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| Singapore |
身体が重たい。俺には休息が必要だ。とはいえ、大した仕事もしていないが、これが年を食うっていうことさ。
書きたいことが何も湧いてこないぜ。俺はまったく中身の空っぽな人間だっていうのか?
人間の皮を被った『空』という訳か。そりゃある意味即身成仏だ。大乗仏教だ。空の思想か。
存在の本性は、悉く皆空であり、生まれることもなく、滅することもなく、増えることもなく、減ることもない。汚れることも、穢れがなくなることもなく、ただ仮の現象として存在しているように見えるにすぎぬというこった。実在は空と異ならず、空は即ち実在そのものであるというアレだ、般若心経だ。
中身がカラッポというのは、世の善男善女が意味もよくわからず有難がる般若心経的に言うと、空に一歩近づいたということが言えよう。俺が何を言っているのかよくわからない人は、仏壇にでも行って般若心経をよく見てみるとイイ。そんなぶっ飛んだことが書いてある。シャブ喰ったくらいでは、そこまでぶっ飛んだことは言えないというものだ。
閑話休題。
ずっと昔から、高校生くらいの頃から、人生の価値を稼いだ金の多寡で測るという価値観を胡散臭いものとして考えてきた。
当時は、バブル真っ盛りで、勉強してイイ大学に入りさえすれば、イイ会社に入ることができ、金の流れる川から自分の家まで運河をひいて、イイ暮らしができる。豊かな人生が送れると信じられていた。一億総中流の時代だ。
俺は中高一貫の進学校に通っていた。その学校は俺と同世代の教師が、学校内で生徒とセックスばかりしていたことを不覚にもブログに書いて、それが何故だかおおっぴらになってしもうて、クビになってしまった事で有名になった学校だ。当時、俺の周りはエリート・サラリーマンの倅の秀才君たちか、地方政治家や医者、それから中小企業の社長の倅とか、そんなんばっかりで、将来効率よく金を稼ぐために、毎日勉強しているか、親の威勢の良さに胡坐をかいた道楽息子ばかりだった。要はがり勉君と遊び人ばかりだったという訳だ。
俺は、彼らに共通する価値観、とどのつまり、人生の価値は生涯年収によって測りうるという価値観に、大いに疑問を抱いていた。
孔子も言っている。『肉食つまり羽振りがよくってイイものを喰ってる奴らは、卑しい』と。
それが、俺の転落の始まりだった。
ではなぜ、俺がそんな価値観を抱くに至ったのか?
どうでもイイことだけど、思い返してみようかな。
中学2年の時に、母親が癌で死んだ。
俺を筆頭に4人のバカ息子を残して38歳で死んだ。今の俺よりも若い。俺は母親には叱られた記憶しかない。整った顔立ちにくせ毛の母は、何故かとても厳しい人だったのだ。癌で死ぬ少し前まで、スリッパで俺の横面をはたいていた。
その母が、3か月ほど入院した末に、身体中に癌を転移させて、見る影もなく萎れて死んだ。死体を運んだ時、その軽さと固さに、母親は人間から、単なる物体になったことを痛感した。
同じ物質で構成されてはいても、なにか最も重要なものが、それを魂と呼んでもいいかもしれないな、失われてしまった事で、人間は単なる物体に変わり果ててしまう。まさに人間とは現象にしか過ぎないことがわかる。遺体をみなっで持ち上げ運んだ時の感触と衝撃を、今でもはっきり思い出すことができる。悲しみよりも不気味さの方が勝ってしまうほどだった。
人間とは、いってぇなんだ?
俺が写真で人間を撮ることにこだわるのは、人間の存在の儚さ、そしてそのネガである不気味さを、この時に感じてしまったからかもしれない。まぁ、今思えばの話しだけどね。
人生とはいったいなんだろうか?
いくら金があろうとも、人は等しく死を受け入れるしかない。
そして、死によって人は無に帰してしまう。その意味で、全ての人生は徒労のように思えた。
人の生きる意味が、たくさん金を稼ぎ、資産を形成し、安楽な生活を送ることにあるとは、どうしても思えなかった。どれだけ金を稼ごうが、あの世には持っていけないからだ。かと言って、刹那の快楽を追い求めるようなニヒリスティックな蕩児にもなれなかった。残念だ。
母親の死を契機に、そんなことを考え始めたことが、俺の人生の没落の始まりだった。重度の中2病だ。以来30年が過ぎようとしている今もなお、全快していない。
さて、少し眠ろう。読者諸君、失礼する。
俺はいつか消える。だからこそ、俺のことを書いておきたくなったのさ。まぁ、君にとって面白い話とも思えないけれどね。悪かったなぁ。

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