2021/09/11

Post #1721 あの日から20年たった

あの頃、俺は当時住んでたアパートの近所の通信工事屋で働いていた。 線路わきで通信ケーブルを引っ張ったり、天井裏に潜ってLANケーブルを引っ張ったり、地下鉄や高速道路の監視カメラを点検したりしていた。 今と変わらずあくせく働いていた。
その経験は、まったくもって今も無駄になっちゃいない。
今目の前にあることに、一生懸命に取り組まない限り、自分の道は拓けないんだ。
自由になるのに簡単な道はないのさ。
Hue、VietNam

しかし、そんな話は別の機会だ。
その日は、俺の住んでいる町から60キロくらい離れた町に行って、市の駐車場管理システムの点検をしていた。ほら、街中を走っているとどこそこの駐車場は空車で、どこそこは満車とかって表示してくれるのがあるでしょう、あれだよ。
町中を車で走り回っては、表示装置の脇に陣取って、制御装置のふたを開けて、電圧測定したり、点灯確認したり、なんやかんやするんだ。センターに詰めている奴らもいる。電話でやり取りしながら、テスト表示を確認したりしなけりゃならないんだ。
安い割に骨の折れる仕事だ。
仕事を終えて事務所に戻り、歩いて家に帰るころには、すっかり暗くなっていた。
家に入ろうと俺はポケットの中から鍵を出そうとしたんだが、鍵がない。
俺はかみさん(当時はまだ籍は入っていない)が仕事から帰ってくるのをぼさっと待っていたんだ。
当時の家は、新しく建ったばかりの2DKのアパートで、引っ越してそれほどの時間が過ぎたわけではなかったはずだ。鍵交換とかで、相場より割高な費用を請求されるのも癪だ。
かみさんが帰ってくると、仕事中に鍵を落としたことを伝え、当時乗っていた青いミニクーパーを転がして、遠路はるばる探しに行ったんだ。
記憶を掘り起こし、その日仕事で回った場所を一か所づつしらみつぶしに探してみた。
しかし、どこにも見つけられない。
諦めた帰り道、高速の手前の裏道の信号待ちで、後続の車に何かを手渡しに降りたことを思い出した。
そこに鍵はあった。
信号が変わる前に戻らなけりゃって、焦っていたんだろう。
俺はほっとして、満足感に浸りながら夜道を飛ばした。腹が減っていたんだ。
携帯電話が鳴った。かみさんからだった。
「どうした?鍵ならあったよ」
「いや、そんなことはいいけど、いまTVでやってるけどニューヨークで高層ビルに飛行機が突っ込んで大変なことになってるみたい」
なんだそりゃ?いったい何が起こってる?
「こわい・・・」
「いや、そんなのきっとなんか映画のワンシーンとかじゃないの?そんな馬鹿な事あるわけないだろ」
「あ、いま二機目が突っ込んだって。怖いから早く帰ってきて」
「わかった、急いで帰るよ」
俺は電話を切った。ハンドルを握りながら、何が起こっているのかさっぱりわからねぇ、まずは自分が電柱とかに突っ込まないようにするべきだと考えた。

家に帰って、TVを見ると、ニューヨークのワールドトレードセンターに二機の飛行機が突っ込み、ペンタゴンにもハイジャックされた飛行機が向かっているということだった。
冷戦は10年も前に終わり、アメリカは当時世界唯一のスーパーパワーだった。ソビエト崩壊後の混乱が続いていたロシア、今日ほどには国力を蓄えていなかった中国。誰も、アメリカには手出しできないはずだった。
イラクのサダム・フセインなんかが威勢よく吠えてみたところで、アメリカ本土にどんなダメージも与えることはできないことは、わかりきっていた。
アメリカの経済力と軍事力に対して、正面切って戦いを挑めるものはないと思っていた。
21世紀は始まったばかりで、戦争の20世紀は過去のものになり、人類は希望に満ちた時代を迎えたはずだった。
しかし、そうじゃなかった。アメリカの敵は、国家ですらなかった。

俺は思った。『世界がその凶暴で残酷な姿を、はっきりと現し始めたんだ。時代は変わったんだ』

あの日から20年たった。その日のことを忘れたくなくて記した。
以来、今日まで混乱は続いている。地獄の釜の蓋が開いたかのように。

2021/08/26

Post #1720

偉大なるドラマー、チャーリー・ワッツが死んだ。俺がストーンズのメンバーのなかで、一番好きなのはチャーリーワッツだった。強烈キャラの持ち主が多い印象のドラマーの中で、誰よりもジェントルでスマートだった。

