2011/10/12

Post #333 仕事と称して暇潰し

今日は、東京へ日帰り出張だった。
朝も早くから新幹線に乗り、どこかのオヤジの身体から放たれる歯垢の腐ったような臭いを嗅ぎながら、俺は一路東に向かった。新幹線のシートには、日本中のオヤジの臭いが染みついている。日本のサラリーマンのルサンチマンが染み込んでいるのさ。思わず朝から不機嫌になるぜ。
しかしそんな思いまでして東京くんだりまで出かけてみても、今日の仕事は、次に始まる仕事の打ち合わせに過ぎんのだ。
こんなものは、仕事とは言わん。経費を使っただけだ。もちろん、その経費も自分自身の体を痛めつけるようにして稼いだ金なんだが・・・、複雑な気分だ。俺の仕事は机の上では進まんのだ。現場で実際にモノが形をとって、はじめて銭が生まれるんだ。だから、はるばる東京まで打ち合わせに行ったからって、仕事をしているような錯覚に陥ってはいけない。
そんなもん、言うたら、仕事と称して暇潰しだ。
Tokyo
暇潰しか・・・。
かつて写真家深瀬昌久は、どうして写真を撮るのかっていう質問に対して、『暇で退屈だからさ・・・。』と答えたという。
うむ、俺自身は人生たぁ、何十年の暇潰しだと確信しているので、仕事と称して暇潰しとは、言いえて妙だ。忙しい忙しいなどと言いながら、所詮は暇潰しをしているだけなんだ。ちなみに、俺のホームタウン名古屋には、ひつまぶしというのがある。いつもこれが暇潰しと音が似てるなと思っているんだが、そういうことばかり言っていると、歯糞の腐ったような臭いのオヤジと同列に扱われかねん。要注意だ。
Tokyo
さてと、来週からほぼ一か月の東京出張だ。毎日原宿で仕事をする羽目になっちまったんだ。もちろん、休みは無い。竹下通りの裏通りだ。周囲にはなぜか屈強な黒人のアンチャンが掃いて捨てるほどうろうろしている。こいつら、大阪のアメリカ村とかにもいっぱいいるけど、一体なにしに来てんだろう?細い路地をおしゃれなおねーさんが通り過ぎる。チョイとイカれたカンジの女が、いつまでもタバコを吸っている。なかなか雰囲気があるじゃないか。やれやれ、こんなところで一月も仕事かよ・・・。まったく・・・、また写真撮っちまうじゃないか。
今度は職質は無しだぜ。
読者諸君、仕事と称して原宿界隈で暇潰ししている俺を、もしも見かけたら声でもかけてくれ。
そんなクレージーデイズが始まる前に、本当の俺の暇潰し穀潰し、プリントでもしたいもんだ。気候もいいしな。何といっても芸術の秋さ。仕事と称して暇潰ししてるよりも、かなりクリエイティブだからな。
それじゃ、失礼する。

2011/10/11

Post #332 Fearless Drunker

昨日の夜、昔の写真を見ていたら、我ながら驚いたぜ。
これはマズイ。ハッキリ言わせてもらって狂人スレスレ、クレージーだ。

やたらとお色気と死の影が強い。
なかには、自分自身でも目を背けてしまうようなものもある。悲惨だ。轢かれて口からはらわたがマンガのように噴出した猫の死体など、自分でもうんざりだ。こんなの見て喜ぶのは変態野郎だけだろう。
まぁ、それも目の前の現実として冷静に、いや、激しい憤りと悲しみをもって撮っていたんだが、残念なことに、そんな俺の心の動きは写真には写らない。
だから弁解のしようもない。
しかし、あえていうなれば、ドブネズミみたいに美しくなりたい、写真には写らない、美しさがあるから、by Blue Hearts だ。そんなの見せても、変態野郎だと誤解され、君たち親愛なる読者の皆さんを不快にさせ、挙句の果てに愛想をつかされちまうのが関の山さ。

しかし、今からしてみると、まったくもって遠慮ってもんがない。肖像権なんて糞食らえと言わんばかりに、ところ構わず写真を撮っていた。いや、その頃は肖像権なんて言葉、知らなかったぜ。
いやはや、俺もスッカリ大人しくなってしまったものだ。

先日、行きつけのカメラのキタムラの店員の朋ちゃんから、『先日、ヤフーニュースを見ていたら、電車の中で眠っている女性の寝顔を撮ったとして逮捕された人がいたそうですよ。弁護士の人がコメントしていたんですけど、たぶん有罪にされるって書いてありましたよ。Sparksさんも気を付けてくださいね。』と注意されてしまったんだ。

