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| 世界の街角から 今日はカトマンズ |
HCUに入っていて、半死半生の親父にできることは何もないので、俺は仕事に戻ることにした。去年は今年と違って大忙しだった。本当なら今年も今頃大忙しの予定だったが、人生はどこで何が起こるかわからない。
で、週末ごとに病院に行ってみると、いつのまにかHCUから出て、一般病棟に移っているじゃないか。インフルエンザは緩解したようなので、一般病棟で点滴点滴、通路をゆっくり歩くリハビリだと。
豊子さん、豊明さんなら、もうそっちに連れて行ってくれてもいいんだぜ!
ノブちゃんもうすぐ13回忌の法要だってのに、親父のことを守りすぎじゃないのか?
いかにも冗談の通じなさそうな無表情な主治医からは、このまま何もなければおよそ二週間で退院だと告げられた。
冗談じゃない。俺は一月中に親父のアパートを引き払い、どこか住むところを見つけてやらなきゃなと思っていたのに。目算が狂っちまうよ。資産家の未亡人の大家には、ぐだぐだ文句ばっかりこきやがるから、一月分の家賃で5万円現金で押し付けてきて黙らせてきたというのに。ここであのアパートに戻ったら、元の木阿弥だ。また何年も年取った猫と一日中テレビを見て、あれこれ好き放題食いまくる生活に逆戻りだ。
親父に面会すると着替えを用意してほしいという。一般病棟に移ったので、寝間着とか下着とかが必要なんだと。
まったく、俺の親父は不死身なんじゃないか。
いや、もう死んでるけどゾンビなんじゃないか。
俺は病院のケースワーカーさんとの面会を取り付けて、なるべく俺の家から近くて手ごろな金額で入所できる高齢者サービス住宅をいくつか紹介してもらった。
俺は近くに住んでいる弟と連れ立って、高齢者サービス住宅の見学に行ったりした。忙しいったらない。
市役所に行き、老人福祉課で要支援・要介護認定の依頼もお願いした。これがあるのとないのとじゃ、入れる施設も金額も何もかも変わってくる。
それに何より親父の財務状況、それも借金のことをはっきりさせておかなけりゃならない。
俺は、そそくさと親父の埃っぽいアパートに向かった。
倒れた直後に、食料品や生ものなどは処分しておいた。例によって土足で立ち入り、積み重なった書類や書類ケースの中に無造作に突っ込まれた小切手帳、壁に張られた督促状、銀行の通帳、ATMの振込明細、実印、もう使われていない社印と社判、そんなものを山ほど回収した。
年取った猫は、相変わらず押し入れの中に隠れて様子をうかがっている。
銀行の通帳はいくつも出てきた。一体いくつの銀行に口座を持ってやがるんだ。マネーロンダリングでもしてるんじゃないのかってくらいだ。
昔一緒に住んでいた女性の銀行口座に振り込んだ明細も出てきた。くさい。
鋏の入れられた小切手帳、5000万円とかぞっとするような金額が記されているものもある。
これが焦げ付いているんじゃないだろうか?
債権回収会社からの葉書。どうも昔、カードで買い物した金を踏み倒し、それが今や年利14%で雪だるま式に膨れ上がっているようだ。
銀行からの借金は、少しづつ返済し、都度手形を切って返済期限を更新してゆくという、聞いたこともないようなトリッキーなことをやっている。
社会人になったばかりのころ、数千万円の借金の保証人にされて精神的に追い詰められていた経験を持つ弟は、この伏魔殿にはあまり近寄ってこなかった。
ついでに親父の着替えを探してみたが、下着もよれよれ、服も襟や袖がほころんでいる。みすぼらしいったらないぜ。
俺はそれらをすべて市の可燃物のごみ袋に突っ込んで、近所のGUでしこたま下着やラウンジウェアを買い込んだ。GUでこんなに買い物したのは初めてだったぜ。
そうこうしているうちに、親父が尿路感染で菌血症になってしまったという連絡が入った。
その前の年に俺が腎臓結石になったときに発症した奴だ。血液の中に菌が入りこみ繁殖してしまう。悪くすると死ぬ。しかし、病院からは死ぬことはないので安心してください、ただ、退院が伸びますとの説明だった。ベッドの空きがないので、1月末ごろに転院していただきますというありがたいお話だった。
ついでに言うと、市民病院の主治医は親父には要支援も要介護も必要ないという判断を下したんだとさ。俺は肌の白い無表情な若い医師の顔を思い浮かべた。
くそじじいめ、リハビリ頑張りすぎだろう。その生に対する執着はいったいどこから湧いてくるんだ?
俺も頭の上に人魂が飛んで、頓死してしまいたいと思ったぜ。
やれやれ、この憂鬱な話はまだまだ続く。

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