2013/04/15

Post #784 A Pressman In Marrakech

Mr. Pressman in Marrakech
マラケッシュの宿から、宿の番頭のような立ち位置のハキム青年の道案内で、フナ広場へ向かう道すがら、道端でおばあさんがハリーラというスープというか、薄いおかゆのようなものを売っていた。朝は結構肌寒かったので、道端で湯気を立てている寸胴鍋の湯気に引き寄せられるようにして、一杯所望した。旅先では、現地の人の食っているモノを、極力食べるのが、俺の基本方針だ。
そうじゃないと、分からないことがたくさんある、ような気がする。
ハキムによれば、外国人が道端で売っているようなハリーラを食べることは、あまりないんだそうだ。ふむ、好奇心が足らないぜ。少し塩味の薄い粥といった風情だ。ガイドブックに載っているハリーラはもっといろいろ入っていたようだが、庶民の皆さんの食べるのは、まぁ、こんなとこだろう。
病人食みたいな印象が残っている。けど、うまかったなぁ。日本人向きだろう。
その辺の家の扉の前に佇んでいるおっさんたちも、ハリーラをすする俺を珍しげに見ていた。
一緒にハリーラをすすっていたおっちゃんは、マラケッシュでも有名な新聞記者のおじさんだったそうだ。ハキムに紹介されて挨拶し、握手した。そして、その意志の強そうな新聞記者のおっちゃんの写真を撮らせてもらったという訳さ。
おっちゃん、元気にしてるかなぁ。

2013/04/14

Post #783 いつか、旅の果てに

Morocco
昨日の夜中、NHKの教育テレビで、何年か前にやっていたアジア語楽講座っていう、語学番組を見ていた。バリ島でインドネシア語、イスタンブールでトルコ語。どちらも懐かしい。
もう一度、行ってみたいもんだ。

いつの日か、どこか旅の途上で、ふと疲れを感じ、道端に座り込み、少しだけ目を閉じて眠るつもりで、そのまま目を覚まさない。そんな最後を迎えられたら、自分としてはサイコーだ。

しかし、これって傍から見れば行き倒れってことになるんかいな?後始末がいろいろと厄介だろうけど、自分が死んじまった後のことなんか、心配したって仕方ないよな。どうだっていいさ。
ちょっと、そこらに棄てといてくれたら、それでいいさ。

しょせん、死ぬのはいつも他人ばかりさ。自分が死ぬ時のことなんか、自分自身は消えていくんだから、感じることすらできはしないんだからね。
読者諸君、失礼する。

2013/04/13

Post #782 Au Eglise de La Sainte Trinité

Paris
スポーツ指導者による、暴力が頻発している。
そんなのは、俺の子供の頃にもあった。おかげで、俺は体育会的なメンタリティーが好きになれない。自分に言い返すことや殴り返すことのできない、弱い立場の子供たちに、暴力や暴言をふるうなんて、イカしたおとなのすることじゃ、ないね。
読者諸君、失礼する。