2026/01/27

POST#1742 本なら売るほど・・・売らんけど

名古屋

 家にある本の整理を進めている。

といっても、処分したりしているわけじゃない。一体何冊の本があるか、どんな本があるかすべて携帯電話のアプリに登録して分類しているんだ。
まだ、少し残ってはいるが、いまのところ1850冊くらいまで来た。
うち写真集はざっくり220冊ってところだ。
絶滅危惧種の動物を発見して保護するように、希少本や限定版を見つけると家に連れて帰った。海外旅行に行ったときには、見たことのない写真家の写真集をトランクに詰め込んだ。
そうして集めた写真集だ。
森山大道や荒木経惟が多いが、それは好みというものだ。
メイプルソープ
サルガド
クーデルカ、
ウィリアム・クライン
藤原新也
東松照明
ヘルムート・ニュートン
中藤毅彦
中平卓馬
スティーブン・ショア
金村修
エレン・フォン・アンワース
イリナ・イオネスコ
細江英孝
深瀬昌久

ここには書ききれない。なかなか手に入らない本も多いと思う。

カミさんは増え続ける本にうんざりしている。
友人は、写真集カフェでもやったらどう?ってさ。
それも悪くないな。オーティスのレコードでもかけながらね。
ほとんどみんな写真集 死んだお爺さんの春画の本もあるけどね

俺の住んでる町はモーニングセットの発祥の地だ。
喫茶店に朝行くと、コーヒーを頼むだけでトーストやサラダ、ヨーグルトなんかが付いてるというのがモーニングセット、略してモーニングだ。昔は小さなうどんがついてきたり茶碗蒸しがついてきたりする店もあった。
俺の死んだおじさん(あさチャンの旦那)も俺の住んでる町で小さな喫茶店をやっていた。
あさチャンのこどもは娘一人しかいなかったので、俺は御幼少のみぎりから、おじさんの息子のようにかわいがられた。正月が来るたびに小学生の俺にビールを飲ませてたのもこのおじさんだ。
若いころは俺の親父の会社で働いていたこともあるそうだが、親父と性格が合わなくてやめた。曲がったことが嫌いで、豪快、言いたいことは言う、そんな人だった。
俺が高校生のころ、小さな自分の店を開き、小商いではあるが癌で亡くなるまで続けていた。死ぬ直前まで、がんで病みつかれてやせ衰えても、家から片道10キロを自転車で通い続けたおじさんだった。決して儲かっていたわけではないけれど、自分の仕事に誇りを持っていた人だった。葬式には大勢のお客さんが来てくれたっけ。
若いころ、鬱屈したことがあれば、このおじさんの喫茶店に行き、コーヒーをすすりながら煙草を吸い、お互い何も言うわけでもなく、時を過ごした。
どんな事情や鬱屈を抱えているか、おじさんはそんなことは聞かない。けれど、自分はお前のそばにいるから安心しろという、無言の父性が伝わってきた。
そしてコーヒーを飲み干し、少年ジャンプを読み終えて、なんだか気分が軽くなり帰る時には尾張弁で「またいりゃあ」とかならず言ってくれた。懐かしいな。

俺は、おじさんのような大人になれているんだろうか。

いま、その店があったところには大きなビルが建っている。おじさんの店の向かいにあったエヴァーグリーンハウスって名前のアナログレコード屋もとっくになくなった。
もう30年くらいまえのことだ。

おじさんの喫茶店の名前はONCE MOREだった。
諸君、失礼する。今日も暇を持て余しているのさ。

2026/01/26

POST#1741 暇人はろくでもないことに金を使うのさ

名古屋市中区、堀川沿い
仕事の打合せに行ってきた。
ご存じの通り俺は内装工事業なんだけど、打合せくらいはクールなスーツにセンスの良いネクタイをしていきたい。よれよれの作業服で、疲れ切ったよれよれのおっさんをたくさん見てきた。疲れていてもクールでいたい。
腕時計はしない。シャツの袖がすり減るし、仕事でしてると、仕上げを傷つける。
指輪も同じだ。塗装面や仕上げ面を傷つけてしまいたくない。
だからせめて、ネクタイピンは欠かせない。
センスの良い小物が、キャラクターを際立たせるんだ。
俺のタイピンはレコードプレーヤーのアームの形をしているんだ。
ここんとこ毎日、仕事もなくリビングで古いアナログレコードを聴いて暮らしているからな。はるか昔の10代に買い求めたものがほとんどだ。

