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| 二十年前の匂やかだった女たちのやうに 二十年後は、若いあなたも老いてゐるか 金子光晴『女たちへのいたみうた』より |
どこまで話したっけ?
そうだ、2025年1月5日の親父は病院で赤黒い肉汁のような小便を垂れ流すリビングデッドになっていた。
遡った別の時空では(それは今から17,8年も前だろうか?)、長年同棲していた女性と別れ、住処を失い、資産家の未亡人の持つアパートの一室に転がり込んだところまでだ。
時間軸とエピソードが行ったり来たりするんで、混乱するかもね。仕方ないさ、俺は自分の世界をそんな重層的なミルフィーユみたいなものとしてとらえてるんだから。
因果応報する多元時空だ。
その資産家の女とは、女が犬の散歩をしているときに出会ったらしい。
父は、性懲りもなく自分は息子を4人も私立の中高一貫校に入れて、京大だの東工大だのに通わせた(俺は地元の私立大学を中退だったがね)と自慢にもならない自慢で彼女の気を惹いたようだ。あほな息子を四人も私立の中高一貫校に通わせ、そこそこの大学を卒業させるには、それ相応の資本力が必要だからな。父にとっては、子供は自分の過ぎ去った経済力のトロフィーみたいなものだったんだ。だからドロップアウトして自力で人生をはいずるようにして生きてきた俺は、まさに鬼子、不肖の息子だったのさ。
ちなみに父は社会人になった息子を保証人して、何千万円も借金をしたりしたこともある。さすがに二度目にそれをたくらんだときは、俺が親父のところに出向いて、自分の子供にそんな負債を背負わせるようなことをするなら、この場で殴り殺すと宣言して止めたこともある。借金の保証人になれない不肖の息子は、暴力的なのさ。
親父は若いころから社長社長とおだてられて来たせいで、少しでも自分に利益になりそうな人、うまい儲け話を持ってくる人、甘言を弄して近づいてくる人のことは、すぐにいい人だ、いい人だと信用し、毎度裏切られてきた。
その一方で自分より貧しい人、生活のために懸命に働く人を軽蔑し見下すことが大好きだった。しかしですよ、地に足をつけて、本当に相手のことを思ってモノを言ってくれるのは、貧しさの中でも節を曲げず、懸命に生きている人たちだろ。
その資産家の未亡人は、父と同棲していた女性が、父より二回りほど若かったことから、まだ将来のある方だからとか何とか言って別れさせた。親父自身も、方々に土地やアパートをもってる資産家の未亡人のほうが、年はいってても魅力的だったんだろう。
本人たちは否定していたが、俺を含めた子供たちは、この資産家の未亡人と親父ができていると確信していた。俺は父がその未亡人の持つアパートに暮らしだしてしばらくしたころ、父の部屋で、その未亡人の娘の結婚式の写真にまるで彼女の父親のように相好を崩してだらしなく微笑む父の写真を見て、「あぁ、こいつはあれだ、俺たち血のつながった息子たちより、この未亡人の家族を選んだんだな」と思って妙に納得した覚えがある。
しかし、金の切れ目が縁の切れ目だ。太宰治先生もおっしゃっていたぜ。
苦労知らずの親父は、周囲の人間にそそのかされて建築関係の会社を立ち上げ、ブローカーのようなことを始めた。建築業のしょっぱさを骨の髄まで味わっている俺は、建築のケの字も知らない親父がそんなことを始めたと聞いて、あぜんとした。その会社の役員には例の未亡人がおさまり、彼女の持ってるアパートの内装現状復旧などをやっていたようだ。
しかし、そんな商売が長続きするわけもなく、未亡人との関係は冷えてゆき、残ったのは滞納した家賃、夜逃げしないように押し付けられた雑種の猫、未亡人への借金と、彼女からの軽蔑だった。
年金、どこかから見つけてきた信州みその販売代理人の仕事のささやかな収入、京大を出て上場企業に就職した独り身の息子からの仕送り、借金、そんなものでやりくりする危うい生活が続いていた。
そして何年もの間、早く出て行ってくれ、金を返してくれと催促される日々が続いていた。本来なら居住権という権利があるので、一方的に退去を迫ることはできないはずだが、そもそも賃貸契約すら交わしていない、男女間の馴れ合いから間借りすることになった手前、法を盾に争う気も、父には全くなかった。去勢された駄馬みたいなもんさ。夜中に電話がかかってきて、とっとと出ていけ!と罵られることもあったという。やれやれ・・・
父はその苦境を、近くの公園でラジオ体操をする仲間と出会い、彼らと損得抜きの関係を、おそらく人生で初めて結ぶことで何とかやり過ごしていたんだろう。
そして、2025年1月5日、父は大家である未亡人に、息子、つまり俺とともにアパートを借りに行く予定だとその場しのぎのウソをついていたのその日に、ラジオ体操から帰った後、インフルエンザによる横紋筋融解症で、足腰の筋肉組織が崩壊して倒れ、動くこともできなくなり、そのまま行けばお陀仏さんだったところを、たまたま訪ねてきたラジオ体操仲間に助けられ、救急搬送されたのだった。
やれやれ、やっと一本にまとまってきたぞ。気の滅入る話は読むほうも書くほうもつかれるもんだ。今日はもうやめるぜ。
俺の経験からすれば、怖くない女なんて地球には生息していない。君たちも変な希望も幻想も持たないことだ。