ぎゃふん!
やれやれ、世知辛い世の中になったものでござる。天才アラーキーにも地下鉄の座席に座っている人ばかりを撮った『SUBWAY LOVE』という傑作写真集があるが、あれもいまどきなら、さっさと逮捕有罪判決、ブタ箱行きだ!
しかし、その頃の俺は、そんなもの屁の河童で写真を撮りまくっていた。満員電車の中でも撮っていた。撮ったらまずいところでも撮っていた。当然、電車の中で眠っている人の写真も、ごまんとある!
ハイ、有罪確定!弁護士さん、助けておくれよ!
仲間と飲みに行けば、キャバ嬢を撮り、立小便する仲間を面白半分に撮っていた。フラッシュの光に小便が見事なアーチを描きながらきらめいていたぜ。中にはチンが写っていたのもあったな。
そんなもん、ココで見せられるわけ、無いだろう!
いやぁ~、俺は普段あんまり酒は飲まない方なんだけどねぇ。痛風も怖いし、仕事がいつも夜討ち朝駆け、深酒なんかした日には、男の仕事に差し付けるのさ。けれど、飲みに行けば、誰よりも大騒ぎし、笑い転げる。楽しい酒が好きなんだな。そうすると、つい羽目を外してしまうっての?あんまり大騒ぎしすぎて、見も知らないお客さんが、帰り際に俺に握手を求めてくることもしばしばだ。君のおかげで楽しかったってね。

いや、誤解を避けるために言わせてもらえば、最近はそんなことないんですよ、さすがに。もう40過ぎだし、いい加減落ち着いてますってば。

で、男同士で盛り上がって、調子にのっておっぱいパブに行けば、そこでもこっそり写真を撮っていた。
よくやったもんだ。今思えば、冷や汗ものだ。
もしばれてたら、かなりやばいことになっていただろうな。
そういえばこの時も爆笑&爆笑の大盛り上がりで、確かどっかの見も知らぬおっさんからビンゴの景品のエッチグッズも貰ったような気がするな。で、一見すると前後不覚の大盛り上がりの状態で、レーセイに写真を撮っていたりするわけだ。我ながら油断も隙もあったもんじゃない。肖像権やプライバシーの木になる方々は、俺に近寄らない方がイイ。しかし、これはまずいな。本当に冷や汗もんだよ・・・。
まさに恐れ知らずの酔っぱらいだ。
とまぁ、そんなことでそん時の写真を一挙4枚ほど後悔、いや公開しておこう。もう今更時効だろう?なんせ、もう7,8年も前の写真なんだから。まぁ、なんだ若けの至りって奴でさぁ。
ふふふ・・・、これでガタガタ言うのは、どちらさんも野暮ってことでお願いしますぜ。
そんじゃ、行くぜ、ワン、ツー、サン、シ!
HomeTown/何やら淫靡な怪しい雰囲気
HomeTown/ステージの上では一体何がどうなってんのか?
HomeTown/なに?!
この箇所の写真④は、表現の自由と倫理を巡る家庭内の論争に起因する諸般の事情により、削除されました。
詳細については、おってご報告いたします。関係者の皆様に、お詫び申し上げます。


女性読者のみなさん、不快な思いをさせて申し訳ございません!

もちろん、最近はこんな写真、撮りませんよ。けど、これとて俺の前に生起していた、現実なんだから、カメラがあれば反射的に撮っておりました。素面じゃとても出来ないけどね。
あの頃の俺ときたら全く以て恐れ知らずの酔っぱらいですわ。

さてと、読者諸君、明日も俺の朝は早い。東京に出張なのだ。とっとと眠らなければならない。
今日はこれで失礼する。ご批判は甘んじて受けさせて頂くが、どうぞどちら様もお手柔らかにお願いしたいぜ。

