2015/04/18

Post #1473

Essaouira,Morocco
今夜はプリントしたいので、手短に済まそうか。

自分にとって、大切な人が悲しみにくれているときに、俺にはその悲しみを癒してやることはできない。
俺は神様でも仏様でもないので、起きてしまったことを、そしていずれ必ず起きることを、どうしてあげることもできない。どれだけ何とかしてあげたくても、俺もまた無力な人間に過ぎないからだ。

当然のことだ。

けれど、せめてその悲しみを理解し、その人の心に寄り添っていられるような人間でいたい。
その悲しみの幾分かを、ともに分け持って、担うことできる人間でいたい。
口元を一文字に結んで、嘆き悲しむ人のそばに、寄り添っていたい。
それで何か、俺に得があるわけでもない。自分がそうしたいから、そうするだけだ。
できることなら、その人が喜んでいるときに、その喜びをともに感じることができたなら、なおヨシだ。
人生の意味は、そこにある。資産を増やすことなんかには、人生の意味なんかない。

そんな人間で、俺はいたい。
それが俺の小さな願いだ。
けれど煩悩深重な我が身を省みると、それすらも大きすぎる願いに思える。

もっとも、人によってはそんな願いを持ってる俺に、反吐が出るというだろうがね。
もちろん、そういうことをあえて言ってしまう自分自身が、とんでもない偽善者に思えて、不愉快にもなる。
けど、言いたいから言っているのさ。

読者諸君、失礼する。俺はまともなニンゲンになりたいと願っているんだけど、そう願えば願うほど、世間の常識から離れていき、ろくでなしのように扱われるのさ。そんなもんさ。

2015/04/17

Post #1472

Helsinki
人生に、もっと冒険が欲しいものだ。
安定なんて、退屈じゃないかい?
毎日まいにち、同じ電車に乗って、同じデスクに座り、仕事をして何十年なんて、考えただけでもぞっとしちまう俺なのさ。
人生が、パソコンやスマートフォンの画面の上だけで進んでいくなんてのは、御免こうむる。

自分の足で、どこか見知らぬ土地に出かけ、見も知らない人と出会いたい。
毎日、いろんな考えの人と話し合ってみたい。
その人たちに、世界がどう見えているのか、知りたいし、理解したい。
花の香りに誘われていたい。
人々の声に耳をそばだてていたい。
美しい女性に目を奪われていたい。

思い描く世界は発見に満ちている。
まだ見ぬ人々は、俺をワクワクさせてくれる。

けれど、実際には毎日が物足りなくて仕方ない。
あんまり物足りないんで、たまには紛争地帯にでも行ってみたくなるし、鬱病のパイロットの操縦する飛行機に乗ってみたくもなる。もちろん、ブルース・ウィルスやスタローンみたいに、そんなピンチをギリギリで切り抜けたりして、笑い話にしてやるのさ。

さてと、今日で、しばらく仕事からは解放だ。
もちろん、打ち合わせだの、請求書だの帳簿だの、次の仕事の営業活動なんかは、やっぱりやらないとヤバいんだが、とりあえず自由な時間が手に入るのさ。誰も俺には構っちゃくれないから、一人で家に引きこもるのさ。

今年も俺が、年明けからほとんど休みなく突っ走ってきたのは、お馴染みの読者諸君はご承知のこったろう。店舗内装の現場監督って仕事は、決して嫌いなわけでもないけど、これだけやってて年老いて死んでいくのは、退屈でしょうがないのさ。

君は、みんなそうして生きているっていうんだろう?
冗談じゃないぜ。
こう見えて俺は、生まれついての道楽者なのさ。
歌い踊ることが大好きだし、本を読み耽ることも大好きだ。そして、もちろん写真を撮ってプリントするのが大好きだ。ついでに言えば、女の子も大好きだ。向こうはそうでもないみたいだがね。

しかも奇遇にも、明日からはカミさんは仕事で出張だ。しばらくは俺一人の生活だ。
心置きなくプリントでもさせてもらうとしようかな。

読者諸君、失礼する。こうしちゃいられないぜ。さっさと眠るさ。なんせ、今日で仕事が一区切りなんだからな。

2015/04/16

Post #1471


Hong Kong
先日、自分のFBにUPしたブログの更新記事のコメントに、古い知り合いの女性から、痛烈なお言葉を賜った。Post #1458に関するものだ。

彼女曰く『よその女に子供を作らせて、自分の奥さんに育てさせるなんて寝ぼけたこと言ってる奴に反吐が出るね!』だそうだ。
参考までに付け加えると、この寝ぼけた奴とは、他でもない俺のことだ。

