2026/02/02

POST#1748 日本ってなんなのか、ずっと考えてきた

京都市 政治的中立性かそれとも単なる無節操か
赤いポールスミスのショートトレンチはずいぶん前に買ったものだけど、たまに着たくなる。赤は血の色、命の色だ。

青いスーツも好きだ。クールな感じがするでしょ。

緑のネクタイも、オレンジの作業用の防寒着も好きだ。

けれど、どの色も政治的な主張と結び付けられてしまいそうでうんざりする。

いっそ、ブルースブラザーズのように真っ黒なスーツに白いシャツブラックタイ、しろいソックスに黒い靴、そんなモノトーンにしてしまいたくなる。

とりわけ、排外主義的な主張を垂れ流す政党のシンパだと思われるのは心外だ。

すでに俺たちの社会は外国人労働者なくして回らない。

いくら排除を訴えても、日本人はきつい現場仕事や、夜間のコンビニバイトをやりたがらない。便利さ、快適さは享受したい。けれど、自分たちはやりたくない。

まるで奴隷制の古代ギリシャやローマ人みたいだな。

しかし、もう何年かすると家も店舗もインフラも、建設できなくなるだろう。実際に現場で働く人間がいなくなるからだ。人間は老いる。技術を磨いても、いずれは一線を退く時が来る。実際に現場にでは50代以上のおっさんばかりだ。60歳以上は高所作業はしてはいけない建前になっているが、どいつもこいつもよじ登って仕事してるぜ。そんな有様なんだ。

そんなこと言ってたら誰が君たちのオフィスや家を作ることができる?

建築関係だけじゃないだろう。

医療看護、保育、農業、製造業、運送業、サービス業、実際に物質世界や人間そのものに働きかけることを生業とする人間は、どこも不足している。そしておおむねそういった仕事に携わる人々は賃金が安く、二級市民のように扱われている。誰がそんな扱いを望むだろう?誰が自分の子供に辛く見返りが少なく、尊敬されない仕事を勧めるだろう。

君は俺が極端なことを言っていると思うかもしれないが、自分自身に問いかけてみてほしい。

実際に日本人だけではもう社会を維持できないんだ。現実をしっかり見てほしい。

そして、それを支えている技能実習生と呼ばれる人たちも、私たちと同じ人間であることを思い出してほしい。少なくともこの国は奴隷制国家ではないのだから。

福井県では、日本は単一民族国家と選挙期間中に主張し、当選したとたんに言を翻す確信犯的な元外務官僚が知事に当選した。

そもそも日本てなんだ?

日本人って何者なんだ?

そして天皇ってなんなんだ?

この空気に流され、何もかもが論理的な話し合いと合意のないままに決まっていってしまう社会はなんなんだ?

象徴天皇制における国民の統合の象徴たる天皇の意思とジャンジャック・ルソーのいう一般意思はどう関係しているんだろう?

選挙権を持つ市民の半分くらいしか投票しない、つまり自らの意思を示さないこの国は、本当に民主国家なんだろうか?

 俺はもう何十年も、肉体労働をしつつ、そのことを考え続けてきた。答えが知りたくて我流で学び続けてきた。その間、この国はずっと停滞し没落してきた。

日本はすでに先進国なんじゃなくて、衰退途上国なんだ。日本はすごい、日本人は素晴らしいという言説や動画をうのみにせず、自分の生活実感から考えてみればわかるはずだ。

社会を包む空気や、威勢のいい言説に惑わさるることなく、どんな社会にしてゆきたいのか、自分の経験に即して自ら考え、そのうえで選挙に臨もう。

2026/02/01

POSR#1747 なぜマスコミは…

台湾、台南市、安平

大義無き選挙が真っ盛りだ。

チームみらいを除くほとんどの政党が減税を唱えている。

五公五民といわれて久しい我が国は数十年ぶりのインフレに悩まされている。

賃金ベースアップは、物価上昇に追い付いていない。我が国の労働者の皆さんは、気息奄々で自ら生産したものを購入するのはおろか、将来世代の労働者となるであろう子供を産み育てることまで躊躇せざるを得ない状況だ。マルクスが見たら小躍りして喜ぶことだろう。

自民党と連立解消した公明党が、通常国会冒頭の解散を見越して立憲民主党と合流し、新たに中道改革連合を立ち上げ、食料品の消費税撤廃を唱えると、すかさず自民党は2年間限定の食料品の消費税0%減税を掲げる。政治的な立ち位置以外は、どっちに転んでも庶民に大差はない、ように見える。我々国民は朝三暮四の猿のように、政治家や官僚から愚民とみられているのだ。

このような状況を受け、報道各社は食料品の消費税減税を行ったとして、それによって損なわれる税収の減少をどう補うか、その大盤振る舞いの財源はどうするのか?といった主張が多いように見受けられる。まるで財務省の官僚の見解を垂れ流しているようなものだ。それとも大政翼賛会か?

