2026/01/12

Post#1729 去年は正月早々ついてなかったんだ

2024年1月 飛騨古川から飛騨高山へ至る高山線の車窓から

今朝、起きたら雪が積もっていた。

雪を見るといろんなことを思い出す。生まれた日に静かに降っていた雪や、雪という名のあの忘れられない女性・・・(あー、宇宙戦艦ヤマトの森雪だと勝手に思っていてください。いろいろ詮索すると厄介なのでね。)

そして、一年前の正月に一人、雪に白く染まった飛騨古川の町を、寒さに凍えながら歩いたあの日を思い出す。

去年の一月、正月休みに飛騨高山まで家族で一泊旅行した時だ。

飛騨高山、風情のある小さな町だ。電車好きな息子がJR東海のハイブリッド特急HC85に乗りたいってんで、高山に行ったんだ。

高山は小さな町だ。子供と一緒に街をぶらついても知れている。それに思ったほど雪も積もっていなかったしな。で、バスに乗って隣町の飛騨古川まで行ったんだ。

女房子供は少し人気のない街を歩いただけで、寒さに音を上げて帰ってしまった。

仕方ない。俺は一人で白い息を吐きながら雪を踏みしめながら、写真を撮って歩き続けた。

デジタルだ。ボタン一つでせっかく撮った写真が消えてしまうデジタルは使わないと豪語していたセバスチャン・サルガドだって、晩年の大作Amazoniaはちゃっかりデジタルだった。

下々の俺がSONYのコンデジで写真を撮ってても、おかしくないだろう。フィルムが高くて子供の教育費やらローンやらで汲々としている俺には、フィルムはCoCo壱番屋なんだ。

飛騨古川 2025 01 
そんな俺の横を、女房子供の乗ったバスは通り過ぎて行った。OK、君たちは快適なホテルの部屋の中でまったりリラックスしてくれ。俺はいつだって向かい風の中吹きっさらしなのさ。
で、一通り町をうろつき回り、電車に乗って高山に戻っても、一人凍てつく寒さの中、写真を撮って歩いた。
飛騨高山

あまりの寒さに、観光客の一人も歩いていない。日が暮れると古風な街並みの商家はすぐにしまってしまうからな。どんとこいだ。何時間もそうして歩き続け、腹も減ったので俺はホテルに戻り、女房子供と合流したんだ。
そして次の日には宮川沿いの朝市に行ったり、息子と一緒にスタンプラリーをして歩き回ったりして、夕方にはなんとかその景品の湯の花なんかもらって帰途についたのさ。
飛騨高山 宮川
こうしてささやかな家族旅行を楽しんだ小市民のもとに、一夜明けた1月5日、一人で暮らしている父親が救急搬送され入院したという知らせがもたらされたんだ。
インフルエンザのくせに、朝、ラジオ体操にいき、そのあと筋肉の成分が血液中に溶け出す横紋筋融解症という症状を起こし、廊下で何時間もぶっ倒れていたのが見つかり、救急搬送されたのだという。そう、庄六じいさんが死に、俺が生まれた市民病院へ。

それが、2025年のけちのつけはじめだった。
やれやれ、人間そこそこの年になると、こんな目に合うものさ。君たちもまだなら楽しみにしておくんだな。楽しいときは続かないが、憂鬱な話は続くったら続く。

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