2012/01/12

Post #426 12/Jan/2012

俺は犬に吠えられる男だ。太宰治の短編小説にも、やたらと犬に憎まれる男の話があったような気がする。手元の新潮文庫を片っ端からひっくり返せば見つかるだろうけど、おっくうだ。
近所の犬は、俺が塀の外を通っただけで、狂ったように吠えまくる。イカにもタコにも怪しいカンジが漂ってしまう。スーパーの駐車場では、車の中で留守番しているお座敷犬どもに、きゃんきゃん吠えられる。
かつて、俺のオヤジが当時付き合っていた女性の趣味で、柴犬を二匹飼っていた時など、オヤジの家の敷居をまたいだ瞬間から、いや、俺の車がオヤジの家の前に泊まった瞬間からか、俺が車に乗り込んで走り去るまで、犬が吠えっぱなしだった。
俺のお世話になっている先生の家に行けば、飼い犬のタローはこれまた狂ったように吠え続けた。幸か不幸か、オヤジはその女性と別れたんで、その柴犬は女性が引き取ってくれた。先生の犬も、老衰で死んでしまった。俺の身近から2つの脅威が取り除かれた訳だ。
俺は自分の体から、犬が吠えたくなるようなホルモンだかフェロモンだかが出ているんじゃないかって心配になるぜ。ついでに言ううと、犬上皮アレルギーを持っているので、犬に触るとかゆくなる。
まったく冗談じゃない。
モロッコで、もっとも心配だったのは、時折野犬を見かけたことだ。それも、デカい奴だ。イスラム教ではかつて犬は豚同様に不浄な生き物としてみなしていたと、南方熊楠の十二支考で読んだことがあるが、やはりそんな関係もあってのことだろうか。このあたりは、一介の旅人には窺い知ることは出来ない。しかし、一介の旅人だからといって、野犬がお目こぼししてくれる確証はない。おれからは犬が吠えたくなるフェロモンだかホルモンが、ぶんぶん放出されているのだから。
シェパードのようなごつい犬が、首輪も何もなしで、独りふらふら歩いていたりする。野良だ。飼い犬も、首輪をしていてもリードはついていない。どうなってるんだ一体。しっかりしつけてあるんだろうな?
旅の途中で訪れたエッサウィラの港町では、おっさんが連れていたこれまたゴツいシェパードが、その辺で陽にあたって和んでいる野良猫に向けて、突然猛然ダッシュして、とびかかったのを間近で見て、戦慄したことがある。猫はとっさにギャッと叫んで跳びのき、難を逃れたが・・・。こんなデカい犬に、ロケットのような勢いで襲い掛かられたら、さすがの俺でもヤバい。
犬は、苦手な生き物だ。
Rabat,Morocco
サレからラバトへと向かう船着き場を探して歩き続ける俺たちの前に、一匹のみすぼらしい犬が現れた。小さな子犬だ。しかし油断は禁物だ。俺達は、ちらりと一瞥をくれてから、すたすたと歩き続けた。しかし、意外なことにこの子犬、ちょこまかちょこまかと跳ねるようにして、俺たちについてくる。50メートルもいけば離れるだろうと思いきや、随分歩いても、離れる気配がない。しかも、どうやらこの犬、うちのつれあいではなく、俺についてきているようだ。
俺は身構えた。犬は上から手を差し伸べると攻撃されたと思ってかみついてくる。俺は用心して、手を軽く握り腰をかがめ、犬の目の前に差し出した。子犬は吠えることはなかった。大喜びだ。

意外なことに、犬は吠えもせず、俺にパタパタ尻尾を振ってすり寄ってくる。これはこれで困ったもんだなぁ。
かれこれ1キロほども連れて歩いただろうか。向こうから10人ほどの高校生くらいのモロッコ人の少年の一団がやってきた。子犬は、どうやらその少年たちに気をひかれたようで、俺から彼らに乗り換えてくれた。
さようなら、みすぼらしい犬よ。いかんいかん、少し情が移ってしまった。
気になって振り返ってみると、思春期の少年たちにいいようにあしらわれ、車道へと追いやられては、ノロクサ走るポンコツ自動車に轢かれそうになったりしている。見ちゃいられないぜ。
けど、あれはあれで可愛かったなぁ。