御年80歳。病気療養のためにツアーに参加しないというニュースを先日目にしたばかりだったが・・・。心から冥福を祈るばかりだ。

しかし、ロックはとっくの昔に死んでいた。The Whoが、奴らはロックなんて終わってるっていうけど、構うもんか、ロック万歳だ、長生きするんだ!と歌ったのは、もう50年も前だ。ロック界のレジェンド超人たちは、みんな年老いたか死んでしまった。

VietNam中部のどこか

非難囂々のフジロックで、MISIAが君が代を歌ったことが、世間様の中では賛否両論だったらしい。それについて特に俺がどうこう言う立場にない。

ロック(なのかどうかは俺としてはよくわからないけど)が国家という体制に迎合したことへの失望の声、感動したという声。それに対して、ロックに対して反抗的だとか反骨だとかいうのがすでに時代遅れだという声。

あー、ロックはもうとっくに終わってるのさ。

次々に生み出されて、一般大衆に熱烈に受け入れら、ガツガツと消費され、すぐに忘れられてしまう商品ばかりだ。CDショップにはすでにろくなCDが売っていない。アルバムを作っても、もう利益が出ないんだそうだ。そう、ロックどころかロックビジネスもくたばりつつあるのさ。

どうせ商品だろ。いまどき反骨だとか反体制なんて言ったって、商品にはならないぜ。聞くほうもやるほうも、爺さんばっかりだしな。マイジェネレーションなんていっても、年金世代さ。

少年のころ、おじさんたちが50’sとか聴いているのを見て、どうしてこんな時代遅れの音楽をいつまでも聴いていやがるんだと思ったが、今じゃ俺の世代の連中はどいつもこいつも80年代のベストヒットとか聴いている。それと全く同じだったんだと、この年になって気が付く。うちのかみさんも、車の中でSpotifyでよく聴いている。懐かしくってセンチメンタルになるぜ。

ロックが反体制だ、反骨だというイメージを勝ち得たのは、その黎明期から黄金時代にかけてが、世代交代と価値観が刷新されていく時期に当たっていたからではないだろうか。

第二次大戦後に生まれたベビーブーマーが、人口の規模拡張に伴う経済成長と、その人口に物を言わせた圧力で、先行世代への異議申し立てと新たな価値観の提示を行っていく中で、ユースカルチャー自体が、旧来の文化や社会に対して、反体制で破壊的だと感じられたからなんじゃないかと、50を過ぎた私にはわかる。まぁ、若さとは、そーいうもんでありたい。

いずれにせよ、ロックはとっくに死んでいる。でなきゃ、デイサービスとかに通っている。

俺が私淑し続けている吉本隆明は、詩なんてものは自分の心に響いた一節を刻み、生きていく糧にすればいいようなものというようなことを言っていた。

出張中なので、きちんとした引用ができないが、吉本隆明の詩の一節を心に刻んで生きてきた人間がここにもいる。たとえばこんなんだ。


ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる

ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる

ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる

もたれあうことをきらった反抗がたおれる


これも、おれのなかではロックそのものだ。反抗だの反骨だの時代遅れとかいいたければ、言えばいい。俺は穏やかな家畜じゃないのさ。

ロックもそう、自分が気に入った曲を、心に刻み、逆境にある時、苦難の時、ひとり自分の心の中で反芻し、生きる糧としてあればいい。

偉大なるチャーリー・ワッツよ、やすらかに。

2021/08/25

Post #1719

このコロナ大流行の真っただ中に、家族と離れて一人、成田に出張している。
我ながら、ご苦労なことだ。
取引先の担当者は、単身赴任ながらコロナに感染し、意識も混濁しているのに自宅療養だった。入院先もなかなか見つからず、俺は香典を用意しなけりゃならないかと思った。
そして、明日は我が身だと身震いした。おかげで、ワンルームのアパートに引きこもり、毎日アーサー・ウェイリー訳の源氏物語を読んで暮らしているんだ。
そう、空港のすぐそば、三里塚にアパートを借りて暮らしているんだ。あの三里塚闘争で有名な三里塚だ。
といっても、若い人は知るまい。昔々、今から五十年くらいまえ、この成田に拓かれた農業地帯に、空港を作ることとなった。
それに反対する農民の運動は、安保闘争をくりひげていた数多の左翼大学生を巻き込み、国家権力に闘争を挑み、様々な局面で数多の死傷者を出した末、完膚なきまでに叩き潰された。
その舞台となった三里塚だ。
これを境に、権力に対して異議申し立てするというのは、カッコ悪いみたいな流れになって、今日まで続いている。
権力やうなるほど金を持っている連中からしたら、しめしめだ。
これらの運動の中核を担った者たちのなかには、潜伏し、偽名を使い、何十年と生きてきたものもいた。しかし、大方の若者たちは人口動態に連動する経済成長の波に乗り遅れまいと、あっさりと社会に適応していった。反抗的なことばっかり言ってちゃ、飯は食えないからな。バブルで骨抜きにされ、それに続いたいわゆる失われた三十年で、不平不満を押し殺し、長いものに巻かれて生きるという奴隷根性が染みついた。
鴉 尾張國一宮
『三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい』高杉晋作 を思い出して

