2011/10/05

Post #326 バカらしくてやっちゃいられねぇさ

ゆとり世代と言われる連中がいる。
俺から言わせると、責任感もなく、甘ったれた馬鹿野郎ばかりだ。
こんな連中と組んで仕事をするのは、貧乏くじを引いたようなものだ。冗談じゃない。そんなのにもすっかりうんざりして、一人で商売しているというのに、またぞろ元請の甘ったれた小僧のおかげで、俺は泣きたいほど悔しい想いをしている。
四十男が、悔しさにむせび泣くほどの事をしでかしてくれても、そいつは全くヘイチャラだ。カエルの面に小便だ。責任感もないくせに、すぐに泣き言を垂れ流し、結果も出していないくせに、自分は一生懸命やっていると弁解する。そして、挙句の果てには給料が少ないとぼやく。開いた口がふさがらないとはこのことだ。殴る蹴るの暴行を、いや制裁を加えてやりたくなる。実際、俺が若いころには、舐めたことをすれば、年長者から、否応なしの制裁を受け、悔しさと自分の不甲斐なさを噛みしめて、成長したものだ。
しかし、今時の小僧どもは違う。いい年こいて全く責任感もなく、どれだけ相手に迷惑をかけているのか、想像する能力も持ち合わせちゃいない。少しきつく言えば、感情的になって逆切れするから始末が悪い。
自分の仕事も満足にこなせない奴が、一人前ぶったことをぬけぬけとほざくのを聴くのは、胸くそ悪いものだ。俺は心の中で、叫び続けているんだ。
そう、人生はそんなに甘くないんだぜ。
Amsterdam
俺は疲労で痛風の発作が出ている足を引きずりながら、ネオンきらめく雨の歓楽街を抜けてホテルにたどり着く。21時間働いても、お客からはグデグデしているだけだと罵倒される。俺は悔しくて、涙を流す。傘を持っていなくてよかった。この流れる涙も、篠つく雨に紛れ、誰に悟られることもないだろう。この悔しさを、ゆとりの小僧にも味あわせてやりたいが、人生の苦みを渋みを味わう舌を、人生の底に流れるブルースを聞き取ることのできる耳を持たない奴に、何を言っても無駄だろう。自己弁護をたっぷりと聞かされ、しまいには逆切れされるのが関の山さ。
何を言っても虚しいだけだ。馬鹿らしくってやっちゃいられねぇ。連れ合いが待っている家に、とっととトンズラしたいぜ。しかし、俺は大人の男だ。そんな無責任なことが出来るわけがないだろう。悔しくても、やり遂げなけりゃならないんだ。疲れ切った体に鞭をうって、痛風で痛む足を引きずるようにして、自分の出来得るベストを尽くさねばならないんだ。たとえどんなに悔しくてもな。

読者諸君、これだけは言っておきたい。腐った木には、釘は打てないんだ。人間は基礎が大切だ。ガキのうちに甘やかして育てると、ロクな大人になれっこないんだぜ。ふやけきったガキどもに、本当に必要なのは、屈辱と挫折だ。もっとも、人間の足腰のできていない奴は、そんな挫折や屈辱を味わった途端に、噛みしめることもなく、吐き出してしまうことだろう。
バカらしくって、付き合っちゃいられねぇ。けれど今夜も、眠るヒマもなくまた仕事だ。この世の中、何のコネも資本も無く、会社の後ろ盾もなく、男一匹生きていくのは、ヒジョーにキビシーものなのさ。
単騎、荒野を行くがごとくさ。しかし、それが人生だ。本物の人生だ。ロックンロールさ。

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