まったく、返す言葉もないくらいだ。俺は、気の利いたちょっとダーティーなユーモアのつもりだったんだがね。

俺の下らないユーモアで、ご気分を害されたようだから、この場を借りて謝るよ。
陳謝する。反省するよ。
今後はもう少し控えめにさせてもらうよ。反吐が出ないくらいにね。
きっと、俺の文章の面白さは当社比―50%くらいにはなるだろうけれど。

俺は人間を46年ほどやらせてもらってますが、反吐が出るなんて言われたことは、なかなかに無い。面と向かって言われたわけではないけれど、精神的になかなか堪えるものがあるな。

実生活でも、世間様から図太いとか、心臓に毛が生えているとかさんざん言われる俺だけれど、こうして真正面から反吐が出るなんて言われると、なんともやり切れない気分になるよ。

俺自身、自分の言っていることが、時に世間の常識から逸脱したことを言ってるという、確かな手ごたえを持っているんだが、今回の件は俺としちゃ、ちょっと実際にカミさんとの間で交わされた際どい冗談を、そのまま書き記したつもりなんだ。

結果人間のクズ呼ばわりされたしまったわけだ。
自分にとって、どうだってイイ人間に、どれだけクズ呼ばわりされようが構わないけれど、そうそうお会いすることもないけれど、自分としては確かに大切な人からクズ呼ばわりされるのは、かなりキツイ。

俺としちゃ、悪気なんかさらさらない、ちょっとしたユーモアのつもりだったんですがねぇ・・・。やっぱり、いけませんかねぇ・・・?

俺ははたと考え込んでしまう。

こいつは俺の個人的なブログでの発言だし、たとえそうではなくて私小説かなんかだったとしようよ。
で、俺は社会常識に抵触しない、毒にも薬にもならないことしか言うべきじゃないのかな。
考えてみたり、書いたりしただけで、実際にはそんなことしちゃいないのに、実際にやったかのようにクズ呼ばわりされるものだろうか?
まぁ、親愛なるイエス様は、『OK、その通りだよ。考えたらやったもおんなじだもの』と言うだろうが。

万一、実際にそんなことがあったとしたら、なかなか洒落にならないんで、決してここに書くことはないだろう、・・・たぶん、・・・書くかもしれないが。

俺のことだ、なんとも言いかねるな。
何しろ、俺は自分自身のことが世界で一番信用できないんだ。俺の予想を超えることを、俺はいつだって軽々とやってのけてしまうからな。
いつだって、逸脱してるんだ、おっ、ダジャレだ!

俺はここで決して、道徳の教科書みたいなものをやりたいわけじゃないし、どこか戯作者的に自分の考えや生活を、冗談めかして描いてみたいと思ってるんだ。
政治的、倫理的、社会通念的に正しいことしか言わない奴なんて、俺は友達になりたくないもんな。

正直に言って俺は、自分が実像等身大よりも高級な人間に思われたりするよりも、実際よりも軽く見られて、君たちの失笑を買っているほうが望ましいと思ってるのさ。

俺が素晴らしい奴だとか、イイやつだとか、まかり間違って思われちまった日には、うっかり羽目も外せないだろう。

健康で正しいということほど、人間を無情にすることはない。

金子光晴もそう詩に書いていたっけ。

俺は不健康で、悪いってことに、寛容でありたい。
そして、望むと望まざるにかかわらず、そう生きざるを得ない人間の性に対して、俺は興味と感心を持っているんだ。
世間の常識や法律の話をしているんじゃないんだよ。
いやむしろ、光に憧れながら、闇の中をさ迷い歩くしかできないようなものこそが、人間の姿だとすら思えるよ。
人間の本質ってのは、世間の常識良識、法律なんかとは、ぜんぜん違うものだと思えるんだよ。
それをひっくるめて、人間を理解したいと俺は思ってるし、世間の良識常識なんか屁とも思わないような人間でいたいと思ってるんだ。

俺自身は、自分の趣味に合わないスノッブな奴をこき下ろすのはやぶさかではないけれど、基本的には、どんな人間に対しても、一人の裸の人間として、率直でユーモアをもって接していきたいと思っているんだけどな。

けどまぁ、今更何を言っても弁解がましくなるだけか・・・。

読者諸君、失礼する。何が言いたかったかっていえば、自分の軽口のせいで、大切な友人を一人失ったってことさ。そんなものさ。かまやしないさ、どうせ死ぬときは一人っきりなんだからな。