なぜ、逆累進性、つまり所得の低い人のほうが相対的な負担が大きくなる性向が強い消費税を推し、社会保障費が膨らみ続ける中、国民全体で支える消費税が重要だという論調の記事が多いように感じる。

なぜ、ここで我が国の高所得層上位1%、あるいは5%への所得課税を増やして消費税負担を減らすという論旨の記事は現れないのか?

なぜ、高資産保有者(所得が少なくても、資産は膨大に持っているひとだ)のもつ固定資産や債券、高額な美術品、暗号資産そういったものに課税強化して、税収を補うべきだという論旨の記事は掲載されないのか?

そして何より、紙幣の輪転機を回すまでもなく、コンピューター上の入力によって生み出される円という貨幣の本質と、その貨幣をいつでも生み出しうる国家の財政を、莫大なローンを抱えた家計と同じように危機的な状況だとあおるのか?お金は税金を払うことで国にもたらされるわけではなく、お金は国がその信用力で生み出しているんだぜ。一種の打出の小槌なんだ。

なぜ、国家の富、国家の価値、国家の将来性に対する見通しを表す円相場が安値安定でも、それを是正すべきだという力強い論調は生まれないのか?やはりこの国に希望と未来がないからか?しかし、あらゆるものを海外から輸入しないと何も生産できない小資源国の我が国での円安は、日本経済に致命的な打撃を与え続けているんじゃないのか?円安に安住して科価格競争力だけで勝負するなら、いずれジリ貧だ。一度安く売れば、次に高く売れる確証はない。むしろ、高品質、高付加価値なものを高値で売ることを考えてもいいんじゃないか?モノづくり大国とか豪語するなら、出来るはずだろう。違うのかい?それともあれは国内向けの景気づけのプロパガンダなのかい?そうかもしれない。

円が安いから、日本の労働は生産性が低いとされる。働けど、働けど、わが暮らし楽ならず。じっと手を見るだ。

俺が若いころ、円は1ドル90円だった。最近は少し持ち直したとはいえ150円台半ばをふらふらしている。俺が高校生のころアルバイトに行けば、1日一万円弁当付きだった。今はどうなんだ?

円が安ければ、日本で生産したものを海外で安く売って、シェアを確保できるってことなのかい?それとも、外国人にたくさん来てもらって、割安にお買い物していただきたいのかい?そのしわ寄せはどこに行くんだい?我が国の労働者の皆様じゃないのかい?俺が去年働いていた京都の百貨店は、次々と高級ブランドを拡充していた。買い物するのは外国人ばかりだ。

政府は莫大な借金をしていることになっている。どこに?

日本銀行だ。

で、日本銀行は100年たっても売りさばけないほどの日本企業の株を買い、挙句、株価が史上最高を記録とか御目出度いことをやってる。それはおかしくないか?企業は研究開発費に投資するよりも自社株買いで株価の時価総額を上げることを選ぶ。手軽だからだ。

みんな、よく考えてくれ。

俺たちが命を削って働いた金から徴収された税金が、より富んだ者たちに配分されている。

大企業には補助金が投入される。しかし、お上が期待して投資した巨額の補助金は、いつも成功するわけではない。むしろ、すぐに陳腐化し、収益は低下し、事業撤退となる。

国民の税金が無駄に食いつぶされている。国民はますます税金を払うことを求められる。しかし、上位1%の富裕層に課税強化すれば、彼らは日本を見限って、ドバイやシンガポールに行ってしまうというのか?日本のインフラを享受し、日本の税金を投入して育てられた労働者を安くこき使っておいて?

みんな、今回の選挙でどこに投票したらいいのか、自分自身でよく考えてくれないか。

もっと公正な社会を次の世代に残してゆこう。この国の主権者は天皇陛下でも、政治家でもない。俺たち国民一人一人なんだ。未来は僕らの手のなかって、昔ブルーハーツも歌ってたぜ。

俺はおかしなこと言ってるかい?

2026/01/31

POST#1746 ある冬の朝に届いた報せ

へい、らっしゃい!
今日、夜勤明けに息子の学校に行って、学習発表会に行ってきた。
そのあと家族でマックに行って昼食をとったんだけれど、腹が膨れると猛烈に眠気が来る。
リビングの3人掛けのソファに寝転んで昼寝をしていたら、高校生の頃の同級生が、当時の制服のまま歩いてくる夢を見た。その子は、俺の小学校の時の先生の娘さんだったんだが、もう亡くなって久しい。
平々凡々と生きてきたが、この年になると生きているだけでも大変なことだなと思う。
同級生のなかには、家業に行き詰っての末か首を吊ったものもいる。
高校生の頃に一緒に悪さをしていたパチンコ屋の息子も、もうずいぶん前に他界したという。
内容の割に、写真がばかばかしいな。

数年前の12月の明け方、布団中でまどろんでいると北海道に住んでいた友人のアカウントからLINEが届いた。

友人の奥さんから届いた古い友人の訃報だった。

以下にそのやり取りを忘れないために記録しておく。けれど個人名は伏せておく。俺が忘れるわけないからな。

『ご無沙汰しております。Yの家内です。
 こちらのLINEは、まだ繋がっているでしょうか…
 主人が先日 出張先で倒れ そのまま息を引き取りました。

 こういった形でのご連絡大変失礼かと存じますが、取り急ぎご連絡いたしました。
 生前は主人が大変お世話になりました。ありがとうございます。』

俺は驚き、落胆し、長文の変身をつづった。
『おはようございます。
あまりに突然のことで、なんと申し上げたら良いのか、わかりません。ただただ驚き、寂しいというばかりです。
奥様やお子様の心中を思えば、おこがましいことではありますが、お許し下さい。

