2021/09/12

Post #1722

 今僕は、空港の中で工事をしている。

工具を持ち込むのには、厄介なセキュリティチェックが必要だ。工具がなくなったりしたら大騒ぎだ。見つかるまで、探し続けなけりゃ帰らせてもらえないんだ。

それというのも、20年前にアメリカで起こったような飛行機を使ったテロに、工具が使用されたり、液体爆弾が使用されたりするのを防ぐためだ。

一緒に仕事をしている青年は、僕より20歳ほど若く、あの大惨事があったことすらも、あまりはっきりと覚えていない。当然だ。この世知辛い世の中、個々の人間が生きていくには、自分が子供の頃や生まれる前におこった世界史的な出来事なんかに関わっている余裕はない。けれど、僕らは、その大きな潮流の中で生きている。これは間違いない。

僕らは幸い、小さなこの国が経済的に繁栄し、そこそこ安定した時期に生まれたので、この閉じた列島世界の中にいる限り、世界のどこかで起きているデカい事件とはかかわりなく暮らしていける。すくなくとも、そう感じている。

しかし、そうじゃない国は世界にたくさんある。アフガニスタンはその最たるものだろう。



Sweden

アメリカ同時多発テロは、ウサマ・ビン・ラーディン率いるイスラム組織アル・カイーダによって計画・実行された。ビン・ラーディンはサウジアラビアの富豪一族に連なるものだが、1979年のソビエト連邦によるアフガン侵攻に対するイスラム義勇兵つまりムジャヒディーンとして参戦し、アメリカの支援を受けながらソビエト軍と戦っていた。ソビエト軍が撤退した後、今度はアメリカを敵視するようになり、母国サウジアラビアを追放され、イスラム原理主義集団タリバーンが国土の大半を支配するアフガニスタンに身を寄せつつ、アメリカに対する様々なテロ攻撃を計画実行していた。その極めつけが、アメリカ同時多発テロだった。

当時のアメリカ大統領、ジョージ・W・ブッシュはビン・ラーディンを引き渡すようにタリバーン政権に申しいれたが、その証拠を示さないと引き渡さないとタリバーン政権は突っぱねた。ここから、アメリカはイギリスやオーストラリア、ドイツや日本などの有志連合を引き連れてアフガニスタンで戦争を始めた。

日本はもちろん、憲法の都合上集団的自衛権は行使できないけれど、ぶっちゃけ言って我が国はアメリカの属国だから、当時の小泉純一郎首相は早々にアメリカ支持を表明し、なんだかんだとお手伝いすることになる。

その昔湾岸戦争で金を出すことしかしないと、アメリカ様に酷評されたトラウマがあった。

それで、集団的自衛権を認めようとか憲法9条を骨抜きにしていこう、改憲して大っぴらにアメリカ様の戦争にお供できるようにしようという、近年の流れにつながっていくわけだ。

バーミヤンの大仏をぶっ壊したり、女性は頭から足先まですっぽり覆うブルカを着用し、ひとりで出歩くな、女子に教育なんか不要だと意気軒高、アメリカなんぼのもんじゃいと戦意旺盛であったタリバーン。同時多発テロの直前には、タリバーンの支配を寄せ付けない北部同盟の軍事指導者アフマド・シャー・マスード将軍を暗殺し、後顧の憂いものぞいたはずだったが、さすがに世界最強のアメリカ軍とその有志連合の攻撃の前には、タリバーンは一時期ほぼアフガニスタンから駆逐され、アル・カイーダもほぼ壊滅した。アフガニスタンには、国連の支援のもと新政権が作られ、大統領が選ばれた。ビン・ラーディンは2011年にパキスタンでアメリカ特殊部隊によって殺された。しかし、戦争は2021年8月31日まで続いた。それについては、また後日話そう。

アル・カイーダを支援していると疑われたイラクのサダム・フセインはとばっちりを受け、北朝鮮やイランなどと一緒くたに『悪の枢軸』と呼ばれた。

ちなみにかつては枢軸国とは、第二次世界大戦の際に、連合国と戦ったドイツ、イタリア、そしてわれらが祖国日本を意味していた。僕はブッシュの悪の枢軸という言葉を聞き、また同時多発テロが神風特攻隊を連想させるという欧米メディアの報道に、いささかうんざりした覚えがある。

挙句の果てには大量破壊兵器を開発しているという疑いだけで、アメリカ軍とイギリス軍にくそみそにやっつけられ、フセインは逃亡し、穴倉に隠れているところを引きずりだされて処刑された。疑惑の大量破壊兵器はどこにもなかった。我が国の隣国北朝鮮の指導者は、やっぱり核兵器を持っていないとアメリカにやられると悟り、核ミサイルの開発を最優先とした。

