーツインズは、コインの裏と表のような関係だ。ミックはまさにポップだし、キースはロックを体現したかのような人物だ。
どちらの言い分が正しいかは、それぞれの考えることだろう。
そして、このやり取りは今回の一連の出来事のよしあしを、もう少し深く掘り下げてみる材料になるようにも思うんだけど、どうかな?

名誉ねぇ・・・。俺にとって、名誉だと思えるのは今まで縁のあった人たちが、とりわけ関わりのあった女の子たちが、俺のことをいつまでも忘れず、出来たら大切な思い出にしていてくれることだね。それに尽きるよ。君たちに愛される一匹の風来坊で無頼漢でいたいのさ。

読者諸君、失礼する。
まぁ、俺が何を言おうが、やっかみにしか思われないってのが寂しいところなんだけどね。