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| 世界の街角から うーん、どこだっけスウェーデンのヘルシンボリだったかな |
毎日暇そうだなって思われているだろうな。
暇だよ。いろいろあって仕事の契約を切られてしまったからな。それは仕方ない。身から出た錆だ。誰を責めるわけにもいかない。潮時だったんだ。で、方々に声をかけて仕事くださいって言ったところで、早々急に仕事が降ってくるもんじゃない。やることなんて掃除洗濯料理、そして読書くらいしかないんだ。無芸大食だ。まるで老後の暮らしだ。こんなのが死ぬまで続くのかと思うとぞっとする。仕方ないからひまつぶしに毎日書いているってわけだ。
さて、昨日の続きだ。
祖父の庄六は、そのうちに徐々に持ち直し、ノブちゃんの弟のたちと商売をするようになったようだ。町で雑貨店を営んでいたと聞いたことがある。ノブちゃんの行商が発展したものだ。その頃には俺の親父の豊明も小学生になっていたことだろう。
のんびりした時代で、掛け売りした商品の集金に自転車で回ることも度々だったという。しかし、庄六さんは根っからの善人で商売に向いていなかった。エリート商社マンだったはずなんだが、もしかしたら戦争で根本的に価値観が変わってしまったのかもしれない。
集金に行き、貧しい相手に今日食べるものを買うお金もないと泣きつかれると、仕方なく集金を次回に繰り延ばし、それどころかよそで集金してきた金も与えてしまうような人だったという。
その点、当時まだ小学生だった俺の父・豊明のほうが、情け容赦なく売掛金を回収してきては商売人らしさを発揮していた。
そんな寛大な庄六さんは周囲の人々からは好かれていたが、家族の生活は苦しかっただろう。にもかかわらず夫婦仲はよく、先妻の豊子さんの子である俺の父の豊明、ノブちゃんの子のあさチャンの後に娘が三人、男子が一人と次々生まれた。そりゃ、ノブちゃんも行商どころの騒ぎではない。貧乏の子だくさんだ。
このお人よしな性格のせいで、後に入来町の店も人手に渡り、ノブちゃんの弟たちも含めた一家は新天地を求め、岐阜へと移住することとなる。それはまたのちの話。
そんな庄六さんが集金に行った帰り、峠道を自転車で走っていたときのことだ。
庄六さんはその時、相手先で一盃ごちそうになり、上機嫌で暗い峠道を走っていた。すると急に強い風が木々を揺らし、ゴーっ!と列車が通るような音が上から聞こえてきたかと思うと、峠道の上を大きな火の玉が飛んで行ったという。
普通、火の玉が頭上を飛んでいくと自分の魂も持っていかれて、頓死してしまうと信じられていたようだが、幸い庄六さんは酔っぱらって上機嫌、心ここにあらずという有様だったので、腰を抜かしてひっくり返っただけで済んだのだという。(とはいえ、のちに火のついた練炭を取り落とし、入院していた病院で死ぬという運命が待ち受けていたわけなんだが。)
まるで水木しげるの世界だ。眼鏡をかけて出っ歯の主人公が、ハフッ!とか言って目を回して卒倒する一コマが目に浮かんでくる。
祖母からは、峠道などで急に体がだるくなり動けなることがある。そんな時は、昔そのあたりで行倒れて死んだ者の魂が憑りつき、その死者の味わった餓えや疲労が自分の身に生じるのだと聞かされた。そんな時は手に米という字を指でなぞり、その手のひらを舐めるとよいとも聞いた。
この話から察するに、その人魂はその峠道で力尽き、命を落とした人のものかもしれない。
読者諸君、今日はこれで失礼する。暇なのは暇だけど、本屋に注文したトマ・ピケティの新刊を受け取りに行ってこようと思ってるんだ。


