2015/02/27

Post #1423

Helsinki,Finland
俺はカミサン(いつも出てくるが、籍は入れずにもう20年も一緒に暮らしている。忍耐強い女性だと思う)に、毎日のように働き過ぎだと叱られている。
現に、毎日夜勤で働いてるので、生活はすれ違いだ。カミサンの顔を見るのは朝の5分、10分というありさまだ。
だからこそ、長いこと続いてるのかもしれないな。たいていの奴は、俺と三日も一緒にいれば疲れ切るかうんざりするだろうというんだ。俺のテンションが高すぎるんだとさ。

冗談じゃないぜ。疲れ切ってうんざりしきってるのは俺の方だってのに。
坂道を上るのにアクセルを踏むように、テンションを上げていかなけりゃ、人生の坂道は登っていけないだろう。力を抜いたら、まっさかさまに没落するのが自分でよくわかってるんだ。何しろ俺はダメ人間だからな。意志の力で乗り切っていかねばならぬのさ。

しかし、寄る年波だ。悲しいが肉体にはどんよりした疲労が残ってるぜ。整体に行くと、単なる筋肉痛だって言われるがな。
俺がそんな思いをして稼いだ金は、いったいどこに蒸発しちまってるんだ?
不思議ったらないぜ。

で、かみさんが言うには今度の4月、ヨーロッパに海外出張に行くんで、その行程に合わせて合わせて俺もヨーロッパを旅行するとイイっていうんだ。

働き過ぎだから、仕事から離れてゆっくりした方がイイっていうんだ。

そいつは結構だ。人生が仕事だけで終っちまったら、虚しすぎる。大賛成だ。今すぐにでもとんずらしたい。しかし、仕事を放り出していくわけにはいかないだろう。
その頃には、円安が落ち着いてるとありがたいけれどな。

スペイン、スウェーデン、デンマーク・・・。そのあたりを仕事で回るらしい。
日程的にスペインは難しいかもしれないけど、スウェーデンやデンマークなら何とかなるかもしれないな。
あそこらあたりは世界でもっとも福祉が行き届いており、高い幸福度を達成しているとされる地域だ。
しかし、それはそれでいろんな問題があるだろう。
当たり前だ。人間の生きるところ、問題はいつだって山積みなんだからな。
とりわけいまヨーロッパで問題になってるのは、やはり移民として取り込んだイスラム教徒を、どうやって社会に取り込んでいくかってことだろう。
不穏な事件も続いていることだしな。
で、カミサンが向うでじゃんじゃんバリバリバリ仕事してるあいだ、カメラを持って街をうろついて、その空気だけでも感じ取ってきたいものだ。

感じることが、世界を理解するためには必要なんだぜ。
そう考えれば、今回の話はいいタイミングだと俺には思える。

単なる思い込みだって?なぁにかまうもんか。

そう、いつだって意味を見出すのは、自分自身なのさ。
偶然を必然として受け取るのも、自分自身なのさ。
そうして、人生は転がり出すんだ。


読者諸君、失礼する。
春のヨーロッパか・・・。そいつぁいいな。マロニエは咲いているだろか?

2015/02/26

Post #1422

Boudhanath,Nepal
ここんところ、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』ちゅう本が巷で大人気だ。
俺の予想では、今はメディアの連中も大騒ぎしているが、熱しやすく冷めやすい、そしてなおかつ忘れっぽい我が国の国民性を考えると、一過的なブームで終ることは間違いないように思える。
俺も近々、ブームに便乗してみすず書房から出ている翻訳書を買って読んでみようと思ってるんだれど、いかんせん完膚なきまでに金がないので、もう少し先延ばしというわけだ。読んでもいないのに俎上にのせるとは、俺もなかなか肝が据わっているってもんだ。ダッハッハ!

