2015/09/06

Post #1615

Paris
ふとしたことが、気にかかり、それが心に引っ掛かって、どうにもすっきりしやしない。
それ以外は、何もかも順調な気がするのに、心のなかにわだかまる。

自分の発した言葉が、人の気持ちを考えていないものだったのではないかしらと思えてきて、悲しくなるんだ。
僕は、もう人の心を暗くするような言葉は使いたくないんだけれど、自分が正しいと思うことを言ったところで、それが相手にとって、分かっていてもどうしようもしがたい事だったら、言わないでいたほうが良かったのかとも思えてきたりもする。

単に相手を、今より辛い気持ちにさせただけかもしれないと思えてきて、自分が嫌になる。

どうしようもないことを、どうにかするためには、単なる言葉じゃなくて、一緒に何とかしようっていう強い意志と覚悟が必要だと思う。

じゃあ、自分にそこまでの覚悟と意志があったのか?

なかったつもりはない。
けれど・・・。僕にもどうすることもできないことについては、黙っておくほうが賢明なのかな?
でも、僕はどこかの政治家のセンセーと違って、自分の言葉を撤回したくない。
自分の言葉に責任を持ちたい。
じゃ、どうやって?
はたと考え込んでしまい、目つきが悪くなる。黙り込み、虚空をにらむ。
現場で職人さんが僕に叱られるんじゃないかって、萎縮するほどに。

だから、なんだか気分が沈む。

読者諸君、失礼する。あんまり気分がのらないんで、現場のそばの靴屋さんで、きれいなブルーの靴を買ってみたのさ。だからって、ブルースがどこかに消え去るわけでもないんだけどね。

2015/09/05

Post #1614

Patan,Nepal
どんなに科学や技術が進んだって、それで一人のニンゲンの幸福に寄与しないようなものなら、僕は価値があるとは思えない。

僕は自分はすばらしく幸せで、なかなかに面白い人生を送っていると思っている。生身の僕を見たならば、終始ゴキゲンで踊るような足取りで歩いていると君は驚くはずさ。
もっとも、そこそこに波乱万丈だった。ここまでいろいろ苦労もあったはずだけれど、思い返すとみんな笑い話にしか思えない。
所詮人生は、今、ここからだ。
悪いけれど、仕事だって面白くて仕方ないしね。
僕は正直いって今の自分に自信を持ってるんだ。
もっとも、その自信には根拠なんてありゃしないけれど。
けど、預金残高で左右されるような自信なんて、しょせん安っぽいメッキのようなものだろう?

僕は自分が幸せならば、自分の身の回りの人たちにも幸せでいてほしい。
限りある人生を、精一杯生きてほしい。
くだらないことに振り回されて、自分の幸せを見失ったりしないでいてほしい。
そう、どんな状況におかれていたって、幸せになることを諦めてほしくはないんだ。
その人たちに、僕ができることがなにかあるなら、喜んで力になるさ。

そして、自分の身近な大切な人たちが、幸せに暮らせるためには、この世の中がもっと平穏で、愉しいものであってほしい。自由で、平等で、人々が互いに尊重しあう世の中であってほしい。

けれど、現実はそうはいかない。
ニュースを見てみれば、くだらないことで人々は争っている。
多くの普通の人たちは、自分の力ではどうすることもできないとさめきっている。
あるいは、生き延びるために、何もかも捨ててさすらっている人々もいる。
生きていくのもやっとという状況の中でも、必死に生き抜こう、家族を幸せにしようともがいている人たちがいる。

どうしたものかな。

僕にいったい何ができるんだろう?
僕は自分のことで精一杯の、非力なニンゲンに過ぎないんだ。
自分の大切な人を、幸せな気分にしてあげることくらいしかできない、チンケな男なんだ。
けど、それもうまくいくときもあれば、まったく無力でどうしていいのかわからないときもある。
僕にはそれが、どうしようもなく悲しい。

読者諸君、失礼する。どうしたものかな?

2015/09/04

Post #1613 さらば、中平卓馬

在りし日の中平卓馬。胸ポケットにはショートホープ
銀座三丁目の吉野家のカウンターで、サラリーマンや中国人に交じって牛丼をかき込んでいると、友人から中平卓馬が死んだようですよとメールが入った。
ググってみたが、見つからない。本当に死んだのか、それとも世の中の人々にとって、偉大な写真家が死んでしまったことなど興味をそそらないから報道されないのかわからないまま、牛丼は食べ上げられてしまった。

夜ベッドの上でまどろんでいると、先ほどの友人が写真評論家の赤城耕一氏のツイッターを共有してきてくれた。

そこには、『中平卓馬の訃報が入ってきた』といった旨の内容が記されていた。

巨星、墜つ

俺の抱いた感想は、まさにそれだ。
詩人になるか写真家になるかを悩んだ末に、何の写真教育も受けずに、自ら自分は写真家であると宣言することで、写真家となった中平卓馬。
盟友森山大道とともに、見たものに強烈な印象をもたらす抒情性の溢れた、アレ・ブレ・ボケ三拍子そろったモノクロ写真で、写真のカリスマとなった中平卓馬。
学生運動と連帯し、のちの東大総長・蓮見重彦を論破したほどの論理言説の使い手、中平卓馬。
昏倒の末、記憶喪失を患い、言葉を失ってしまっても、なお写真を撮り続け、写真家ではなく、生きながらカメラそのものになった中平卓馬。
被写体を105ミリの望遠レンズのみで、正面から真っ直ぐ切り結ぶように捉え続けた中平卓馬。
毎日まいにち、同じ場所で同じ被写体を撮りながらも、『これは初めての場所だねぇ』といい続けた中平卓馬。
デジタルカメラを、『写真家の所業ではない』と嫌い、最後までフィルムカメラにリバーサルフィルムで写真を撮り続けた中平卓馬。
かつて、荒木経惟をして、『中平さんは墜ちない流れ星』と言わしめた中平卓馬。

うすっぺなら写真が横行横溢する現在、中平卓馬の存在こそは、写真とはなにか、写真家とは何かという課題を、写真のあるべき姿とは何かという、重たい問いかけを、常に突き付けてきていたはずだ。

少女の写真を撮る中平卓馬
さらば、中平卓馬。どうぞ安らかに。
いつかまた、お会いしましょう。

あなたの存在が、あなたの写真が、僕たちに問いかけ続けたことを、僕は胸に刻んで忘れない。

読者諸君、失礼する。RIP。