2013/01/09

Post #692 Arond Bugis,Singapore

Singapore
今日はなんだか疲れているんだ。
身体が重たい。俺には休息が必要だ。とはいえ、大した仕事もしていないが、これが年を食うっていうことさ。
書きたいことが何も湧いてこないぜ。俺はまったく中身の空っぽな人間だっていうのか?
人間の皮を被った『空』という訳か。そりゃある意味即身成仏だ。大乗仏教だ。空の思想か。
存在の本性は、悉く皆空であり、生まれることもなく、滅することもなく、増えることもなく、減ることもない。汚れることも、穢れがなくなることもなく、ただ仮の現象として存在しているように見えるにすぎぬというこった。実在は空と異ならず、空は即ち実在そのものであるというアレだ、般若心経だ。
中身がカラッポというのは、世の善男善女が意味もよくわからず有難がる般若心経的に言うと、空に一歩近づいたということが言えよう。俺が何を言っているのかよくわからない人は、仏壇にでも行って般若心経をよく見てみるとイイ。そんなぶっ飛んだことが書いてある。シャブ喰ったくらいでは、そこまでぶっ飛んだことは言えないというものだ。
閑話休題。
ずっと昔から、高校生くらいの頃から、人生の価値を稼いだ金の多寡で測るという価値観を胡散臭いものとして考えてきた。
当時は、バブル真っ盛りで、勉強してイイ大学に入りさえすれば、イイ会社に入ることができ、金の流れる川から自分の家まで運河をひいて、イイ暮らしができる。豊かな人生が送れると信じられていた。一億総中流の時代だ。
俺は中高一貫の進学校に通っていた。その学校は俺と同世代の教師が、学校内で生徒とセックスばかりしていたことを不覚にもブログに書いて、それが何故だかおおっぴらになってしもうて、クビになってしまった事で有名になった学校だ。当時、俺の周りはエリート・サラリーマンの倅の秀才君たちか、地方政治家や医者、それから中小企業の社長の倅とか、そんなんばっかりで、将来効率よく金を稼ぐために、毎日勉強しているか、親の威勢の良さに胡坐をかいた道楽息子ばかりだった。要はがり勉君と遊び人ばかりだったという訳だ。
俺は、彼らに共通する価値観、とどのつまり、人生の価値は生涯年収によって測りうるという価値観に、大いに疑問を抱いていた。
孔子も言っている。『肉食つまり羽振りがよくってイイものを喰ってる奴らは、卑しい』と。
それが、俺の転落の始まりだった。
ではなぜ、俺がそんな価値観を抱くに至ったのか?
どうでもイイことだけど、思い返してみようかな。
中学2年の時に、母親が癌で死んだ。
俺を筆頭に4人のバカ息子を残して38歳で死んだ。今の俺よりも若い。俺は母親には叱られた記憶しかない。整った顔立ちにくせ毛の母は、何故かとても厳しい人だったのだ。癌で死ぬ少し前まで、スリッパで俺の横面をはたいていた。
その母が、3か月ほど入院した末に、身体中に癌を転移させて、見る影もなく萎れて死んだ。死体を運んだ時、その軽さと固さに、母親は人間から、単なる物体になったことを痛感した。
同じ物質で構成されてはいても、なにか最も重要なものが、それを魂と呼んでもいいかもしれないな、失われてしまった事で、人間は単なる物体に変わり果ててしまう。まさに人間とは現象にしか過ぎないことがわかる。遺体をみなっで持ち上げ運んだ時の感触と衝撃を、今でもはっきり思い出すことができる。悲しみよりも不気味さの方が勝ってしまうほどだった。

人間とは、いってぇなんだ?

俺が写真で人間を撮ることにこだわるのは、人間の存在の儚さ、そしてそのネガである不気味さを、この時に感じてしまったからかもしれない。まぁ、今思えばの話しだけどね。

人生とはいったいなんだろうか?

いくら金があろうとも、人は等しく死を受け入れるしかない。
そして、死によって人は無に帰してしまう。その意味で、全ての人生は徒労のように思えた。
人の生きる意味が、たくさん金を稼ぎ、資産を形成し、安楽な生活を送ることにあるとは、どうしても思えなかった。どれだけ金を稼ごうが、あの世には持っていけないからだ。かと言って、刹那の快楽を追い求めるようなニヒリスティックな蕩児にもなれなかった。残念だ。
母親の死を契機に、そんなことを考え始めたことが、俺の人生の没落の始まりだった。重度の中2病だ。以来30年が過ぎようとしている今もなお、全快していない。
さて、少し眠ろう。読者諸君、失礼する。
俺はいつか消える。だからこそ、俺のことを書いておきたくなったのさ。まぁ、君にとって面白い話とも思えないけれどね。悪かったなぁ。 