ピケティ氏の言っていることは、方々で紹介されているし、高額でページ数の多い翻訳書だけでなく、柳の下の泥鰌的な多くの解説書が出ているので、いちいちここで俺が説明するような事ではないだろう?
けれど、報道等で目にするところから大まかに言ってみれば次のようになるようだ。

①資本は富裕層に集中してゆく。

②これによって、社会の格差は拡大していく傾向にある。

③社会の格差が拡大してゆけばしてゆくほど、経済的な成長は鈍化する。

④それを防ぐには、逆累進性が強い消費税を見直し、累進性の強い所得税に力点を置き、富裕層の富を、再分配する必要がある。

陋巷暮らしの貧民にして、一を聞いて十を知る(が、2から8が抜けている)と言われている俺からすれば、全て自明の理なんだけれど、アカデミズムの世界ってのは仮説を立て、データに基づいて検証し、その上で初めて世に出され、評価されるというものだから面倒極まりないものだ。
余談ながら、俺が世間一般でイマイチ評価されないのは、その地道な努力が欠けているからだって思えるよ。
とはいえ、マルクスの『資本論』(俺は挫折したけどね)は、膨大な例証を積み重ね、その事実の重みによって論を展開していたし、いかなる学問というものは、思い込みを排して、謙虚にデータに向かい合うことが必要なんだってのは、よく理解してるつもりだ。

だからこそ、トミー(トマってのはトーマス=トミーのフランス語読みだからね)の労作を、近々手に入れて読んでみたいと思ってるのさ。
たまには、地道な努力をしてみるつもりさ。

今日まで歴史も経済も、歴史の舞台上でスポットライトを浴びる人間や、巨大な資本を操り世界経済の潮流を左右してゆくようなパワーを持った者たちをテーマにおいて語られることがほとんどだった。
しかし、世界を本当に構成しているのは、一見、自分のことしか考えないような、フツーの人々が大半なんだ。そして、フツーの人々なんてのは、世界でブイブイ言わせている富裕層の方々からご覧いただくと、アリンコみたいなとるに足らないものに見えるのかもしれない。
その証拠に、発展途上国の経済や政治は、先進国の経済や政治に常に翻弄されてきたし、庶民の感覚が、政治に反映されることはほとんどない。この日本では、政治家なんてうなるほど資産を持っている富裕層にしか勤まらないものだからだ。

そして、俺たちの社会は行き詰っている。水面下で秘かに、新たな階級社会へと近づいている。
いやぁ、参ったなぁ…。
希望は戦争しかないとか、イスラム国に憧れるだとかってのも、そんな社会の閉塞した退行的な動きへのリアクションだと思えるぜ。

そろそろ俺たちは、大多数の貧乏人を基準にして、社会を考えていかなければ、どうにもならない時期に差し掛かってるってことさ。

読者諸君、失礼する。忘れたころに、この本について触れることだろうさ。どんな学問だって、人間の幸福に役立たないようなものは、世界をよりマシにしないようなものは、何の意味もないのさ。

2015/02/25

Post #1421

Boudhanath,Nepal
Bloggerを開いてみると、Warningが掲載されていた。

『3 月 23 日より、露骨な性描写を含むコンテンツは Blogger に掲載できなくなります』だそうだ。

『2015 年 3 月 23 日より、露骨な性描写やヌードを扱った画像および動画を Blogger で一般公開することはできなくなります。

注: 芸術、教育、ドキュメンタリー、科学などの、公共の利益を目的とする裸体像の掲載は許可されるものとします。』


やれやれ、厄介だな。

露骨な性描写ってのは、無いつもりなんだが、これを判断するのは俺じゃない。グーグル先生だ。
ご苦労なこった。
芸術的なもの、科学的なもんとかはおとがめなしってんだが、それを判断するのは俺じゃない。グーグル先生だ。
これまた、ご苦労なこった。クソ!

