今日、10月10日は写真家・森山大道の誕生日だ。
森山さん(あえてこう呼ばせて頂きたい)は1938年生まれなので、今日で73歳だ。俺とはおよそ、30歳違う。俺にとっては当然前人未到の領域だ。正直、そんな年齢になった自分の姿は想像がつかんね。1938年生まれということは、俺の中学高校時代の師匠、A先生と同じ年か。そういうと、実感が湧くな。最近の70代はなかなかに皆さんお元気だ。喜ばしいことだ。おそらく森山さんも、毎日のようにカメラを持って、狩人のようにまだ見ぬイメージを求めて歩き回っているからこそ、お元気なんだろう。歩くことは健康の基本だというのがよくわかる。
還暦あたり、つまり20世紀末あたりから、森山さん再評価の波は高まり、次々と、まさに怒涛の勢いで写真集が発表されてきた。写真のお好きな読者諸君なら、よく知るところだろう。おかげさまで、俺の小遣いはいつも逼迫していると言っても過言ではない。そんななかでも、俺が、このブログを覗いてくれている君たちに、ベストとして挙げるのは『新宿』(2002年月曜社刊 600ページ 524カット収録 全B/W)だ。
モノクロの写真、それも一目で夜、ノーファインダーで撮ったと思しき輪郭の定かならぬ写真の表紙に、ショッキングピンクのタイトルが踊っている。
その光と影のコントラスト。
思わず手が伸びる。そして、手に取った時に感じるその重み。
600ページ、524カットは伊達ではない。ズシリと来るのは、単に物理的な重みだけじゃないだろう。
毎日のように新宿を歩き回り、何千本、何万カットもの写真を撮り、そのうえで選び出された写真たち。その行為の重みを感じることができる。
モノクロ写真ばかりで、一切の文章も説明もない。しかし、確かにそこには、大いなる混沌、欲望の坩堝たる世紀末都市新宿の姿がくっきりと写し取られている。
しばしばノーファインダーで水平線は傾いている。
時に被写体はぼやけ、影の塊のようにもなっている。
ぞして何より、モノクロならではの黒の締り。それは時に大胆に画面を焼きつぶすが、エロスすら感じさせる。ぞぞっとくるわ。
ひょんなことから写真をはじめ、ストリートスナップという自分のスタイルが出来てきた頃、この写真集に出会った。その頃の俺は、リバーサルで無謀にも夜景を撮り、ノーファインダーで道行く人々を撮りまくり、ひたすら路地から路地を歩き回っていた。
誰に教わった訳でもなく、自分の撮りたいものを突き詰めて行ったら、そんなスタイルが確立しつつあった。今見ると、凶暴なまでに写真を撮っている。残酷な現実にカメラを向けたものもある。ここで見せると、問題になりそうな写真も多々ある。見たいかい?そのうちね。その頃俺が撮っていたのは、こんな写真だ。もちろん、ショックの少ないモノだけど、どう?
もちろん、森山大道なんて、全く知りもしなかった。ただ、自分の欲望と衝動の赴くままに、リバーサルフィルムをガンガン消費していた。今日、久しぶりに見てみると、あまりにイケイケで我ながら少しビビった。怖いもんなしで写真を撮りまくっていた。もし、撮っているのを見つかったなら、ただじゃすまないような類の写真も多々あった。馴染のラボの店員さんも他の人の写真ならこれはお断りしますけど、Sparksさんの写真だから、まぁ仕方ないってカンジで諦めていたほどだ。そうだよね、井上君、三村君。
この本を手にしたのは、ちょうどこの頃だ。
俺はショックだった。
こんな写真が撮れるなんて。現実をそして、写真はこんなもの(といっては失礼だけれど)でもゼンゼンOKだ。俺の方向は間違っていなかったと確信した。この写真集は、俺の仲間内でも評判で、俺にモノクロへの転向を勧める仲間もいたっけ。
けれど、この写真集を手にしたことで、かえってモノクロに行くことが躊躇われた。どんな写真を撮っても、森山大道の劣化コピーだと言われてしまうんじゃないかって心配していたんだ。読者諸君の中には、そんな風に感じている人もいるんじゃないだろうか。しかしまぁ、俺にとって、森山大道はビートルズのようなもんで、イギリス人がどんなロックをやったところで、何かしらビートルズの影響を感じないわけにはいかない。そして、それを恐れていたら、自分たちのロックなど出来やしない。だから、開き直ってやる。この開き直りの精神が、熟するのに、いささか時間ときっかけが必要だったんだ。
しばらくして、母方の祖父の3回忌に、親戚のおじさんから古いFUJIの引伸機をもらった時、腹をくくった。もう、行くしかないって開き直った。モノクロ写真をやれと、モノクロ写真をやるのが必然だと、背中を押された気がしたのだ。
今なら解る。たとえ同じ場所で、同じアングルで撮ったとしても、写真とは、その場限りの一回性のものなんだから、全く別の写真にしかならないってことが。同じ光は、二度とない。
はじめて、森山さんの写真集を、この『新宿』を手にしたときの胸の高鳴りを忘れられない。
それは高校生の時に、The Whoの1stアルバム“My Generation”を聴いた時以来の衝撃だった。いまでも、自分の写真の方向性に悩んだときには、夜、独りでこの『新宿』を開いてみる。そして、自分が間違ってないんだと確信する。自分が写真のバックボーンに連なっていると確信する。
森山さん、ありがとうございます。
森山さん、誕生日、おめでとうございます。
この声が届くかどうかわかりませんが、いつまでも、路地から路地を彷徨うようにして、スゲー写真を撮ってください。及ばずながら、俺も頑張ります。