2011/10/10

Post #331 Happy BirthDay Mr.Moriyama

今日、10月10日は写真家・森山大道の誕生日だ。
森山さん(あえてこう呼ばせて頂きたい)は1938年生まれなので、今日で73歳だ。俺とはおよそ、30歳違う。俺にとっては当然前人未到の領域だ。正直、そんな年齢になった自分の姿は想像がつかんね。1938年生まれということは、俺の中学高校時代の師匠、A先生と同じ年か。そういうと、実感が湧くな。最近の70代はなかなかに皆さんお元気だ。喜ばしいことだ。おそらく森山さんも、毎日のようにカメラを持って、狩人のようにまだ見ぬイメージを求めて歩き回っているからこそ、お元気なんだろう。歩くことは健康の基本だというのがよくわかる。
還暦あたり、つまり20世紀末あたりから、森山さん再評価の波は高まり、次々と、まさに怒涛の勢いで写真集が発表されてきた。写真のお好きな読者諸君なら、よく知るところだろう。おかげさまで、俺の小遣いはいつも逼迫していると言っても過言ではない。そんななかでも、俺が、このブログを覗いてくれている君たちに、ベストとして挙げるのは『新宿』(2002年月曜社刊 600ページ 524カット収録 全B/W)だ。
森山大道 『新宿』 2002年月曜社刊 重版未定
モノクロの写真、それも一目で夜、ノーファインダーで撮ったと思しき輪郭の定かならぬ写真の表紙に、ショッキングピンクのタイトルが踊っている。
その光と影のコントラスト。
思わず手が伸びる。そして、手に取った時に感じるその重み。
600ページ、524カットは伊達ではない。ズシリと来るのは、単に物理的な重みだけじゃないだろう。
毎日のように新宿を歩き回り、何千本、何万カットもの写真を撮り、そのうえで選び出された写真たち。その行為の重みを感じることができる。
モノクロ写真ばかりで、一切の文章も説明もない。しかし、確かにそこには、大いなる混沌、欲望の坩堝たる世紀末都市新宿の姿がくっきりと写し取られている。
しばしばノーファインダーで水平線は傾いている。
時に被写体はぼやけ、影の塊のようにもなっている。
ぞして何より、モノクロならではの黒の締り。それは時に大胆に画面を焼きつぶすが、エロスすら感じさせる。ぞぞっとくるわ。

ひょんなことから写真をはじめ、ストリートスナップという自分のスタイルが出来てきた頃、この写真集に出会った。その頃の俺は、リバーサルで無謀にも夜景を撮り、ノーファインダーで道行く人々を撮りまくり、ひたすら路地から路地を歩き回っていた。
誰に教わった訳でもなく、自分の撮りたいものを突き詰めて行ったら、そんなスタイルが確立しつつあった。今見ると、凶暴なまでに写真を撮っている。残酷な現実にカメラを向けたものもある。ここで見せると、問題になりそうな写真も多々ある。見たいかい?そのうちね。その頃俺が撮っていたのは、こんな写真だ。もちろん、ショックの少ないモノだけど、どう?
この頃、俺はこんな写真を撮っていた。イケイケだった。
もちろん、森山大道なんて、全く知りもしなかった。ただ、自分の欲望と衝動の赴くままに、リバーサルフィルムをガンガン消費していた。今日、久しぶりに見てみると、あまりにイケイケで我ながら少しビビった。怖いもんなしで写真を撮りまくっていた。もし、撮っているのを見つかったなら、ただじゃすまないような類の写真も多々あった。馴染のラボの店員さんも他の人の写真ならこれはお断りしますけど、Sparksさんの写真だから、まぁ仕方ないってカンジで諦めていたほどだ。そうだよね、井上君、三村君。
この本を手にしたのは、ちょうどこの頃だ。
俺はショックだった。
こんな写真が撮れるなんて。現実をそして、写真はこんなもの(といっては失礼だけれど)でもゼンゼンOKだ。俺の方向は間違っていなかったと確信した。この写真集は、俺の仲間内でも評判で、俺にモノクロへの転向を勧める仲間もいたっけ。
けれど、この写真集を手にしたことで、かえってモノクロに行くことが躊躇われた。どんな写真を撮っても、森山大道の劣化コピーだと言われてしまうんじゃないかって心配していたんだ。読者諸君の中には、そんな風に感じている人もいるんじゃないだろうか。しかしまぁ、俺にとって、森山大道はビートルズのようなもんで、イギリス人がどんなロックをやったところで、何かしらビートルズの影響を感じないわけにはいかない。そして、それを恐れていたら、自分たちのロックなど出来やしない。だから、開き直ってやる。この開き直りの精神が、熟するのに、いささか時間ときっかけが必要だったんだ。
しばらくして、母方の祖父の3回忌に、親戚のおじさんから古いFUJIの引伸機をもらった時、腹をくくった。もう、行くしかないって開き直った。モノクロ写真をやれと、モノクロ写真をやるのが必然だと、背中を押された気がしたのだ。
今なら解る。たとえ同じ場所で、同じアングルで撮ったとしても、写真とは、その場限りの一回性のものなんだから、全く別の写真にしかならないってことが。同じ光は、二度とない。

はじめて、森山さんの写真集を、この『新宿』を手にしたときの胸の高鳴りを忘れられない。
それは高校生の時に、The Whoの1stアルバム“My Generation”を聴いた時以来の衝撃だった。いまでも、自分の写真の方向性に悩んだときには、夜、独りでこの『新宿』を開いてみる。そして、自分が間違ってないんだと確信する。自分が写真のバックボーンに連なっていると確信する。
森山さん、ありがとうございます。
森山さん、誕生日、おめでとうございます。
この声が届くかどうかわかりませんが、いつまでも、路地から路地を彷徨うようにして、スゲー写真を撮ってください。及ばずながら、俺も頑張ります。