まったく性的なものが含まれていないわけじゃない。
この世界ってのは、性的なもの抜きには存在しがたいものなんだから。
もっと言えば、その辺のクレーンの写真に欲情する奴だっているかもしれないしな。何が露骨に性的かなんて、さっぱりわからないぜ。

思えば、Post #1050アムステルダムの土産物屋の店先で撮ったトランプは、思いっきりちんやまんが写り込んでいた。むかし、おっぱいパブで撮った写真Post #332も、思いっきりチチが写っているのがあったな。アレはカミサンに叱られて削除したっけ・・・。

それも過去のブログには掲載されているので、俺のブログが新しいアダルトコンテンツポリシーに抵触する可能性がまったくないとは言えない。俺が問題ないと思ってるものでも、グーグル先生が問題だと思ったら、アウトだ!

抵触するとどうなるか?

ブログは限定公開にされてしまうわけだ。限定公開にするということは、予め俺の方で読者としてメールアドレスなどを登録した常連さんだけが、いちいちログインして初めてこのブログをみることが出来るということだ。

面倒くさいったらありゃしない。
終わったな。
そんな措置が取られたら、俺はこのブログ、店じまいするよ。
どうせたいして反響もないし、ほとんど誰も見ちゃいないんだからな。

それが嫌なら、そういったたぐいのコンテンツを、3月23日までに削除する必要があるというのだ。

もう既に1400回以上続けているんだぜ。それをいちいち精査して問題のありそうな画像を削除するってのは、この忙しいのに骨が折れる大仕事だってことだ。だいたい、、俺がOkだと思っても、世間はそう思ってはくれなかったりするのは、毎度のことだ。俺の常識と世間様のそれは、1オクターブくらいはずれまくっているんだからな。

やれやれ。あまりにくだらない話で、思わずため息が出てくるぜ。

かつて、P-Funkの総帥ジョージ・クリントンはとんでもなく素晴らしい名言を残している。

曰く“All Good thing is NASTY”つまり、『全て良きものはいやらしい』

まったくそう思うぜ。この世の中がこんなに息苦しいのは、みんな根は好色なくせに、そんなそぶりを見せることなく、自分たちを抑圧しているからだって思えるよ。どいつもこいつも、真面目になろうとして、愚かしい結果を招いている。愚かしいことに真面目に取り組んでみるという逆転の発想は、どこにもないものだろうか?

葛飾北斎の描くところの春画とか見てみるとイイ。
すごくおおらかで、愉しそうな性行為が、北斎の天才的にのびやかな筆致で描かれている。
北斎はしばしば調子に乗って、詞書まで書いている。これがまためっぽう面白い。
思わず笑い出さずにいられないほど、おおらかで、セックスってのは愉しいものだと思えてくるぜ。

葛飾北斎にしても天才荒木経惟にしても、素晴らしい芸術は猥雑と紙一重だ。その紙一重を、どうやってグーグル先生はジャッジするのだろう。

不思議だぜ。どうして性的なものが忌避されるのか。俺にはいまだによくわからない。

誰だって、持ってるものだろう?ありふれたものだぜ。

誰だって、性的な行為を通じてこの世に産み出されてきたんじゃないのかよ?
因みに言うと、俺はストイックに見えるけれど、あっちの方も大好きだぜ。
そもそもエロスってのは、未知なるものの探求を意味してるんだからな。

やれやれ、やるせない気持ちだよ。

①それまでに物議を醸しだしそうなものは、悔しいけれど削除したりするべきか?

②それとも焼き海苔みたいに、思いっきり黒の線でもいれておくとするか?

③乳首には昔の週刊プレイボーイの広告みたいに☆でもつけておくとするか?

④それともいっそ、悪名高いFC2にでも引っ越すべきか?

⑤限定公開にされても、好き勝手にやり続けるべきか?

俺は是非、君たちの意見を承りたい。

読者諸君、失礼する。まったく世知辛い世の中でござんす。
There is No easy Way to be Free!
自由への道のりはいつだって平坦じゃないのさ。