我が国の偉い政治家の皆さんは、これを契機に憲法9条を改めて、先制攻撃できるようにしたいと考えている。

独裁的ではあったが地域大国のイラクの政権が崩壊し、これまた独裁的な大統領が世襲しているシリアで内戦が勃発し、この地域にアルカイーダをはるかに凌ぐイスラムテロ組織、ISIL(Isramic State Of Iraq and The Levant)が台頭した。Levantとは、かつて人類最初の文明が花開いたとされる中東の肥沃な三日月地帯のことだ。

奴らはイラクからシリアにかけて支配地域を広げ、異教徒を虐殺し、女性をさらって性奴隷にした。イスラム教以前の遺跡を破壊しつくし、音楽もたばこもすべて禁止した。日本人も含めて、多くのジャーナリストなどがとらえられ、首を切り落とされ殺害された。まるでケンシロウのいない北斗の拳の世界だった。人権なんてものは、どこにもなかった。

こいつらとも、アメリカは戦わなきゃならなくなった。

地続きのヨーロッパはもちろん、アメリカやオーストラリアでも狂信的なイスラムテロ組織による、テロ事件は今日までやむことがない。

イスラームとは、平和を意味するにもかかわらず、穏健で平和を愛する多くのイスラム教徒が、世界中で差別され、ヘイトクライムの犠牲になった。アフリカではイスラム組織ボコ・ハラムが学校を襲い、女生徒を何百人も拉致したりしている。ミャンマーではイスラム教徒のロヒンギャ族が迫害され、ミャンマー国軍によって弾圧されている。

地獄の釜の蓋が開いたような21世紀だ。そして、イスラム教徒もキリスト教徒も、ヒンズー教徒も共産主義者も一切差別せず、まったく容赦しないコロナウィルスが、世界中で猛威を振るっている。

僕たちは、そんな時代に生きている。やれやれ。そうそう死んでたまるか。この世界の行く末を見定めてみたいもんだ。

今日も、耄碌して忘れてもいいように書いておいたのさ。お付き合いありがとう。

2021/09/11

Post #1721 あの日から20年たった

あの頃、俺は当時住んでたアパートの近所の通信工事屋で働いていた。 線路わきで通信ケーブルを引っ張ったり、天井裏に潜ってLANケーブルを引っ張ったり、地下鉄や高速道路の監視カメラを点検したりしていた。 今と変わらずあくせく働いていた。
その経験は、まったくもって今も無駄になっちゃいない。
今目の前にあることに、一生懸命に取り組まない限り、自分の道は拓けないんだ。
自由になるのに簡単な道はないのさ。
Hue、VietNam

しかし、そんな話は別の機会だ。
その日は、俺の住んでいる町から60キロくらい離れた町に行って、市の駐車場管理システムの点検をしていた。ほら、街中を走っているとどこそこの駐車場は空車で、どこそこは満車とかって表示してくれるのがあるでしょう、あれだよ。
町中を車で走り回っては、表示装置の脇に陣取って、制御装置のふたを開けて、電圧測定したり、点灯確認したり、なんやかんやするんだ。センターに詰めている奴らもいる。電話でやり取りしながら、テスト表示を確認したりしなけりゃならないんだ。
安い割に骨の折れる仕事だ。
仕事を終えて事務所に戻り、歩いて家に帰るころには、すっかり暗くなっていた。
家に入ろうと俺はポケットの中から鍵を出そうとしたんだが、鍵がない。
俺はかみさん(当時はまだ籍は入っていない)が仕事から帰ってくるのをぼさっと待っていたんだ。
当時の家は、新しく建ったばかりの2DKのアパートで、引っ越してそれほどの時間が過ぎたわけではなかったはずだ。鍵交換とかで、相場より割高な費用を請求されるのも癪だ。
かみさんが帰ってくると、仕事中に鍵を落としたことを伝え、当時乗っていた青いミニクーパーを転がして、遠路はるばる探しに行ったんだ。
記憶を掘り起こし、その日仕事で回った場所を一か所づつしらみつぶしに探してみた。
しかし、どこにも見つけられない。
諦めた帰り道、高速の手前の裏道の信号待ちで、後続の車に何かを手渡しに降りたことを思い出した。
そこに鍵はあった。
信号が変わる前に戻らなけりゃって、焦っていたんだろう。
俺はほっとして、満足感に浸りながら夜道を飛ばした。腹が減っていたんだ。
携帯電話が鳴った。かみさんからだった。
「どうした?鍵ならあったよ」
「いや、そんなことはいいけど、いまTVでやってるけどニューヨークで高層ビルに飛行機が突っ込んで大変なことになってるみたい」
なんだそりゃ?いったい何が起こってる?
「こわい・・・」
「いや、そんなのきっとなんか映画のワンシーンとかじゃないの?そんな馬鹿な事あるわけないだろ」
「あ、いま二機目が突っ込んだって。怖いから早く帰ってきて」
「わかった、急いで帰るよ」
俺は電話を切った。ハンドルを握りながら、何が起こっているのかさっぱりわからねぇ、まずは自分が電柱とかに突っ込まないようにするべきだと考えた。

