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| Paris |
まるでそれはヴァーチャルな旅のようだ。
地球の資源を損なわない、人畜無害な旅だと言えるかもしれない。ついでに言うと、財布にも優しい。しかし、いささか嫌味な言い方に聞こえたら申し訳ないが、俺の場合は実際に行ったことがあるからそれは奇妙なリアリティーを伴うショートトリップなんだが、行ったことが無いところは、なかなかイメージしにくいものだ。
世界は広い。あとどれほど生きたとしても、全て見ることなんか出来っこない。
見果てぬ夢だ。
東松照明が、82歳で死んでしまった。
高齢だ、致し方ない。人間は誰しも死んでしまうものさ。むしろ、十分に生きたと言わねばならないだろう。
報道では、原爆とナガサキ、沖縄と基地などをライフワークとして取り組んだ高名な写真家という書き方が目立つ。代表作は太陽の鉛筆だってね。
いや、太陽の鉛筆も素晴らしいんだけれど、俺の個人的な好みで言えば、沖縄から島伝いに台湾、フィリピン、インドネシアと伸びていった南島シリーズが一番好きだ。あんな写真が撮れたらイイだろうなと、いつも憧れている。
さようなら、東松照明。なんだかさみしい気分です。
読者諸君、失礼する。俺の好きな年寄りは、最近次々と死んで行っているような気がするよ。

photographの佐藤です。
返信削除東松照明が死にましたね。寂しいです。会ったこともないんですが。
東松照明の長崎とか、深瀬昌久の鴉とか、そういう写真集を出したいといつも思っています。
前にsparksさんが自分の写真は自分が死んだあと残るだろうかとブログで書いてらっしゃったと思うのですが、個人的には残ると思いますし、残って欲しいです。前にブログで書かれていたように様々な人や町並みの遺影になると思います。
あと、これは話がずれるかもしれないですが、渋谷周辺で写真撮ってるとかなりの確率で僕は職務質問されます。一回だけならまだしも何回も立て続けにやられるとこちらの行動は嫌でも萎縮せざるをえません。なんだかなあと思います。
すみません追加です。それで、POST#321の、つまらねぇ、写真なんかもうやってられないぜ!に今更ながら深く共感しています笑 個人的な愚痴をコメントしてしまいました。sparksさんの写真いつも楽しみに見ています。
返信削除そうですね。なんか写真集出してみたいですよね。牛腸茂雄は生前に3冊写真集を出しましたが、全て自費出版だったように思います。やはり、頼りになるのは自分自身ということでしょうか?
返信削除僕は、幸か不幸か子供とかいないので、死後写真を保存してくれるような人はいません。寂しい話です。佐藤さんのように、気に入ってくれる人に託すことが出来たら、草葉の陰で安らかに眠ることができることでしょう。けど、きっとゴミですよ、僕はアッジェみたいに皆に愛されるような写真を撮っているわけではないですからね。まさに写真は賽の河原に石を積むような徒労です。
いえいえ!とんでもないです。僕の写真を気に入ってくれて託せる人なんていません笑
返信削除牛腸茂雄ですか、全て自費出版だったんですね。
鈴木清もほとんど自費出版ですよね。自分には真似できない、誰にも媚びない生き方に憧れます。
sparksさんは、人間をたくさん撮ってますよね。なんか、ごく単純に、諸外国も含めて、存在している人間をフィルムに定着する作業を続けるってすごいことだと思うんです。
辛い作業でもあるかもしれないですが、絶対にsparksさんの作ったプリントやフィルムは、曖昧な言い方ですが、重要な何かになると思います。
なんかsparksさんのブログのコメント欄なのに自分の写真集作りたい願望とか職務質問の愚痴とか書いてすみません笑
それでは、失礼します。
構わないですよ(笑)いつでもどうぞ。
返信削除僕は、基本的に自分の撮る写真に関していえば、ぶっちゃけ人間にしか興味はありません。
人間くらい不可解で、興味深く、移ろい易く儚く、かつ薄気味の悪いものはいませんから。
人間が写っていなくても、そこに人間の営みや欲望の翳が差しているような写真がプリントしたくなります。だから、飛行機だのビルだの撮っていても、そこいらのよれたおっさんや色ボケしたような小娘を撮ってるのと、何ら違いは無いと思っているのです。
佐藤さんの写真も、人間そのものはあまり被写体にしてはいないのですが、人間の欲望の残滓のようなものを執拗に追いかけているように感じています。そこに、何だか惹かれますよね。
自費出版、してみたいけど…、Fromm Hand To mouthの生活に甘んじている私プロレタリアートとしては、なかなかハードルは高いですよね。第一、今時この手の写真って、あんまり受けないと思うしね。
ではまた、御機嫌よう!コメント待ってるよ。