ぶっちゃけいって、人間の家畜化が進んだのだ。
それでも、君が幸せなんだったらいいんだ。
けど気をつけろ、俺たちが住んでいるこの社会は、異論を許さない社会だ。このブログを始めた10年ほど前からしても、その傾向はますます強くなっている。
弱者は顧みられることなく蔑まれ、時には路上で、時には養護施設で、入管の収容所で、何の尊厳もなく殺されていく。家畜よりもひどい。
誰もが、自分は彼らとは違う、自分はそうなならないと思っている。自分より能力の劣るものを見つけて、安心している。
俺が大志を抱いていたパンク少年のころ、ブルーハーツが歌っていたように、弱い者たちが夕暮れ、さらに弱いものをたたく世の中だ。悪無限だ。ブルーハーツは続けてこう歌っていたな。その音が響きわたれば、ブルースは加速していく。OK、加速しようぜ。

そもそも人間が老い、病み、死んでいくことはすべて免れ得ないものじゃないのかい。お釈迦さまも言っていただろう。
俺はもうずっと長いこと、畳一枚下は段ボールで眠ることになると覚悟して生きてきたんだ。いつ何時、人は弱者になるのか見当もつかない。人生はまったく黒ひげ危機一髪なんだ。

自分には資産があるから大丈夫。
自分は貧乏人には知られていない金がじゃぶじゃぶ流れる川のほとりに、バケツどころか揚水機まで用意してるから、大丈夫。
OK、それは素晴らしいことだ。
けれど、資本とはいったいなんだろうか。その価値の源泉とはなんだろうか。

その価値の源泉には、いうまでもなく国家の権力があり(現状、国家のみが通貨の発行権を持っている。)、国家権力の根底には、異論を力づくで叩き潰す暴力がある。それは冒頭にあげた三里塚闘争の例を引いてもわかる。
また、先の戦争が76年前に終わったとき、国民の資産は猛烈なインフレでその価値が雲散霧消した。高額な配当の年金をかけていたのに、結局たばこ代にもならなかったっていう話も聞いた。そんなもんさ。

国家とはなんなのか。ここ何年か沈黙していた間、そんなことばかり考えてきた。

自分が何かを言ったところで、なにも変わらない。無力感だ。
それどころか、今や迂闊なことを言えば、自分と家族の命すら危険にさらす恐れがある。
そう思って、ひっそり暮らしてきた。俺も、世間様並みに、家族が大切なんだ。死ぬまで続く家のローンもあるしな。

けれど、多様性だのなんだの理想が叫ばれる一方で、ホームレスなんて死んだほうがいいと公言する著名人があらわるに至ったいま、国民のために働くなんて、あったりまえのことを標榜しておいて、このコロナ大流行の真っただ中にオリンピックだのパラリンピックだのお祭り騒ぎをぶちかまそうなんてインパール作戦みたいな狂ったことが異論を押しつぶしながら行われるに至ったいま、自分の小市民的な生活に沈潜し狷介孤高の徒として黙っているのは、なんだか狡いんじゃないかってね。

所詮、負け犬の遠吠えだ。わかってる、よ~くわかってる。でもさ、いつか子供が大きくなった時に、お父さんはあの狂った時代に、どう考えていたの?といわれて恥ずかしくないようにしたいじゃない。まぁ、それまで生きていたらの話だけどね。ぶっちゃけ出張中にコロナにかかったら、今の医療状況じゃ、生きていられる気がしない。ワクチンだって、品薄で打てなかったしね。

人間が、人間だからというだけで尊重される。
そろそろ、そんなルールにしないと、俺たちの社会は取り返しのつかないことになっちまうぜ。
気が向いたら、明日も会おう。源氏物語読んでるほうが面白かったら、書かないけどね。