家に帰って、TVを見ると、ニューヨークのワールドトレードセンターに二機の飛行機が突っ込み、ペンタゴンにもハイジャックされた飛行機が向かっているということだった。
冷戦は10年も前に終わり、アメリカは当時世界唯一のスーパーパワーだった。ソビエト崩壊後の混乱が続いていたロシア、今日ほどには国力を蓄えていなかった中国。誰も、アメリカには手出しできないはずだった。
イラクのサダム・フセインなんかが威勢よく吠えてみたところで、アメリカ本土にどんなダメージも与えることはできないことは、わかりきっていた。
アメリカの経済力と軍事力に対して、正面切って戦いを挑めるものはないと思っていた。
21世紀は始まったばかりで、戦争の20世紀は過去のものになり、人類は希望に満ちた時代を迎えたはずだった。
しかし、そうじゃなかった。アメリカの敵は、国家ですらなかった。

俺は思った。『世界がその凶暴で残酷な姿を、はっきりと現し始めたんだ。時代は変わったんだ』

あの日から20年たった。その日のことを忘れたくなくて記した。
以来、今日まで混乱は続いている。地獄の釜の蓋が開いたかのように。

2021/08/26

Post #1720

偉大なるドラマー、チャーリー・ワッツが死んだ。俺がストーンズのメンバーのなかで、一番好きなのはチャーリーワッツだった。強烈キャラの持ち主が多い印象のドラマーの中で、誰よりもジェントルでスマートだった。

御年80歳。病気療養のためにツアーに参加しないというニュースを先日目にしたばかりだったが・・・。心から冥福を祈るばかりだ。

しかし、ロックはとっくの昔に死んでいた。The Whoが、奴らはロックなんて終わってるっていうけど、構うもんか、ロック万歳だ、長生きするんだ!と歌ったのは、もう50年も前だ。ロック界のレジェンド超人たちは、みんな年老いたか死んでしまった。

VietNam中部のどこか

非難囂々のフジロックで、MISIAが君が代を歌ったことが、世間様の中では賛否両論だったらしい。それについて特に俺がどうこう言う立場にない。

ロック(なのかどうかは俺としてはよくわからないけど)が国家という体制に迎合したことへの失望の声、感動したという声。それに対して、ロックに対して反抗的だとか反骨だとかいうのがすでに時代遅れだという声。

あー、ロックはもうとっくに終わってるのさ。

次々に生み出されて、一般大衆に熱烈に受け入れら、ガツガツと消費され、すぐに忘れられてしまう商品ばかりだ。CDショップにはすでにろくなCDが売っていない。アルバムを作っても、もう利益が出ないんだそうだ。そう、ロックどころかロックビジネスもくたばりつつあるのさ。

どうせ商品だろ。いまどき反骨だとか反体制なんて言ったって、商品にはならないぜ。聞くほうもやるほうも、爺さんばっかりだしな。マイジェネレーションなんていっても、年金世代さ。

少年のころ、おじさんたちが50’sとか聴いているのを見て、どうしてこんな時代遅れの音楽をいつまでも聴いていやがるんだと思ったが、今じゃ俺の世代の連中はどいつもこいつも80年代のベストヒットとか聴いている。それと全く同じだったんだと、この年になって気が付く。うちのかみさんも、車の中でSpotifyでよく聴いている。懐かしくってセンチメンタルになるぜ。

ロックが反体制だ、反骨だというイメージを勝ち得たのは、その黎明期から黄金時代にかけてが、世代交代と価値観が刷新されていく時期に当たっていたからではないだろうか。

第二次大戦後に生まれたベビーブーマーが、人口の規模拡張に伴う経済成長と、その人口に物を言わせた圧力で、先行世代への異議申し立てと新たな価値観の提示を行っていく中で、ユースカルチャー自体が、旧来の文化や社会に対して、反体制で破壊的だと感じられたからなんじゃないかと、50を過ぎた私にはわかる。まぁ、若さとは、そーいうもんでありたい。

いずれにせよ、ロックはとっくに死んでいる。でなきゃ、デイサービスとかに通っている。

俺が私淑し続けている吉本隆明は、詩なんてものは自分の心に響いた一節を刻み、生きていく糧にすればいいようなものというようなことを言っていた。

出張中なので、きちんとした引用ができないが、吉本隆明の詩の一節を心に刻んで生きてきた人間がここにもいる。たとえばこんなんだ。


ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる

ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる

ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる

もたれあうことをきらった反抗がたおれる


これも、おれのなかではロックそのものだ。反抗だの反骨だの時代遅れとかいいたければ、言えばいい。俺は穏やかな家畜じゃないのさ。

ロックもそう、自分が気に入った曲を、心に刻み、逆境にある時、苦難の時、ひとり自分の心の中で反芻し、生きる糧としてあればいい。

偉大なるチャーリー・ワッツよ、やすらかに。