森山さん(あえてこう呼ばせて頂きたい)は1938年生まれなので、今日で73歳だ。俺とはおよそ、30歳違う。俺にとっては当然前人未到の領域だ。正直、そんな年齢になった自分の姿は想像がつかんね。1938年生まれということは、俺の中学高校時代の師匠、A先生と同じ年か。そういうと、実感が湧くな。最近の70代はなかなかに皆さんお元気だ。喜ばしいことだ。おそらく森山さんも、毎日のようにカメラを持って、狩人のようにまだ見ぬイメージを求めて歩き回っているからこそ、お元気なんだろう。歩くことは健康の基本だというのがよくわかる。
還暦あたり、つまり20世紀末あたりから、森山さん再評価の波は高まり、次々と、まさに怒涛の勢いで写真集が発表されてきた。写真のお好きな読者諸君なら、よく知るところだろう。おかげさまで、俺の小遣いはいつも逼迫していると言っても過言ではない。そんななかでも、俺が、このブログを覗いてくれている君たちに、ベストとして挙げるのは『新宿』(2002年月曜社刊 600ページ 524カット収録 全B/W)だ。
| 森山大道 『新宿』 2002年月曜社刊 重版未定 |
その光と影のコントラスト。
思わず手が伸びる。そして、手に取った時に感じるその重み。
600ページ、524カットは伊達ではない。ズシリと来るのは、単に物理的な重みだけじゃないだろう。
毎日のように新宿を歩き回り、何千本、何万カットもの写真を撮り、そのうえで選び出された写真たち。その行為の重みを感じることができる。
モノクロ写真ばかりで、一切の文章も説明もない。しかし、確かにそこには、大いなる混沌、欲望の坩堝たる世紀末都市新宿の姿がくっきりと写し取られている。
しばしばノーファインダーで水平線は傾いている。
時に被写体はぼやけ、影の塊のようにもなっている。
ぞして何より、モノクロならではの黒の締り。それは時に大胆に画面を焼きつぶすが、エロスすら感じさせる。ぞぞっとくるわ。
ひょんなことから写真をはじめ、ストリートスナップという自分のスタイルが出来てきた頃、この写真集に出会った。その頃の俺は、リバーサルで無謀にも夜景を撮り、ノーファインダーで道行く人々を撮りまくり、ひたすら路地から路地を歩き回っていた。
誰に教わった訳でもなく、自分の撮りたいものを突き詰めて行ったら、そんなスタイルが確立しつつあった。今見ると、凶暴なまでに写真を撮っている。残酷な現実にカメラを向けたものもある。ここで見せると、問題になりそうな写真も多々ある。見たいかい?そのうちね。その頃俺が撮っていたのは、こんな写真だ。もちろん、ショックの少ないモノだけど、どう?
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| この頃、俺はこんな写真を撮っていた。イケイケだった。 |
この本を手にしたのは、ちょうどこの頃だ。
俺はショックだった。
こんな写真が撮れるなんて。現実をそして、写真はこんなもの(といっては失礼だけれど)でもゼンゼンOKだ。俺の方向は間違っていなかったと確信した。この写真集は、俺の仲間内でも評判で、俺にモノクロへの転向を勧める仲間もいたっけ。
けれど、この写真集を手にしたことで、かえってモノクロに行くことが躊躇われた。どんな写真を撮っても、森山大道の劣化コピーだと言われてしまうんじゃないかって心配していたんだ。読者諸君の中には、そんな風に感じている人もいるんじゃないだろうか。しかしまぁ、俺にとって、森山大道はビートルズのようなもんで、イギリス人がどんなロックをやったところで、何かしらビートルズの影響を感じないわけにはいかない。そして、それを恐れていたら、自分たちのロックなど出来やしない。だから、開き直ってやる。この開き直りの精神が、熟するのに、いささか時間ときっかけが必要だったんだ。
しばらくして、母方の祖父の3回忌に、親戚のおじさんから古いFUJIの引伸機をもらった時、腹をくくった。もう、行くしかないって開き直った。モノクロ写真をやれと、モノクロ写真をやるのが必然だと、背中を押された気がしたのだ。
今なら解る。たとえ同じ場所で、同じアングルで撮ったとしても、写真とは、その場限りの一回性のものなんだから、全く別の写真にしかならないってことが。同じ光は、二度とない。
はじめて、森山さんの写真集を、この『新宿』を手にしたときの胸の高鳴りを忘れられない。
それは高校生の時に、The Whoの1stアルバム“My Generation”を聴いた時以来の衝撃だった。いまでも、自分の写真の方向性に悩んだときには、夜、独りでこの『新宿』を開いてみる。そして、自分が間違ってないんだと確信する。自分が写真のバックボーンに連なっていると確信する。
森山さん、ありがとうございます。
森山さん、誕生日、おめでとうございます。
この声が届くかどうかわかりませんが、いつまでも、路地から路地を彷徨うようにして、スゲー写真を撮ってください。及ばずながら、俺も頑張ります。

実は昔、森山さんとは知らずにお見かけしたことがあります。
返信削除青森県立美術館で小島一郎写真展が開催されたとき、
何かの収録なのかカメラマンを引き連れ、解説しながら館内を歩いていたのですが
事前に何の説明も断りもなく、静かな鑑賞タイムを邪魔してくれたので
美術館と森山さんにぶーぶー文句を言ってやったことを思い出します。
今思えばそりゃ恐ろしいことです。
そりゃ、やってやりましたね!
返信削除僕自身は3度ほどリアル森山大道に会ったことがあります。毎度まいど黒ずくめの格好なので、講演の質疑応答の際に、『何かこだわりがあって黒い服なんですか?』ときいた覚えがあります(笑)
森山さんの写真とは裏腹に、ぼそぼそ淡々としゃべる口ぶりが、印象的でしたね。