レイ・チャールズ
ジョン・リー・フッカー
アレサ・フランクリン

渋い。ちゃちなスピーカーからでも、アナログレコード独特の分厚い音がする。
人間のむせるような体臭までスピーカーから出てきそうだ。

しかし残念なことに、若い頃に買ったSONYのレコードプレーヤーは、ヨレヨレだ。キュルキュルと回転軸の油が切れたような音がする。

気になるな。

ただでさえ、俺はいつもキーンという音叉の音みたいな耳鳴りに悩まされてるんだから。

で、新しくレコードプレーヤーを買うことにした。
どうせなら、USB出力端子がついていて、デジタル化できるのがいいな。
ベルトドライブにするか、ダイレクトドライブにするか、それが問題だ。
俺の心がほぼオーディオテクニカのダイレクトドライブに傾き、アマゾンでカートにとりあえずぶっこんで金策を考えていると、SONYからメールが来た。俺は携帯もヘッドフォンもずっとSONY。コンデジもSONYだ。
なになに、メールには新しいレコードプレーヤーがカミングスーンだと記されていた。
なんだって!?
道理で現行のものがないわけだ。
ベルトドライブで、USB出力デジタル変換可能。Bluetoothで接続可能だ。オーディオテクニカも捨てがたいが、デザインがシンプルでうるさくない。何よりこのタイミング…。

俺に買えってことだな。

それはソニーのサイトにアクセスし、お誕生日割引も使って予約したのさ。
待ってろよ、俺のヴァイナルども!
俺が小学五年生で初めて買ったレコード盤・YMOのマルティプライズも待ってろよ!
どうせ俺は仕事を切られた暇人なんだ。金のことは後で考えさせてもらうさ。音楽がなかったら、俺はここまで生きてこれなかった。この糞が扇風機にぶつかったような人生の、第四コーナー曲がった後の墓場までの一直線を、このレコードプレーヤーとともに生きていくんだろうよ。ざまぁみろ!

2026/01/25

POST#1740 神頼み

辛夷かな?
昨日、車のお祓いに行ってきた。

去年の暮、京都の仕事で契約解除された後、持ち込んだり買い足したりした道具や、京都の丸善で買いためた本を引き上げるのに車が必要だったんだ。

そして京都に行く道すがら、ぼんやりしていて追突してしまったのだ。

これが俺も相手もプロボックスのハイブリットで苦笑いしてしまったのだが、追突する前の意識が完全に飛んでいて、気が付いたら車が目の前にいて、急ブレーキを踏んでも間に合わなかったんだ。俺にはサングラスを外すために一瞬目を離したすきに車が現れたようにしか感じられなかった。

車がぶつかる瞬間は、時間がスローモーションのように、ゆっくりと流れる。粘性の高いグリスの様にだ。むかし、高速道路でスピンして、追い越し車線から路肩まで三度もぶつけまくった末に命拾いした時も、そんな感じで時間がゆっくりと流れた。何度も経験したくはないもんだが、俺の業界では、車を一台か二台事故で廃車にして一人前という恐ろしい言い伝えもあった。笑えないぜ。

相手の車はリアハッチが開かなくなり、俺の車は・・・、なんかバンパー回りやボンネットがひずんでいる。それでも警察の実況見分と保険屋への連絡を済ますと、俺は京都に荷物を取りに行ったんだ。

修理に出すと、たいしたことないと思っていた自分の車の損傷が、かなり深刻なものだったことが分かった。よくもまぁ、ぶつけた後に京都まで往復したもんだ。今年の保険料の上昇が楽しみだ。

で、それが23日の夕方に、ほぼ一か月ぶりに直ってきたので、さっそく毎度おなじみ真清田神社に行ってお祓いを受けてきたのだ。神頼みだ。人間、どうにもいかないときには、人知を超えたものにすがりたくなる。今回は経費でお祓いだ。寄付金で仕分けするんだ。

事故の原因は、自分にある。自分の意識が白昼飛んでしまうほど、脳が疲れ切っていたんだ。人間夜勤ばかりやっていると、自律神経がおかしくなる。睡眠不足になって脳に疲労が蓄積していく。挙句、理性が飛んでろくでもないことをしでかす。

身から出た錆だ。とはいえ、失ったものは大きい。

不幸中の幸いは、そんな事故で人を殺生しなかったことだろう。

去年は親父のことから始まって、うんざりするようなことの連続だった。まさに糞が扇風機に激突したような気分の一年の締めくくりだった。

過ぎてしまえば笑い話とは言え、完全に復調するまでは、笑うに笑えない。

人の不幸は心置きなく笑い飛ばすことができる。しかし、自分のへまが笑えるようになるには、しっかり休養を取り、自分自身を休め、そののちに仕事に復帰して、会計監査のように手堅く結果を出していったあとしか笑えない。

そんな日が一日も早く来てほしいもんだ。