2012/01/11

Post #425 11/Jan/2012

今日は俺の誕生日だというのに、風邪をひいている。冴えない誕生日だ。もっとも、43にもなるってぇと、誕生日が来てもあまり嬉しいものではないがね。なんてったって、地獄にまた一歩近づいたって思わないかい?あ、思わないのね。
どうして風邪をひいてしまったのか。旅の疲れ。そう、それもあるだろう。
しかし、俺は決定的にクサイと思ってる原因があるんだ。
そう、あれはマラケシュでのことだった。間口一間もないようなちいさな民族楽器屋で、俺はケッタイな笛を買ったんだ。ねずみ男のような民族衣装を着たすれっからしのおやっさんからね。
なかなか吹っかけてきたんだが、値切り倒して結構納得プライス(それでも2、3000円のもんだ)で購入したんだ。竹でできた笛で、先っぽには動物の角がラッパ状についている。接合部分には金属で装飾がしてあるし、まろやかで且つすっとぼけた低い音が出る。このすっとぼけた間抜け感が大切だ。ゲージュツにはなりそうにない。
俺はその笛を買うなり、宿までブオブオ吹きながら帰って行ったんだ。そう、リコーダーの練習をしながら家路を辿る小学生のようにだ。いくらモロッコでも、そんなタワケはそうはいない。道行くモロッコ人の老若男女も、物珍しそうに見ていたっけ。おかげで、そのあと何回か、モロッコ人のおじさんから、あんた笛吹いてただろうとか言われたなぁ。なかには英語で苦笑いしながら、『あんた下手クソだなぁ』なって言ってる店のオヤジもいる。
しかし、みんな笑っている。いいぞ。俺はこういう愉快なノリが大好きなんだ。
Rabat,Morocco
宿からの帰り道には、向うで言うところの小学校があるんだが、ちょうど低学年の小僧たちの下校時間だった。娯楽に飢えたガキどもの前に、モジャモジャ頭の外国人が、みょうちきりんな笛をブオブオ吹かしながら、楽しげなステップを踏んで現れたら、どうなると思う?入れ食いだよ、入れ食い。
俺はあっという間に10人くらいのガキどもに取り囲まれた。どいつもこいつも小学校1,2年ってカンジだ。ちなみにモロッコじゃ、これくらいのガキが夜中の11時になっても、路地の少し広い道や小さな広場で、クタクタのボールでサッカーをしている。元気いっぱいだ。荒木経惟のさっちんの世界だ。
これが日本だと、こうはいかない。知らないおじさんに声をかけられタラ、逃げなさいだ。子供たちも、白けた目で見てるだけだ。それどころか、不審者出没情報とか言って、保護者にメールが送信されてしまう。冗談じゃない。俺は愉快なノリで行きたいだけなのに。それが日本の現実という奴だ。ケツの穴が小さいぜ。現実逃避もしたくなるってもんだ。
ガキどもは口々に、『俺にもやらせて』『俺にも吹かせて』と大変な騒ぎだ。コイが泳ぎまわってる池に、パンくずをぶちまけたような騒ぎだ。
問題は、この笛、構造的に7センチほどの竹製のマウスピースをジュッポリと口の中に突っ込まないといけないということだ。吹いていると、喉の奥にあたって、思わずゲボが出そうになるくらいだ。憧れのあの子のリコーダーにこっそり間接キスなんてもんじゃない。間接ディープキスだ。ぐっちょぐちょだ。しかも、中には当然のように青っ洟垂らしたような奴もいる。
しかし、それで『こら、ガキども、どっか行け!』なんて言うのは俺の柄じゃない。言うなれば、ココでビビっちゃ、漢スパークスの名が廃る。それに考えれば、モロッコの平均月収は日本円で25,000円から30,000円てとこらしい。2500円もする様な笛、いくら近所で売っていたって、買えないよな。よし、俺に任せろ、ガキどもよ!そう、俺はガキどもに、吹かせてやったさ。次から次にだ。奴らは奪い合うようにして笛を吹いていた。ちいさな口の奥まで笛を突っ込んでな。どうだガキども、満足したか。
で、見事に風邪ひいちまったって訳。久しぶりに鼻をかんだら、青っ洟が出ちまったぜ。まったく世話ねえや、我ながら。仕方ない。それが人生だ、ロックンロールだ。

2012/01/10

Post #424 10/Jan/2012

俺達は、モロッコの首都ラバトの空港に到着したんだ。ちいさな空港だ。飛行機から降りると、とぼとぼと暗い駐機場を歩いて、空港の建物に入り、適当な入管検査を受けた。係りのおやっさんは、ロクに見もしない。取材目的だとみなされると、フィルムが没収されるという話も聞いていたんだが、全く以てそんな気配もない。本当にそんなんでいいのか?って思うくらいで拍子抜けもいいところだ。
そこにはアジズというタクシーの運ちゃんが、俺達を迎えに来てくれていた。気のよさそうなおっさんだ。
俺達はアジズのくたびれたベンツタクシーに乗り、宿に向かった。2、3メートル、場所によっては5メートルくらいの高さの城壁にぐるりと囲まれた旧市街(これをモロッコではメディナというんだ)の、入り組んだ路地の奥にある小さな宿だ。だからタクシーは途中までしか入ってこれない。道幅は2メートルくらいだ。旧市街はどこもそんなもんらしい。薄暗い路地のあちこちで、ヒマそうな若者がたむろし、子供たちが珍しそうにこちらを見ている。
宿は、首都ラバト郊外のサレという町にある。かつては栄えた町だったんだが、何百年か前には海賊の根城になってすっかり荒れ果てたそうだ。でもまぁ、今は海賊もいないし、静かな田舎町って風情だ。
次の日、俺達は河をへだてた対岸のラバトに行くことにした。タクシーで行けばあっという間だが、それじゃ面白くない。宿の女将さんのジャンヌに道を訊ね、俺達はブラブラと旧市街の城壁に沿って歩き出した。まずは船着き場に行かなければね。彼女が描いてくれた地図には、手漕ぎボートの絵が描いてある。この21世紀に手漕ぎボートか?面白い。
そして、温かな日差しの中ブラブラと歩いてゆくと、城壁に上れるポイントがあったんで、上ってみることにした。ひょいと城壁に上ってみるとそこには、一面の墓地が広がっていた。何百年もの間、人々が葬られてきた広大な墓地だ。墓地の向こうには、俺たちが目指すラバトの街が見える。
Rabat,Morocco
それはなかなかに壮観で、こんな墓に入るのも悪くないなと思えるような墓地だったんだ。