Yくんとは、人生のなかで大切な時期を分かち合ったかけがえのない友人だとずっと思っていました。なかなかお会いする機会もないままに歳月が過ぎながら、また、機会があったなら、いろいろと語り合いたいこともたくさんあったので、残念で仕方ありません。

いずれ、札幌にいく機会を設けて、ご挨拶に伺いたいと思います。」

お知らせいただきありがとうございました。もし何か、お力になれることがあれば、お声掛けください。非力ながら、尽力させていただきます。

文末になりましたが、Yくんのご冥福をお祈り致します。Y、いつかまたそっちで会おう!

あまりの事で、乱文申し訳ありませんでした。』

彼は高校のころ、写真部だった。宮城県の松島あたりがお母さんの実家で、色白で丸顔。愛嬌のある笑顔の若者だった。就職してからも、出張や単身赴任で名古屋に来た時には、何とか仕事の都合をつけて飲みに行ったりしたものだ。
もうとっくに無くなってしまった母校の木造の文科系のクラブハウスの暗室の中で、いつまでも話し合ったり、お互いの鬱屈を吐き出しあったり、外壁の隙間から女子テニス部が練習しているのを眺めたりしていた。
何枚か写真を撮ってもらったこともある。当時は、自分が写真を撮るようになるなんて考えもしなかったからな。もっとあのころ、一緒にやっておけばよかった。

夕方、返信が来た。
『ご連絡ありがとうございました。嬉しく拝読いたしました。

折に触れ 服部さんのお話をよくしていました。
よい青春時代を共にすごされたのかな と感じています。

寒さも厳しくなってきましたので ご自愛のほどお祈り申し上げます。』


『こちらこそお気遣いいただき恐縮です。心身ともにお疲れなのは、重々承知しておりますが、もう少しだけ、お話しさせていただくことをお許し下さい。

かつて少年の頃、Y君と僕は学校の帰り道、自転車を並べて他愛もないこと、当時の自分たちには深刻だったことなど、もう内容も思い出せないようなことを語らいながら帰ったものでした。気がつくと自分の家とは全く方向の違う、Y君の当時住んでいた一宮のマンションのすぐ側までやってきてしまい、そのまま交差点で日が暮れても語り合っていたこともしばしばでした。そんな日々が、切ないほどに懐かしく思い出されます。
奇しくもいま僕が住んでいるのが、かつてY君が住んでいたマンションのすぐ近所です。
川沿いに5分も歩けば、当時Y君のお父様が働いていたであろう会社の営業所があるような場所です。
いつか、Y君がこちらに足を伸ばす機会があったなら、是非一緒に歩いて、懐かしいだろ?と言いたいと、ずっと楽しみにしていました。

きっとY君は、少しいたずらっぼく、少年の日と変わらない笑顔を見せてくれたことでしょう。
そんなやり取りが、今生では叶わぬものになってしまったことが、残念でなりません。

久しくお会いしていなかったのですが、Y君がもういなくなってしまったことを聞くと、自分の中の何かしら大切な部分が、すっぽりと抜け落ちてしまったように思われます。

出張先でのご不幸とのこと、さぞかしなにかと大変だったのではないかと推察致します。お疲れのところ、本当に長々と申し訳ありません。

例年にも増して、寒さが厳しく感じる冬になるのではと思います。どうぞ奥様こそ、ご自愛くださいますよう。』

『おふたりの様子、情景が浮かんで 涙が出ます。

長い間 単身赴任生活で お互いに淋しい想いもありました。
月に数回 帰ってくるのを待ち侘びる毎日でした。
 でももう二度と戻ってくることはない。
それが信じられない。
ふらっと ただいま って帰ってきそうな気がしています。

今は 気持ちを込めて 供養につとめたいと思っております。

本当にありがとうございました。』


『いずれ落ち着かれた頃に、ご迷惑でなければ、ご挨拶に伺います。
Y君は、精一杯生き、仕事に取り組み、お子さんたちを立派に育て上げたと思っています。
本当に良い生涯の友を持てたことを、感謝しています。』


『こちらこそ 
こうやってお話を聞くことができて 幸せです。ありがとうございました。』

その約束はいまだ果たされていない。奥さま、申し訳ありません。
生き残った自分は、死んでいった人間の記憶を背負って生きてゆかねばならない。失ったものはもう戻ることはないけれど、それでも生かされてある限り、生きてゆかねばならない。

ほんと堪えたな。

旧友の死の知らせを受けて詠める歌 二首

『冬の朝 友身罷りぬと 知らされて 
吾が身の内に 穴穿たれむ』
『友逝きて 哀れさびしく やるせなく 
傍ら寝ぬる 吾児抱き寄せり』