2015/06/09

Post #1525

Barcelona
先日、この写真をプリントしていて、言いようのない憂鬱な気分に落ち込んでしまった。憂鬱な気分に引きずられるようにして、風邪までひいてしまったほどだ。

昨日話したバルセロナのカフェには、一台のスロットマシンが設けられていた。
そして、俺がカミさんとコーヒーを飲んでいると、一人の太った老女が店に入ってきて、カウンターに向かってなにやら注文するや否や、このスロットマシンに飛びつくようにしてかじりつき、小銭をどんどんつぎ込みながら、何度もプレイしはじめた。財布を握りしめ、1プレイ終わると、すぐに小銭を投入して、またプレイし始める。何度も、なんども。ギャンブル依存症なんじゃないかって思うくらいだ。

日本では、公設カジノを設けて観光客の誘致をしようというようなふざけた議論が、世間知らずの坊ちゃんたちの学級会ともいうべき国会なるところで議論されているようだが、俺自身がいろいろと世界を旅してみたところ、日本ほど大っぴらに賭博が行われている国は、見たことがない。そりゃマカオみたいに町全体が賭博場の様な所もあるが、それはあくまで特殊な事例だ。あそこの主要産業はカジノだからな。
日本全国、どこに行ってもパチンコ店がある。競輪、競馬、競艇など公営ギャンブルも大っぴらに御開帳されている。どのギャンブルも、親方日の丸だ。
ついでに言えば、世界で最も手軽に性的なサービスにありつける、つまりもっとストレートに言えば、女を買えるのも、この日本だろう。

カジノはどこの観光地にもある。とはいえ、それはあくまで観光客向けのものだし、ハンブルグの裏町でみたカジノに至っては、そこに入ったら身ぐるみはがされないと出てこれないようなヤバい雰囲気が漂っていた。けっして、一般庶民がカジノで身を持ち崩すことはなさそうだ。もちろん、どこにでも例外はあるだろうが。
で、人々は日々の暮らしのやるせなさと、その双子の兄弟ともいうべき射幸心を、このようなカフェの片隅のスロットマシンにゆだねるしかないのだろう。

スロットマシンにかじりつくこの女性の姿から、俺は彼女の生活を想像してみた。
この女性は、むくむくと太っているが、服装もどこか薄汚れていたし、幸薄いオーラが立ち込めていたからだ。なにより、スロットマシン以外は、眼中にないといった様子が、俺にはどこか病的に見えたのだ。
余計なお世話かもしれないが、それはお世辞にも幸せという言葉から縁遠いもののように思われた。彼女の心の穴を埋めるものは、スロットマシンしかないのだろうか?家族と呼べる人はいないのだろうか?
ありえないことではない。

考えても見てほしい。彼女も生まれながらに年老いていたわけではないだろう。そして、みっともなく太っていたわけでもないだろう。
彼女にも、希望にあふれた時代はあったことだろう。友人と夢を語り合ったり、恋人と愛を交わしたりしたことだろう。精一杯着飾り、人生を愉しんでいた時期だってあったはずだ。
しかし、いまの彼女の姿から、その片鱗を見出すのは、なかなかに難しく思える。

誰の人生も、足早に過ぎ去ってしまう。俺たちに与えられた時間の、なんと儚く短いことだろう。けれどそれは、他人ごとではないんだ。たった一度しかない人生を、能う限り良く生き切ることこそが重要なんだ。でも、どうやって?
そして、スロットマシンに魂の救済をゆだねているように見える彼女の姿は、俺たちの誰もが無縁のものとは、決して言い切れないんじゃないかと俺には思えるのさ。

そう思うと、いてもたってもいられないような思いに駆られるとともに、自分が無駄に年を取りすぎたことを思い、何とも言えないわびしく憂鬱な気分に陥ってしまったって訳さ。

子供の写真を撮るのは、未来に希望を見出したいから。
女性の写真を撮るのは、男性の俺にとって、どこまで行っても女性は未知の世界だから。
それに比べて、老人の写真を撮るのは、あんまり愉しいものじゃないな。

この短い人生で、本当に大切なものは何か。俺たち自身にとって、幸せとは何か?それを日々考えながら生きていきたいもんだぜ。きっとそれは、そんな大それたものじゃないはずだ。

読者諸君、失礼する。想像力を働かせてみれば、一枚の写真から受け取るものはたくさんあるんだ。

2015/06/08

Post #1524

Barcelona
風邪なんかに負けちゃいられないと思い、焼き肉をしてみたんだ。アメリカ産の牛肉を、がつがつ食ってみたのさ。誰が何と言おうが、俺は肉食系中年だからな。あまりにたくさん肉を食ったってんで、家人に呆れられ、かつ叱られてしまったくらいさ。
そうしたら次の朝、いつもの痛風で足の指の付け根が痛くなってしまった。
予想通りだ。まったく、マンガのようなていたらくだ。
まぁ、この痛みには慣れっこだ。痛みどめさえ飲めば、どうってことないんだぜ。ちょろいもんだ。こいつのおかげで、俺は生命保険に加入できないのさ。

バルセロナのカフェにて。

ヨーロッパでは飲食店の中では禁煙なので、煙草の吸いたい奴は、雨が降ろうが風が吹こうが雪が降ろうが、外だ。
しかも、このカフェは入り口の横に小さな丸テーブルが置いてあるだけ。つまり立ち飲みだ。

それでも、おっさんたちは渋いコーヒーと煙草を愉しんでいる。
ヨーロッパでは、1mgなんてスカスカの煙草を吸ってるような奴は、お見受けしなかったな。

煙草は、誰が何と言おうと緩慢なる自殺行為だ。人生が退屈で仕方ないから、みんな煙草を吸って、終わりを早めようとしているのさ。
拳銃と度胸があったら、わざわざ煙草なんか吸い続ける必要もないだろう?

読者諸君、失礼する。

2015/06/07

Post #1523

Barcelona いかにもエスパニョーラって感じの娘っ子だな。
風邪を引いたおかげで、ひねもす食べて眠り、眠っては食べてを繰り返す。
豚の生活だ。
いくらでも眠れそうだし、いくらでも食べられそうだ。しかし、それがまた鬱の症状と似ているので、ふと不安になる。
タバコに関しては、丸一日以上吸っていないんだがな。
思うにあれは、退屈だから吸うもののような気がする。
こうしていても吸いたくて仕方ないんだがな。
ニコチン1mgとかのヤニのない煙草を、みんな吸っているけれど、そんなもの吸うくらいなら、すっぱりやめてしまいたいぜ。
ちなみに俺が、ここ何年か吸ってるラッキー・ストライクはニコチン11mgだ。
タバコらしい味がする。

正直言って、俺は自分を持て余してるのさ。俺のエンジンは特大なんだ。
だから、のんびりしていると、かえっておかしくなっちまう。
過酷な仕事で寝る暇もないくらいじゃないと、充実してるように思えないんだ。

読者諸君、失礼する。