2015/08/18

Post #1596

Kathmandu,Nepal
昨日はいろいろあって、珍しく寝落ちしてしまった。
何があったかは君には言えないさ。
誰にも言わずに、自分の中にしまっておきたいことの一つや二つ、あってもイイだろう?

読者諸君、失礼する。さて、今日も男の仕事だ。

2015/08/17

Post #1595

Bremen.Germany
僕は、自分が何者なのかが知りたい。
この世界に、どんな使命をもってやってきたのかを知りたい。
それを求めるのは、矢を射られて傷ついた怪我人が、誰がどんな意図で矢を放ったのかわかるまで、矢を抜いて治療してはいけないというようなものかもしれない。そんなたとえをお釈迦様が語っていたのを読んだことがある。もっともだ。
それを知ることがなくても、正しく生きることはできるからだ。そして、その時々、精一杯生きていくうちに、自ずと見えてくるものなのかもしれない。
僕は、それを見出したい。

そんなものはない、人生に意味はないというのは容易い。
けれど、人生に意味を見出さないことから、人間性への軽視が芽生える。

意味のない生を貪っているのなら、さっさと死んだほうがイイという、明らかに誤った結論に、いずれはたどり着いてしまうのだから。
あるいはその手前で、ニンゲンを利益を生む肉でできた機械のように考えるようになってしまうかもしれない。
他人を、自らの快楽の道具としてしか考えない、嫌な人間へ歩みだしてしまうかもしれない。
人間の歴史にみられる、ありとあらゆる愚行に、人間性への無理解があると思える。
僕は、そんな愚か者の仲間には、なりたくはない。


昨日、公園で酔っぱらいの浮浪者と、なんだかわからない話をして笑いあった。
酔っぱらっているんで、何を言っているのかさっぱりわからないんだがね。しかし、わからないなりに、とにかく面白かったのさ。
この人の存在にも、なんらかの意味があり、その人が真っ直ぐ僕を目指して歩いてきて、語りだしたということにも、なにか意味があるように思える。

時に、地霊が浮浪者の姿を借りて、自分に縁を結びに来たように感じる事もある。
なにしろ、彼らは地面に直接身を横たえて眠り、地の気を濃厚に受けているのだから。

僕は蝶が舞い、鳥がさえずるとき、誰かの魂が蝶の姿をとって現われたように感じ、鳥のさえずりに何かのメッセージが込められているようにも感じる。

風が吹くとき、離れた懐かしい人の気配を、風が運んでくれるような気がする。

昇る朝日に向かう時、光そのものが一種の力となって、体に注がれるように感じる。


世界でも有数の文化都市東京に仮住まいしながらも、僕の中には未開の心性が息づいている。
自然と人間とが、神と精霊とが交わっていた、遙か太古の心性が自分の中に潜んでいる。
僕は自分でそう思う時がある。

読者諸君、失礼する。

2015/08/16

Post #1594

Bodhanath,Nepal
お互いに思いやりや愛情のこもった言葉を交わしていると、言葉を重ねるほどに、幸福感が増してくるよね。
ますます相手と話していたくなるのさ。
ユーモアと思いやりのこもった言葉をやり取りすればするほど、そして相手のことを知って、理解すればするほど、どんどん幸せがましてゆくような気がするんだ。
そういうもんじゃないかい?
ほら、恋人と話をしたりしてることを思い出してごらんよ。
他愛もないことかもしれないけれど、あれって幸せだろう?

人を誹謗中傷したり、批判しあったりするのは、言葉を重ねれば重ねるほど、互いに心が荒んでくるのさ。応戦しなくても、自分の尊厳を踏みにじるような言葉を投げかけられたりしたら、だれだって心が暗くなってしまうだろう。悲しい事さ。
言い返してみたところで、自分も相手も、ますますお互いのことを否定したくなって、ムキになった挙句に、自分自身の心を曇らせてしまうんだ。
しかも最悪なことに、それにじぶんで気が付かない。
それで相手を論破できたり、社会的に貶めたりできたところで、結局は自分の心が貧しくなるだけだよ。
バカバカしいッたらありゃしないぜ。
せっかく素直な心をもってうまれてきたのに、それを糞まみれにして何が幸せなんだろう?

僕は、誰かを誹謗中傷するような言葉は、もう使いたくない。
もちろん、納得いかない社会のあれやこれやを指弾するのを、やめる気はないけれど、具体的な誰かを批判したりこき下ろしたりするのは、つまらないからやりたくないのさ。


自分の心を貧しくするのは、ごめんだ。
この人生をもっと大切に使いたいのさ。


もって生まれた激しい気性は、自分の大切な人たちを守るためだけにとっておくのさ。
自分の大切な人たちと、心を通い合わせるような話をして、自分も相手も、もっと幸せを感じたい。

殺しあうよりも、非難しあうよりも、愛し合ったり、思いやっりあったりするほうが、愉しく生きられるんじゃないかしら?

読者諸君、失礼する。ごきげんよう。あたりまえのことだけど、あたりまえのことをあえて言わなければいけないなんて、世の中どうかしてるぜ。