2013/01/08

Post #691 カメラを持った男の怪しさに関する考察

Amsterdam
街中で仕事をしていると、昼休みなんかにカメラを持って歩いている男を見かける。
女の子がPENなんかを持って歩いていても、気にもならない。風景の中に馴化しているんだ。全然異様な感じがしない。写真が好きなの?そう、素敵ですね、とか言ってあげたくなる。どんな写真を撮っているのか、少しだけ興味が湧くが、きっと俺の好みではないと思う。
白いキャノンのズームだか328だかをカメラに取り付けている男も散見する。
俺は、あの手の存在を主張しまくるカメラは好きではない。白いデカいレンズが、撮ってます、撮ってますって自己主張を、街中にまき散らしているように感じる。風俗街の真ん中で、あんなカメラを振り回していたら、直ぐに強面のアンチャンに事務所まで引っ張られていくことになっちまうだろう。野生動物なんかどこにもいないコンクリートだらけの町中で、あんなデカいレンズを使って、いったい何を撮っているんだろう?うんと離れたところから、スナップのような写真を撮っているのだろうか?俺にはよくわからない。使ったことが無いからな?まず第一に、重くて疲れちまうぜ。
ブレッソンは、カメラを目立たせたくないので、黒いライカばかり使っていたという。ファインダーや採光窓すら黒いライカがあったら最高だと言っていてという話しすら、なんかで見たことがある。
そうだろう、そうだろうとも。
ブレッソンはきっと、写真を撮ることの中に、窃視狂的な後ろめたさが潜んでいることをわきまえていたに違いない。
デカいデジカメを持ち歩いている人のなかには、中国人も多く見かける。彼らはあからさまに観光客といったオーラを発散している。だから、何故カメラを持っているのか理解しやすい。
人は、理解できないモノには、胡散臭さを感じてしまうのかもしれない。

最近俺が見た中で最もノイジーだったのは、エプソンのRD-1だかに、Mマウントのレンズをつけて写真を撮り歩いていた男だった。彼はせわしなくせこせこ歩き回り、ふと立ち止まったかと思うと、カメラを構えて難しい顔をして、ビルの上のほうだとかを、アングルを変えながら何枚も撮っていた。
すごく変だ。
表情は真剣そのもので、その眼はどこか狂ったような真剣さに溢れている。しかし、そのレンズの狙うほうを見ても、俺にはなんもピンとは来ないんだがね。まぁ、人間の価値観や興味関心は様々だから、仕方ないか。けれど、俺ですらよくわからんのなら、世間一般ピープルに、何が面白いのかわかるわけもないんじゃぁなかろーか。分からないモノを怪しく感じるのは、世の常だ。一概に彼が間違っているわけではない。間違っているのは世間のほうだ。
しかし、そうは言ってもこの男、どうにも周りが見えていないように見受けられた。善男善女の群れの中に、静かな狂人を放り込んだようにすら感じる。
そりゃ、職質されたって仕方がない。そんな気がする。
おい、ヤバイな。俺も写真を撮って歩いている時には、そんな風に見えているんだろうか?
だとしたら、こりゃ職質されても、致し方あるまい。もっとも、俺の場合、シャブの売人かなんかと間違えられて職質されたようにも思える節もあるんだが。
しかし、不思議なことに女性(たいては俺の内縁のカミさんだけど)と一緒だと、職質されない。
男が、独りで、カメラを持って、そこいらをうろついている。そして、カメラを構えて写真を撮っている。
やはりそれがどうにも不審者とみなされ、何らかの(軽)犯罪者というか、(性)犯罪者予備軍のような印象を与えてしまうのかもしれない
どうして、写真を撮っていると、職質されるのだろうか?その答えの一端が、そこにある。
狂ったように集中して写真を撮っていると、何かしら犯罪者めいた狂気を身に纏ってしまうからなのだ。その証拠に、俺は観光客候の中国人が写真を撮っていて職質されたという話を、聴いたことが無い。いや、実際にはあるのかもしれないけれど、寡聞にして俺は聴いたことが無いぜ。
そして、もう一つ。PENとかぶら下げたカメラ女子が、写真を撮っていて、職質されたという話も、これまた聞いたことが無い。どうしてだ?
写真というのは、あくまで光学的かつ科学的(アナログ派の俺は化学的と書きたい。この違い、解ってもらえるかな?)な技術の結晶なので、男が撮ろうが、女が撮ろうが、何ら変わりない、はずだ。
しかしながら、いったい俺達ちんのついた人間がカメラを持つと、どうしてもオマワリ達を刺激してしまうのは、何故なんだ?
純粋に写真に対する狂気のなせる技なのか、それともカメラを持った男は、こっそり女性のスカートの中を撮ったりするモノだという偏見があるのか?みんながみんな植草教授じゃないんだぜ。
(もっとも俺はスカートの中の布きれよりも、そのまた中のほうに興味津々だがね。ダッハッハ!そういうこと言うから、これまた職質のフラグが経つのか?勘弁してくれよ。軽いジョーク、アメリカンジョークさ。セクハラで訴えるってのは、頼むから無しだぜ。)

そこで俺は考えた。ゲージュツなんか1ミリも理解する能力の無い、オマワリどもの職質攻撃からみをまもり、のびのび写真を撮る方法をだ。

そう、女装してカメラを持って歩いてみるってのはどうかな?

ふむ、これは新しい切り口のような気もするが・・・、どうだろう。うまく行けばするりとピンチを切り抜けられそうだが・・・、あまりに怪しすぎて、職質どころか速攻逮捕されそうだな。それはそれでなかなか面白いぜ。やれやれ・・・。

本音の話をするならば、俺としては気になるのは、やはりフィルムカメラを持っている男だ。
それも、ニコンF3みたいな一眼じゃなくて、レンジファインダーだ。あれは東京写真専門学校の学生が実習で使ってるようにも見えるから、却下。
やはり俺の好みはレンジだよ。軽やかで、如何にもスナッパーという感じがするだろう。首からぶら下げるのはダメだ。いつでも構えてシュートできるように、右手一本でホールドして、しかも人差し指はいつもシャッターにかかってる。俺の引き金は軽いんだぜってカンジさ。
そう、レンジファインダーさ。カッコよく歩き、滑らかに写真を撮り、さっと風に翻るようにすぐに歩き出す。そんなカンジがしないかい?
インドネシアであった中華系シンガポール人の男性はミノルタCLEだった。
その時、俺が手にしていたのはコンタックスG2だ。ちなみに、俺のG2はチタンカラーだ。限定盤のブラックはヒジョーに高価だったので、手に入れる気にはならなかった。いや、正直に言うと21㎜のビオゴンや、16㎜のホロゴンのブラック仕様がなかったので、買う気にならなかったのだ。パンダみたいなカメラなんて、俺の美学には合わない。
そんなことはともかく、俺達はお互いのカメラをたたえあった。デジタル全盛の今だからこそ、通じ合う心と心だ。
アムステルダムであった写真の男性は、ライカM3だった。
もちろん俺はコンタックスT3だった。日本で出会うライカのユーザーが、どことなくこれ見よがしなカンジがしてしまうのに、アムステルダムの彼は、かなりのマニアっぽい雰囲気をかもしながらも、爽やかに自然なカンジでライカを使いこなしていた。出来ることならまたどこかで会ってみたいものだ。
写真を撮ってたら職質される。夜中にクラブで踊ったら検挙される。
まったく、ケツの穴の小さいしょぼくれた世の中になったもんだぜ。
俺達はお上に家畜のように管理されて暮らすのは、まっぴらごめんさ。その役どころは、自民党LOVEな愛国主義者の皆さんにお譲りするぜ。

読者諸君、失礼する。今日は疲れてるのさ。風呂に入って体を休めたいのさ。

2013/01/07

Post #690 Once...,Rue du Faub.du Temple

Paris
自分のプリントした写真を見ながら、それがどこだったのかを思い出すのは、ちょっとした暇潰しだ。この写真も、グーグルストリートビューで撮った場所を確定することができた。2年前の春に歩いた道のりを反芻しながら、地図を辿り、写真と比べ、かつてその場所に差していた光を思い返す。
まるでそれはヴァーチャルな旅のようだ。
地球の資源を損なわない、人畜無害な旅だと言えるかもしれない。ついでに言うと、財布にも優しい。しかし、いささか嫌味な言い方に聞こえたら申し訳ないが、俺の場合は実際に行ったことがあるからそれは奇妙なリアリティーを伴うショートトリップなんだが、行ったことが無いところは、なかなかイメージしにくいものだ。
世界は広い。あとどれほど生きたとしても、全て見ることなんか出来っこない。
見果てぬ夢だ。
東松照明が、82歳で死んでしまった。
高齢だ、致し方ない。人間は誰しも死んでしまうものさ。むしろ、十分に生きたと言わねばならないだろう。
報道では、原爆とナガサキ、沖縄と基地などをライフワークとして取り組んだ高名な写真家という書き方が目立つ。代表作は太陽の鉛筆だってね。
いや、太陽の鉛筆も素晴らしいんだけれど、俺の個人的な好みで言えば、沖縄から島伝いに台湾、フィリピン、インドネシアと伸びていった南島シリーズが一番好きだ。あんな写真が撮れたらイイだろうなと、いつも憧れている。
さようなら、東松照明。なんだかさみしい気分です。

読者諸君、失礼する。俺の好きな年寄りは、最近次々と死んで行っているような気がするよ。